愛を告げるその日の人々
バレンタインの番外編として書いてみました。
楽しんで頂ければ幸いです。
「これあげる、義理だからそこは勘違いしないでよね!」
事務所に顔を見せた梨珠はそう言って真咲にリボンのかけられた箱を差し出した。
「義理って言う割には凝ってるな……へへッ、お前もようやく俺の魅力に……」
「義理だって言ってるでしょ!! ラルフさんと花ちゃんもこれ」
「私にも? わざわざありがとうございます」
「えっ、オラにもくれるだか? ありがとうなぁ」
梨珠は微笑みながらラルフと花に同様の物を差し出した。
「あと真咲には沙苗と雅美からもチョコを預かってきたから、二人ともお世話になったお礼だって」
梨珠が差し出した紙袋を受け取りながら真咲は満足気に微笑んだ。
「そうか……二人とも五年後が楽しみな逸材だからな、マジで嬉しいぜ……」
ニヒルに笑った真咲に梨珠はジトッとした視線を向ける。
「……サイテー。何で真咲はいつもそういう事言うかなぁ……はぁ……それさえなきゃ私も……」
「そうだべ咲ちゃん、そったらやらしい事ばっかり考えてるとまた酷い目にあうだぞ」
「そうですね。古来から複数の女性と関係を結ぶ事は嫉妬と諍いを生み出しました。あなたも誰か一人に決めるべきです」
三人から詰め寄られた真咲は最近似たような事があったなぁと、愛想笑いを浮かべながら梨珠達を宥めた。
「真咲ー!! ハッピーバレンタインだにゃー!!」
「おっ、タマ! いい所に!! 助けてくれ!!」
真咲は小さな紙袋を掲げた珠緒の後ろに逃げるように駆け込んだ。
「どうしたんだにゃあ?」
「珠緒さん、珠緒さんも叱ってやってよ。真咲、私の友達までエッチな目で見てるんだよ」
「にゃ……真咲、さかりのついた猫じゃにゃいんだから、もう少し節操を持って欲しいにゃ」
「グッ、タマお前もか……」
「大昔の英雄みたいな事言ってないで、ちょっとは反省するんだにゃ」
救世主かと思われた珠緒も味方にはなってくれないようだ。
だって世にいる女の子は皆、それぞれ魅力的で可愛いと思うんだからしょうがねぇだろ!! そんな叫びを飲み込んで真咲はへへッと睨んだり呆れたりしている四人に苦笑いを浮かべた。
■◇■◇■◇■
遠く雪を被った山々が見渡せる農地、そのビニールハウスの中で黒髪の頬のこけた青年が苺の収穫を行っていた。
「ふぅ……あー、腰が痛ぇ……」
作業を中断し青年は立ち上がり腰を伸ばす。
「亮太、大丈夫?」
緑の髪で木の表皮の様な肌の美女が彼を気遣う。
「葉月ちゃん、亮太を甘やかしちゃなんねぇぞ。お前さんはいい娘だが、すぐに亮太に手ぇ貸しちまう所は良くねぇ」
「でも社長。私が収穫した方が早いよ?」
「そうだぜ社長、葉月ならどの苺が食べごろかも一発で分かるんだし」
「馬鹿言うな。全部葉月ちゃんがやっちまったら、お前さん完全にヒモじゃねぇか。それにそれじゃあ、いつまで経っても一人前にゃなれねぇだろ?」
そう言って笑った小太りの男の言葉に、亮太はそれもそうかと腰を叩きつつ作業に戻った。
そんな亮太を見た葉月は嬉しそうに笑いながら彼の隣で収穫を再開した。
その日の昼、食事を終えた亮太に葉月は満面の笑みを浮かべ皿を差し出す。
皿の上にはチョコレートでコーティングされた苺がてんこ盛りに乗っていた。
「今日は好きな人にチョコレートを渡す日なんだよね? だから社長の奥さんに教わって、私、頑張ってコレ作ったよ!」
「葉月……うれしいけど……量、多すぎじゃね?」
「私、亮太の事、いっぱいいっぱい好きだから……駄目だった?」
両手で苺の乗った皿を持ち不安げに自分を見つめる葉月を見て、亮太はブンブンと首を横に振った。
「いや、駄目じゃねぇ! 駄目じゃねぇぞ葉月!」
正直な所、亮太の胃袋は昼ご飯で結構満腹だったが、彼はそんな素振りを見せずてんこ盛りの苺を口いっぱいに頬張った。
そんな二人の様子を離れた場所から眺めていた社長は笑みを浮かべる。
「へへっ、真咲の奴、いい連中を紹介してくれたもんだぜ……礼にうちの苺でも送っとくかな……」
社長は仲睦まじい二人を眩しそうに眺めながら小さくそう呟いた。
■◇■◇■◇■
複数のモニターが並んだ向かい、ベッドの上に一見美少女にしか見えないマッシュヘアーの青年と、大きな瞳の可愛らしい顔立ちの女性が並んで座っていた。
「拓海君、はいコレ」
「愛美さん、こっ、これは……もっ、もしかして……」
