女の子には笑っていて欲しい
雪枝に連れられ仕事を割り振られている慎一郎と良平の様子を見ていた真咲は、依頼も解決した事だしと事務所に帰る事にした。
仕事を割り振り手すきになった様子の雪枝にその事を伝えると、帰るなら姫様にご挨拶をと、彼女に連れられ尾毘芭那比売の私室へと通される。
廊下から雪枝が声を掛けると「入れ」と返事が返って来る。それを聞いた雪枝が障子を開け真咲に中に入るよう促した。
部屋の中ではオビハナが座布団の上に片膝を立て座っていた。
「帰るか血吸い鬼」
「ああ、後は慎一郎たちで何とかすんだろ?」
「であろうな……此度は世話になった。褒美をやろう、望みをもうせ」
「望みねぇ……」
オビハナの正面に置かれた座布団に腰を下ろしながら、顎を触り望みを考える。
「そうだな……俺のダチと仲間が幸せに暮らせますように、ってとこかな」
「鬼よ、それではまるで初詣の願い事ではないか?」
「いいだろ、あんた神様なんだし……そうだ、組長さんの目、直してやってくれよ」
「あくまで他者の幸せを願うか……変わった鬼じゃ……」
「吸血鬼は人間がいねぇと生きられねぇからな。おかしな事じゃねぇさ」
「ふむ……あい分かった。頭領の目の事は何とかしよう……妾も怒りに任せやりすぎた部分もあったしな……それとは別にお主には福を授けてやろう。万事、多少上手くいくようになるぞ、喜べ」
万事、多少上手くいく……なんだか微妙だ。
そう思った事が顔に出ていたのだろう、オビハナは顔を獣に変え真咲を睨む。
『気に入らんかえ?』
「いっ、いや、気に入った。ありがとうよ姫様」
「フンッ、最初から素直にそう言えばよいのじゃ。では疾く帰れ」
「ったく、我儘な姫様だぜ。んじゃな」
「うむ、達者での」
ヒラヒラと手を振ったオビハナに手を振り返し笑うと、真咲は彼女の部屋を後にした。
後は慎一郎達に挨拶したら、社での用は終わりだ。
「雪枝ちゃん、慎一郎たちは?」
私室の外の廊下で待っていた雪枝に彼らの居場所を尋ねる。
「お二人には捕らえた獲物の解体をお願いしました。慎一郎も良平も頭領の手伝いで獲物を解体した経験があるという事でしたので……」
「そうか。取り敢えず帰る事を伝えたいから案内してくれ」
「分かりました……真咲、改めてお礼を……左腕に足……もう二度と舞は舞えないと思っておりました……ありがとうございます」
「いいのいいの、俺、女の子には笑ってて欲しいから。それに治したのはディーだしな」
そう言ってへへッと笑う真咲に雪枝は微笑みを返した。
■◇■◇■◇■
社の敷地に建てられた解体小屋の中、吊り下げられた鹿を慎一郎と良平はオビハナの眷属に混じり解体していた。
「えっ!? 真咲さん先帰っちゃうんですか!?」
解体用の刃物を手にして前掛けを着けた良平は、事務所に戻る事を告げた真咲を羨ましそうに見つめた。
「ああ、組長さんを連れ帰るだけなら二人でも大丈夫だろ?」
「いいなぁ……」
「良平、真咲はいわば部外者だ。諦めろ」
「……了解っス」
肩を落とした良平はそう言うと深いため息を吐いた。
そんな良平を見て笑いながら慎一郎は真咲に向き直る。
「…………真咲、正直、オヤッさんの事は諦めてた。助ける事が出来たのはお前のおかげだ……恩に着る」
「へへッ、世の中持ちつ持たれつだぜ。こっちにも、また何かあったらそんときゃ頼むぜ、慎一郎」
「おう、任せろ」
ニヤッと笑う慎一郎に笑みを返すと、恨めしそうな良平の視線に苦笑しつつ小屋を出て社の出口へと向かった。
その道中、見送ると言って同行した雪枝に真咲は尋ねる。
「なぁ、姫さんが言ってた夫婦の話、どうするんだ?」
「……慎一郎は確かに姫様が言われるようによい男だとは思います……ですが、やはり私は姫様のお側に……」
「そうか…………あっ!?」
「なんです、急に!?」
