赤毛の狼は神を虜にする
遠く都が燃えている、貴族同士の派遣争い、そのとばっちりを受けて真咲が当時住んでいた村も焼かれる事になった。
炎が人も家も畑も全てを焼き払い灰へと変えていく。
父親も母親も兄も姉も妹や弟も友人も……その全ては灰となった……。
その灰の中、奇跡的に生き残った真咲は氷のような微笑を浮かべたその女、緋沙女と出会った。
目を開けると木の天井が視界に飛び込んで来た。柔らかく暖かい何かが真咲に抱き着き寝息を立てている。
視線を横に向けると白髪の頭がそこにはあった。
「……尾毘芭那比売?」
名を呼ぶと女の金の瞳が薄っすらと開かれた。
「ふわぁぁぁ……目覚めたか、血吸い鬼?」
「……なんであんたが?」
「貴様こそ何故、妾の縄張りで氷漬けにされておった?」
「氷漬け……そうだ!! 行かねぇと!!」
勢いよく身を起こすと布団が開けオビハナの真っ白な肢体が顕わとなった。
上半身に包帯の巻かれた真咲はオビハナの姿を見て、今更ながら浮かんだ疑問を口にする。
「……そういや何であんた添い寝してたんだ? しかも裸で? ……まさか、俺が寝ているのをいい事に、あんな事やそんな事を……」
胸元を隠し身を捩った真咲を半眼になって睨みながらオビハナは言葉を紡ぐ。
「する訳なかろう、この痴れ者め。……ふぅ……お主の体は冷え切っておったでな、こうして妾が直々に暖めてやったのじゃ。感謝せい」
そう言うとオビハナは上体を起こしトントンと自らの肩を叩いた。
「そうなんだ……それはその……ありがとうございます」
「うむ。そんな事よりじゃ。お主、何故あんな良い男がいるのに妾に教えなかったのじゃ?」
オビハナは術を使い衣服を纏いつつ真咲に四つん這いでにじり寄る。
至近距離で金の瞳に見つめられながら、いい男というのが誰の事か分からず真咲は困惑気味に首をかしげた。
「いい男……って誰っスか?」
「らるふという赤毛の異国人じゃよ。あの男、他の者を守る為に、飛行機とかいう空飛ぶ鉄の鳥から飛び降りたと言うておった……実に妾好みの良い男じゃ」
そう言って舌なめずりをするオビハナの両肩を真咲は思わず掴んだ。
「ラルフは生きてんのかッ!?」
「うむ……手足の骨は砕けたが、鬼の小僧を使って何とか命を取り留めたようじゃ……一応治療はしたが妾達では骨接ぎは出来ぬからの、後は雪枝を治した医者に診せるがよい」
「そうか……そうか……」
真咲はオビハナの肩を掴んでいた手を放し、心底安心したと言った表情で少し涙ぐみながら嬉しそうに笑った。
その真咲の横顔を見たオビハナはニヤッと笑みを浮かべながら彼に言う。
「らるふにも礼を言っておけ、あやつ、氷漬けのお主を見て絶対に助けて欲しいと、動かぬ体を無理に動かし、妾に頭を下げたのじゃからな」
「ラルフが……それであんたは俺を?」
「まあの。血の臭いのするお主を眷属の娘達に暖めさせるのは気が引けたのでな……それより何があったのじゃ? お主には雪枝の事で借りがある。手を貸してやってもよいぞ?」
「…………俺を吸血鬼にした女、緋沙女って奴なんだが、そいつに……ダチを始末しろって言われてよ」
真咲はオビハナに義経の事をどう話すか一瞬考えたが、友人という位置づけにした。
きっと義経がその事を知れば、友では無いと即座に否定するだろうが、真咲にとって彼は既に古い知り合いでは無くもう友人だと思えた。
「ふむ、友を始末のう……それで?」
「やらねぇなら、俺の仲間にちょっかい出すって脅して来て……ラルフが怪我したのはその所為だ……まさか緋沙女がそんな事するとは思って無くてよ……」
「なるほどのう……しかし、誰がいつ襲われるか分からんでは守りようが無いの」
