永久を生きる女
高級ホテルの一室、突然部屋に現れた真咲にバスローブを着てソファーに座っていた男は、ワインの入ったグラスを回しながら胡散臭そうな視線を向けていた。
「吸血鬼が何の用だ?」
流石に闇オークションの主宰者だ、真咲の出現に動じた様子も無く、更に一発で正体を見破った。
その事に多少感心しつつ真咲は、その黒髪を後ろに撫でつけた背の低い鼠顔の中年男に用件を切り出す。
「話が早くて助かるぜ……今度のオークションで出品される人魚を引き取りたい。出品者を教えてくれ」
「話にならんね。そんな事をすれば誰も私を信用しなくなるではないか。それに顧客には既に出品リストを送ってある。今更、人魚が無いとは言えん」
「そうか……けどこっちも引けなくてね……そうだな……人魚の肉の当てがある、そいつと交換ってのはどうだ?」
「……ふむ……その人魚の肉は大人の物か?」
「ああ、大分前に見たきりだが身は尻尾の方の一部が捌かれてただけで殆ど残ってる」
「…………実際見てからだな、ここに持って来い。それで私が納得したら、出品者と交渉してやる」
そう言うと男はグラスに注がれた赤い液体をグビリッと喉に流し込んだ。
「分かったよ……オークションはいつだ?」
「四日後」
「四日後だな、それまで出品する人魚には手を出さないよう言っといてくれ」
「オークションは四日後だが急いだ方がいいぞ、肉は一切れいくらで値を付けるつもりだからな、活きの良さを謳う為に生かしてあるが、その準備は前日に行う予定だ」
男はそう言って暗い笑みを浮かべた。
「分かったよ……俺は木村真咲、アンタは?」
「佐藤、日本ではそう名乗っている」
絶対に偽名だろうが、名前は記号に過ぎない。
「佐藤か……じゃあ佐藤よろしく頼む」
「金と信用を失わないなら何でもいいさ」
佐藤と名乗った鼠顔の小男はそう言うとクツクツと笑う。
その笑う佐藤の前で真咲は霧となって掻き消えた。
■◇■◇■◇■
ホテルを出た真咲は車を飛ばし西へ向かっていた。
佐藤には当てがあると言ったが、まだそこに目的の人物がいればいいが……。
いてくれる事を祈りながら真咲は高速を走り、都心を離れると鬱蒼と木々の茂る山々が並ぶ場所で高速を降りた。
その後、更に目的の山へ向かい曲がりくねった道をひた走る。
やがて山中の除雪車が除けた雪の側に車を止めると彼は山側の斜面を登り始めた。
「おーい!! 妙ぇ!! いねぇのかぁ!?」
大声で呼び掛けながら記憶を辿り道なき道を歩く。
何度も名前を呼び山を登っていると、ガサガサと雪の積もった茂みが揺れ、和服を着た妙齢の女が現れた。
「懐かしい名前で呼ぶ者がいるものだと思って出て来てみれば……咲太郎ではないか……久しいの」
「おう、久しぶりだな。元気だったか?」
「体は元気じゃが……最近は日々が一瞬で終わる気がするわい」
「アンタも都会にすめば、そんな事も無くなると思うぜ」
「フフッ、相変わらずじゃのう……儂はもうよい……各地を転々とし隠れ住むのも疲れたでな……立ち話もなんじゃ、話すなら家で話そう」
そう言ってその黒髪の女は真咲を先導し、山中の森の中に建てられた古い日本家屋へと導いた。
まるで昔話に登場するようなその家で囲炉裏の中で燃える薪に手を翳しながら、真咲は囲炉裏を挟んで正面に座った女に切り出す。
「ここに来たのは他でもねぇ、お前、人魚の肉を持ってたよな? そいつを譲ってもらいてぇんだ」
「譲る? お前は既に不老不死では無いか? それとも誰ぞ、この呪いを掛けたい者がおるのか?」
「いねぇよそんな奴……俺だって生き続ける苦しさは知ってるさ……実は若い人魚が捕まった。その子を助けてぇんだ」
「人魚が…………詳しく教えてくれ」
真咲は問われるまま事の経緯を妙に語った。彼女はそれを黙って聞いていたが時折苦しそうに顔を歪めていた。
「……人の子と人魚の子が……力になってやりたいが……競売……あれをセリに掛けるという事は、世に儂と同じ者を増やすという事じゃろう?」
「そういう事だな……だがその捕まった人魚の子、翡翠はまだ生きてる……欲深な金持ちが時間が経って後悔する事より、翡翠の命の方が大事だと俺は思う」
「命か……儂は一向に死ねぬ我が身をずっと呪ってきたが……そうじゃの、若い命を散らせるのは不憫じゃな」
「譲ってくれるか!?」
「うむ、ただし、肉がどうなるかこの目で見届けたい、儂も連れて行ってくれ」
囲炉裏の前、炎の揺らめきが女の黒目がちな瞳の中で揺れている。
その目には生きる事に疲れた彼女の悲しみが浮かんでいる様に真咲には感じられた。
「了解だ…………妙、まだ死にたいか?」
「当然じゃ……じゃが何をしてもこの身は滅びぬ……刃でも炎でも水でも毒気でも……儂だけが時間の流れの外にいるようじゃ……さりとて死に方を試す事にも疲れた……」
「そうか……」
「……たまに考えるのじゃよ……この星が消えて儂だけ残ったらどうしようとな……」
「そんときゃ、俺も付き合ってやるよ」
「……お主は相変わらず前向きじゃのう」
妙はそう言うと僅かに微笑みを見せた。
真咲が妙と知り合ったのは花や珠緒と出会う前、彼女が尼の格好をしていた頃だ。
入水自殺をしようとしていた彼女を救ったのが切っ掛けだった。
八尾比丘尼……八百年生きたという伝説が各地に残る、そんな女だった。
「振り向いたって時間が戻る訳じゃねぇからな」
「確かにの……先程の話じゃと、まだ時間はあるのじゃろう?」
「まあな」
「では今宵は此処に泊まってゆけ……どうせ面白い話を貯め込んでおるのじゃろう? それを儂に聞かせてくれ」
「面白い話ねぇ……そういやダチで吸血鬼の女の子の親父になった奴がいてよ。そいつが学校での娘の様子を見たいって、授業参観に行ったんだが……」
桜井が外国で有名な腕利きの医師だと勘違いされ、授業参観に来ていた親たちから名刺交換を迫られる事になった話を妙は興味深そうに聞き入り、話が進み桜井のカツラがズレた場面では声を上げて笑っていた。
深い森の中、真咲の声と妙の笑い声はその日、遅くまで静かな雪深い山の中に響いていた。
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