人狼が残した宿題
真咲が義経の事件の際、出会ったギャル、佳苗は髪を切り短髪ツーブロックにした蛇神、天川巳郎と取り敢えず付き合ってみる事にしたようだ。
巳郎は蛇神という事で執着心が強く生真面目という事もあって、真咲は軽い感じを意識しろと一応アドバイスはしたが、二人が上手く行くかは分からない。
まぁ、巳郎の事は置いておくとして真咲は現在の状況に少し困惑していた。
ラルフの送別会を開いてから、花と珠緒が妙に真咲にくっついて来るようになったのだ。
「……花、学校で何かあったのか?」
休日の午前中、普段、真咲は寝ている時間だが、今日は少し用があってスエットでは無く普段着だ。
その真咲の横、ソファーにチョコンと座り腕に抱き着き密着している花に、少し心配になった彼は問いかける。
「何もねぇだ。それより咲ちゃん、ドキドキしねぇだか?」
「ドキドキ? ……花、もしかしてお前はドキドキしてんのか?」
「ん、んだ」
「……ディーに診てもらうか? 成長する様になって体に悪影響が出たのかもしれねぇし」
真面目な顔で自分を心配する真咲を見て、花は深いため息を吐きソファーから腰を上げた。
「……この方法じゃ駄目みてぇだ」
ボソリとそう呟くと花は首を振って自室へと戻って行った。
「何なんだよ……?」
ちなみに彼女の自室は一時的に真咲の寝室に移っていた。
妙が居候した関係でラルフの帰国までの間、真咲は自分の寝室を開け渡し、彼女と花に使ってもらう事にしたのだ。
隣の元倉庫部屋で寝ていると、二人が何やら話している声がよく聞こえてくる。
何を話しているのか迄は分からないが、まぁ何にしても同居人同士、仲がいいのは良い事だ。
「真咲さん……そろそろ」
「ああ、もうそんな時間か……」
事務所に入って来た旅行鞄を手にしたコート姿のラルフを見て、真咲はソファーから腰を上げる。
ラルフは見送りはいいと、送別会であの場にいた人々にそれぞれ別れを告げていた。
「湿っぽいのは嫌いなんです。それにまたすぐ会えるでしょうし」
彼はそう言って苦笑していた。何となくその気持ちは理解出来た。
大勢で見送りともなれば名残惜しさもより募る、それに日本とドイツは確かに遠いが世界中を飛び回るラルフからすれば、日本に来る事は出張感覚なのかもしれない。
出張の度に元気でねとか、絶対また会いましょうとか、涙ぐんで言われたら次に来た時、少し気まずい気がする。
「ラルフさん、もう行くだか?」
「ええ、花さんにもお世話になりました」
「んだ。エーファちゃんにもよろしく伝えてくんろ」
「はい、きっと彼女も日本での暮らしを聞きたがるでしょうから、黒髪の可愛い女の子に良くしてもらったと伝えておきますよ」
「可愛い女の子だか……ラルフさんに言われるとなんだか照れるべな」
そう言ってはにかんだ花にラルフもニコッと微笑みを返す。
そんな風にして異国の人狼と吸血鬼の少女は別れを済ました。
■◇■◇■◇■
事務所を出てワンボックスで空港へ向かう道中、ハンドルを握る真咲にラルフは視線を向ける。
「真咲さん……本人達が言い出していないので、私が言うのはいかがな物かとも思ったのですが……」
「何だよ?」
「……花さんと珠緒さん、それに妙さんの事です」
「ん? 三人がどうしたんだ?」
「……三人ともあなたに好意を抱いているようですよ」
「今更、何言ってんだラルフ? 花とタマは家族だし、妙とはかなり長い付き合いだぜ。好きじゃなきゃ続いてねぇだろ?」
そう言って笑う真咲を見て、ラルフは額に手を当て深いため息を吐いた。
「あなた、あれだけ女性に声を掛けているのに気付いていないのですか?」
「え? 何に?」
「三人ともあなたに恋心を抱いていると言っているんです」
「……いやいやいや、花は娘とか妹みたいなもんだし、タマは元飼い猫だったし、妙は不老不死の同志っていうか……」
「あなただって本当は分かっているのでしょう?」
「……」
確かにラルフの言う通り、真咲も三人の気持ちには何となく気付いていた。
だがその想いに応えれば誰を選んでも誰かが傷ついてしまう。
だから家族だと思い込んで、同志だと言い聞かせて答えを出す事を拒んでいたのだ。