「まあな。一応、知り合いの刑事に言って、警察に守ってもらえる事にはなったんだが……」
「警察では限界があろうな……ふむ……ではこちらから仕掛けるというのはどうじゃ?」
「こっちから? でもあいつ等、どこにいるか……」
オビハナは真咲に言葉にニンマリと笑った。
「貴様ら血吸いの鬼の居場所等、大まかな位置さえ知れば妾の鼻ですぐ見つけてみせるわ。何せ血吸い鬼は常に血の臭いを撒き散らせておるからのう」
「えっと……そんなに臭うの?」
真咲は自分の腕を嗅ぎながらオビハナに尋ねる。
彼女は満面の笑みを浮かべ頷きつつそれに答えた。
「うむ、お主の事を妾が余り好んでおらぬのも、その臭いが原因じゃ」
「そう……なんだ……」
「そう落ち込むでない。この件が片付いた後に肉の味が良くなる香草をくれてやる。それを食えば多少臭いも抑えられよう」
「……肉の味……」
真咲はオビハナの言葉を聞いて、有名な山猫が出て来る童話を思い出した。
あの話は結果的に食べられる事は無かった筈だが……。
「なんじゃその顔は?」
「いや、肉の味とか言うから、なんか食べられちゃいそうだな、なんて……」
「心配せずともお主のような血吸い鬼は口に合わぬわ……さて、ではまずは捕らえた鬼どもに話を聞くとするか」
立ち上がり、んー、と伸びをしたオビハナは真咲にそう言って手を差し出した。
「鬼ども……ラルフを襲った奴と紫法丸か? 奴らも捕らえたのか?」
「妾の縄張りで血吸い鬼に好き勝手はさせぬ。らるふを襲った者は動けぬようじゃったが、もう一人はお主を害そうとしておったでな。一喝して動きを封じてやったわい」
オビハナは手負いとはいえ、真咲とほぼ同じ年月生きている紫法丸を押さえ込んだようだ。
流石に信仰を失っていない神は違うなと改めて感じながら、真咲はオビハナの手を取った。
「紫法丸達に会う前にラルフに会わせてくれ」
「よかろう」
彼女は頷きながら、体格差のある真咲をヒョイと引き起こし「こっちじゃ」と扉を開け真咲を導いた。
■◇■◇■◇■
ラルフは体中、包帯でグルグル巻きにされたミイラ男の様な状態で布団に寝かされていた。
「よぉ、ラルフ」
「真咲……さん……目が覚めたの……ですね?」
「ああ、あんたも無事……じゃねぇけど、とにかく生きててよかったぜ」
「オビハナヒメ……さんの……おかげです……よ」
そう言って真咲の後ろに立つオビハナに視線を向け、ラルフは包帯の隙間から覗く目をニッコリと細めた。
ラルフに笑い掛けられたオビハナは頬に手を当て赤面している。
いい男と言っていたのは、どうやら掛け値なしに本心だったようだ。
「すまねぇ、今回の事は全部俺の責任だ」
「まったく……です……あなたには……今回の事を……償って……もらいますよ」
「あっ、ああ、勿論だ」
「ですから……事を終えたら……必ず戻って……来て……下さい……待って……ますから」
「ラルフ……」
「フフッ……約束……ですよ」
そう言って笑うとラルフは静かに目を閉じ寝息を立て始めた。
「ぬはぁぁ……やはり良い男じゃのう……妾の心の乙女の部分が、こう、キュウっとなるわい」
「……ラルフは既婚者だぜ」
「ぬっ!? じゃが、らるふから女子の匂いはせなんだぞ!?」
「随分昔に亡くしたみてぇだ」
「その女子を今でも……くぅぅ……ますます物にしたくなるのう……」
獲物を狙うギラついた目をラルフに向け、鼻息を荒くするオビハナを見て、真咲はラルフも大変な女に目を付けられたもんだと肩を竦め苦笑を浮かべた。
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