「ん? チョコレートだけど……あっ、チョコ嫌いだった?」
「そっ、そんな事は、まっ、全くもってありません!! たっ、ただ、バッ、バレンタインにチョッ、チョコを貰うのは、はっ、初めてで!!」
顔を真っ赤にして両手を握る拓海に愛美は優しく微笑みを返す。
「そうなんだぁ……じゃあ、これから色んな初めてを一緒に楽しみましょう」
「いっ、色んな初めて……よっ、よろしくお願いします!!」
耳まで赤くなりガチガチになった拓海に愛美は近づき、その頬に軽く口付けをした。
「はう!?」
拓海はビクッと体を震わせると限界を超えたのか、そのまま隣に座った愛美の膝に倒れ込んだ。
「わっ!? もう、意外と大胆なんだから…………拓海君? 拓海君!? 泡吹いてる!! どっ、どうしよう……きゅっ、救急車!!」
白目を剥き痙攣しながら泡を吹く拓海を見て、愛美は慌ててスマホを取り出した。
二人の恋が進展するにはもう少し時間が掛かりそうだ。
■◇■◇■◇■
二月半ばのその日、未来はリビングにいた義経に少し赤面しつつ紙袋を差し出した。
「なんだこれは?」
「えっと、今日はバレンタインなのでその……チョコをですねぇ……」
「チョコ? 何故、チョコレートなのだ?」
「殿、我らが異国で戦っている間に日本ではキリスト教の聖人の一人、聖ヴァレンティヌスに関する記念日として、女から愛する者にチョコレートを手渡す日となった様ですぞ」
リビングのソファーで義経の向かいに座っていた黒いスーツの巨漢、弁慶が説明する。
「何? 愛する者に……未来、ちょっと来い」
「えっ? なっ、何ですか?」
九郎は頬を赤らめ未来の手を掴み弁慶をその場に残しリビングから出て行った。
「ふむ……やはり以前より幼く感じるのう……大昔に戻ったようじゃ」
顔を赤らめ未来の手を引いていた主の姿を見て、初めて彼と橋の上で出会った頃を思い出した弁慶は牙の生えた口元に笑みを浮かべた。
一方、未来の手を引き書斎に移動した九郎は未来に抗議の声を上げていた。
「未来、配下の前でああいった真似は控えよ」
「えー、何でですか?」
「それは……その……気持ちは有難いが……気恥ずかしいではないか……」
「えへへ、恥ずかしがり屋さんですねぇ……でもでも、弁慶さんは私達の事知ってるんだからいいじゃないですか」
「……知っているからこそだ。数百年生きて来て二十歳そこそこの小娘に惚れるなど……ましてや目の前であのような……」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。それよりチョコ、食べて下さいよ……けっ、結構頑張って作ったので、かっ、感想が聞きたいです」
未来はチョコを手作りしたという事実で今更恥ずかしくなり、顔を赤らめながら紙袋を突き出した。
「ふぅ……分かった、食べればよいのだろう、食べれば」
未来から紙袋を受け取った九郎は苦笑しつつ、砕いたアーモンドが練り込まれたチョコを一粒口に放り込んだ。
「……ふむ」
「どう……ですか?」
「お前も食ってみろ」
そう言うと九郎はチョコを摘み未来の前に差し出した。
それを見た未来は腰を屈め、あーんと口を開ける。
やれやれと微笑みながら九郎はその口の中にチョコを入れてやった。
「……なんと言うか……普通ですねぇ……」
「そうだな。普通だ……だがそれがお前らしくていい……私は気に入ったぞ」
そう言ってチョコを口にいれた九郎を見て、未来はえへへと嬉しそうに微笑んだ。
■◇■◇■◇■
郊外の住宅地、その一角にある遠藤と表札の出た家はその日も暗く沈んでいた。
リビングの照明は煌々と部屋を照らしているのに、何故かソファーに並んで座った男女は暗い雰囲気を醸し出していた。
「今日はバレンタインだから貴方の為にチョコを作ったの……残さず食べてね……」
「あ、ありがとう……でも会社で女子社員から義理チョコを一杯貰ったから……」
「義理チョコ? ……それ本当に義理チョコなの? ……もし本命が混じっていたら……」
女が嫉妬で顔を歪めると、額や頬に稲妻に似た亀裂が走った。
それを見た男は慌てて大きなハート型のチョコレートにかじりついた。
「ぎっ、義理に決まってるじゃないか! 本命は君だけだし、このチョコも今日食べた物の中で、いっ、一番美味しいよ!!」
「……そう……それならいいんだけど……ねぇ知ってる? チョコレートって媚薬効果もあるんですって……」