「逃げ続けても時が過ぎるだけです……まぁ、三人とも人よりは長い時間を持っているでしょうが……答えを出しておあげなさい。あなたが誰を選ぼうと選ぶまいと、彼女達はきっと認めるでしょうし、なにより先へ進めます」
「…………そうだな。考えてみるよ」
「そうそう、送別会の時、言いましたが全員というのは駄目ですよ。成立する可能性もありますが……嫉妬という魔物は我々モンスターよりも恐ろしい物ですから」
「なんだよそれ? 経験?」
「ええ、妻のマチルダは、いくら仕事上の付き合いだと言っても信じてくれませんでした。あの時は難儀しました」
ラルフはかつての妻との生活を思い浮かべながら苦笑を浮かべた。
「流石に経験者は違うねぇ」
「まぁ、選別代わりですよ」
そんな話をしている間に車は空港へと辿り着いた。駐車場に車を止めラルフを空港の受付まで見送る。
「ではここで……真咲さん、本当にお世話になりました。次に日本に来た時、あなたの答えを聞かせて下さい」
そう言ってラルフは右手を差し出した。その手を握り返し真咲はゆっくりと頷く。
「……了解だ」
「それではまた」
その答えを聞いたラルフは満足そうに頷くと、踵を返し受付へと歩いて行った。
そして搭乗手続きを終えると、他の客達と共に一度も振り返る事無く搭乗ロビーへと消えた。
「ふぅ……三人の内の誰かか……難しい宿題を残していってくれたもんだぜ」
そう言うと真咲は苦笑を浮かべ、新調したしたダウンジャケットのポケットに入り口へ向かい歩き始めた。
彼もまた、搭乗ロビーを振り返る事はしなかった。
■◇■◇■◇■
事務所に戻った真咲を仏頂面の花が出迎えた。
その理由はすぐに判明する、来客用のソファーには黒いドレスを着た黒髪の美女が足を組んで座っていた。
彼女の後ろには花の子である龍二の姿も見える。だがその顔は完全に表情を失っていた。
「何の用だよ緋紗女?」
「……義経の事よ……彼、警察の犬になったそうじゃない?」
「それが何だよ?」
「闇オークションを潰したって聞いたわ……アレにはうちの派閥も一枚噛んでたの……言ったわよねぇ? 義経達が次に何かしたら責任を持って処理しろって」
「……テメェらが犯罪に関わらなきゃいい話だろうが?」
「そういう訳には行かないわ。なにせ危ない話程儲かるんだもの……いいのよ、やらないならやらないで……その代わりあなたの周囲の人達が何か危険な目に遭うかもねぇ……こんな風に……」
緋紗女はそう言うとスマホを真咲に翳して見せた。
スマホには先程ラルフを送った空港が映し出されている。
どうやらニュースサイトの速報の様だ。見出しには搭乗客の一人、外国人の男性がキャビンアテンダントの制止を振り切って入り口を破壊、離陸した飛行機から飛び降りたと書かれている。
「咲ちゃん、これ……ラルフさんが乗ってた奴でねぇべか……?」
「ああ……緋沙女……ラルフに何をした?」
緋紗女は楽しそうにニタニタと笑みを浮かべている。
「何とか言えよ!!」
真咲の叫びと共にその体から炎が噴き出す。
炎は真っすぐに緋紗女に伸び、割って入った無表情の龍二の体を一瞬で灰に変えた。
「ふぅ……熱いわねぇ……」
そう言うと緋沙女は龍二の灰に向けて左手を振る。灰は生き物の様に一か所に集まりくすんだ色の氷に変わった。
それを拾い上げると炎を纏った真咲にニッコリと笑みを浮かべる。
「安心なさいな、流石に人狼だけあって殺す前に逃げられたみたいだから……まぁあの高さから落ちたらタダじゃ済まないでしょうけど……それじゃあ今日は帰るわね。気が変わったら教えて頂戴」
そう言い残し黒髪の女は霧となって消えた。
緋紗女が消えた事で真咲の纏っていた炎も掻き消える。
「あのクソ女……」
ギリッと奥歯を噛みしめた真咲を見上げ、花が不安そうに尋ねる。
「咲ちゃん、どうするだ?」
「……とにかく仲間に連絡入れて、ラルフを探す。花、お前は妙と一緒にディーの屋敷に行け」
「だども……」
「頼む……」
「……分かっただ……んだども、オラに出来る事があんならすぐに言ってけろ」
「……ああ」
緋紗女の座っていたソファーを凝視する真咲を見上げ、花は切なげに瞳を揺らした。
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