「なぁ、ここって電気通ってんのか?」
「電気? そのような物あるわけ……あっ!!」
雪枝も気づいたらしく声を上げ、その後、どうしようと眉をへの字にして真咲を見た。
彼女の新しい左腕を動かす為には充電が必要なのだ。
だがこの社には電線等引かれてはいない。
「どっ、どうしたらよいのでしょうか? 動かない腕など飾りにしかなりません」
「あー、じゃあよ。あの別荘から通えばいいんじゃね? 組長と慎一郎に相談してみなよ」
「二人に……ですが、私は余り人が使う道具には詳しくないのです」
「慎一郎に教えてもらえばいいじゃん、あそこに二人で住んでよ。なら姫さんの言ってた事も出来るし」
「……慎一郎と二人で……真咲、何故、我々をそこまで一緒にしようとするのです?」
「俺も姫さんと同じで二人がお似合いだと思うからさ……俺はガキの頃から慎一郎の事知ってんだ…………あいつの家は母子家庭でよ、母ちゃんが男をとっかえひっかえする様な家だった……だから慎一郎は普通の家族って奴に憧れを持ってる、でもヤクザになっちまった事で家族が不幸になる事も恐れてる……嫁さんや子供が自分の所為で辛い思いすんじゃねぇかってな……福を授ける神様の眷属のあんたなら絶対不幸にはなんねぇ、だろ?」
雪枝は真咲の言葉を聞いて慎一郎との暮らしを想像した。
朝起きて食事を作り、それを慎一郎が美味しそうに食べる……そんな場面を思い描いた雪枝は自然と微笑みを浮かべていた。
「それも……いいかもしれませんね……」
「慎一郎は暫くここにいるみたいだし、その間にゆっくり考えりゃいいさ。じゃあな」
真咲は見送ってくれた雪枝に手を振ると、鳥居をくぐり社を後にした。
雪枝がどんな選択をするかは分からない。
だが二人が一緒に暮らしている場面を想像するととてもしっくり来る、そんな風に真咲は思った。
■◇■◇■◇■
事務所に戻った真咲を出迎えたのは金髪のカツラを被った桜井だった。
「……何だそれ、ディー?」
「いや、話してた莉子さんの知り合いと色々頑張ったんだけど……日本人じゃどうしても無理があってさ」
桜井の後ろで隠れていた拓海がその巨体の横からヒョコッと顔を覗かせる。
「言ってた特殊メイクか……確かに傷跡は消えてんな。でも何で金髪なんだよ?」
「目立たなくするのは無理だから、いっそ別の印象で消してしまえという事らしい……今は佳乃にお伺いを立てていた所だ」
そう言って桜井は拓海同様、自分の後ろにいた花に向き直る。
「どうだ佳乃? 君の母親と再婚した外国人医師という設定なんだが?」
「確かにこれなら引かれる事はねぇと思うだが……お父、これから授業参観や運動会とかがある度にその格好をするだか?」
金髪のカツラは軽くウェーブのかかったビジネスマン風、瞳には青いカラーコンタクト、髯は爽やかを演出する為かそり落とされていた。
確かに日本人離れした体格の桜井を日本人のまま見せるよりは、迫力が薄まった様に感じる。
「そのつもりだが……駄目か?」
「はぁ……そこまでして来たいだか……しょうがねぇ、いいだよ」
「本当か、佳乃!?」
「けんど、あんま変な事、別の子のお父やお母に言わねぇでくんろ」
「勿論だ。基本、英語で喋る事にしよう! 拓海君! 本当にありがとう!!」
そう言って拓海の手を握ろうとした桜井を、間一髪で真咲が後ろから羽交い締めにして止めた。
「逃げろ拓海!! 手を握りつぶされるぞ!!」
「えっ!? わっ、分かった! そっ、それじゃ桜井さん、さっ、参観日の日にまた!」
「あっ、待ち給え!! 私は感謝の気持ちを!!」
暴れる桜井を必死で抑え込みながら、やはり自分は桜井が言った様に知らない内にトラブルを引き寄せる呪いを受けていたのかもと苦笑を浮かべた。
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