「そっ、そうなんだ……君は物知りだなぁ……」
「そうなのよ……だからね、孝一さん。今日はいつも以上に私を愛してくれると嬉しいわぁ……」
「あ、ああ……もちろんだよ、洋子……」
ニタリと笑った洋子に元愛美のストーカー、遠藤孝一は引きつった笑いを返した。
■◇■◇■◇■
その日、ライブハウスの楽屋に戻った響子はファンから貰ったチョコレートの山を見て、げんなりと顔を顰めていた。
もちろんファンの気持ちは嬉しいし、男性のみならず、多くの女性から貰えた事は響子の、ひいてはバンドの人気を示すバロメーターとも言える。
だが、問題は響子はチョコレートが苦手だという事実だ。
どうせならチョコでは無く、日本なのだから和菓子とかを送り合う文化にすればいいのにと彼女は常々思っていた。
「やっぱ、一番人気はキョウコか……ボーカルの俺より多いってのは少し妬けるぜ」
「トール、そんな事言うなら持って帰ってくれよ……知ってるだろ? 私がチョコが苦手なの?」
「そいつは駄目だ。皆はお前に渡したんだ。そんなファンの気持ちを踏みにじる様な真似は俺には出来ねぇ」
「はぁ……だよなぁ……そうだ! いっそ公表するか! 私が甘さ控えめの餡餅が好きだって」
「……ロッカーが餡餅って……」
黒い革ジャンと皮パンで金髪をスプレーで固めたトールの顔が呆れ顔に変わる。
「へへッ、ギャップで受けるかもだぜ、トール?」
タンクトップから鍛えられた二の腕を覗かせる赤い髪の男がトールに答える。
「ギャップ受けか……いや、やっぱり駄目だ、セト。俺達が欲しいのはそういう人気じゃねぇ……純粋に音楽で勝負したいんだ」
「……確かにそれはあるな……キョウコ、残念だが公表は諦めてくれ」
トールの言葉に頷きを返した黒髪リーゼントの青年が、苦笑しつつキョウコに言う。
「……しょうがないか……私が蕎麦屋って事でもう大分イメージ崩してるしな……分かったよ、スサノ。公表はしない」
「すまねぇな……いつかバンドが有名になったら、いくらでも餡餅食って良いからよぉ」
ロックバンド、TODOROKIのメンバー、響子を除くトール、セト、スサノの三人は深いため息を吐いた彼女を見て悪いなと苦笑を浮かべた。
その帰り道、響子は女性の叫び声を聞く。
「止めて!! 放して!!」
「なんで分かってくれないんだ!! 僕は今でも君の事を!!」
「そうやって執着されるのに疲れたのよ!! もう付きまとわないで!!」
どうやら男女間のもつれの様だ。
女性に振られた男が未練がましく復縁を迫っているという所か。
そう結論付けた響子は声のする方に足を向けた。
ハイヒールの黒いブーツがコツコツとアスファルトに響く。
「僕以上に君を愛している人間なんてこの世にいない!!」
「そういう事言うのが重いって言ってるの!!」
「クッ……どうしても僕を受け入れないっていうなら……」
「なっ、何よ!?」
そのグレイのスーツを着た男の目が狂暴な光を宿した時、紺のスカートスーツの女性の右手首を掴んでいた男の手に細くしなやかな指がそっと置かれた。
「アンタも男なら女々しい真似すんじゃねぇよ」
その言葉と共に置かれた指がトンッと軽く男の手の甲を叩いた。
「グガガッ!?」
その直後、男の体がビクッと痙攣し道路に崩れ落ちる。
「キャッ!?」
突然手を放し倒れた男を見て、女性も驚きで道路に尻もちを突いた。
「大丈夫か?」
響子は転んだ女性に優しく微笑みながら手を差し出す。
「はっ、はい……」
美青年と見まごう響子のルックスに、彼女を見上げ答えた女性の頬が赤く染まる。
ファンの女の子の反応でそういった事に慣れていた響子は、特に気にせず彼女の手を取り引き起こすとスカートの汚れを払ってやった。
「しつこい様なら警察に相談しな、じゃあな」
「あ、あの……お名前を……」
「鳴神響子だ」
そう言って後ろ手に手を振りながら響子はその場を後にした。
女性はその後ろ姿に熱い視線を送りながら、ギュッと響子が先程握った左手を握りしめた。
「鳴神……響子様……」
こうしてまた一人、心ならずも響子は新たなファンを手に入れた。
彼女が来年、LOVE KYOKOと書かれた巨大なハート型のチョコを楽屋に届ける事を、その時の響子は知る由もなかった。
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