不良が大人になったような
事務所に連絡を入れ斗馬の居場所を確かめた慎一郎は、彼がいるという組長の自宅へと向かう様に良平に指示を出した。
「そういえば、斗馬ってどんな奴なんだ?」
「真咲は会った事なかったか。どんな奴……そうだな、世話になってるオヤッさんの息子を悪く言いたかねぇが、質の悪いガキってのが一番しっくりくるかもな」
「質が悪いってレベルには思えねぇけどなぁ……」
真咲は後部座席の雪枝の義手にチラリと視線を送りながら顔を顰める。
「斗馬さんは不良がそのまま大人になったみたいな人ッス。自分がどれだけ無茶が出来るか誇るような所があるッスよ」
「ああ、なるほど……自分を大きく見せたいタイプね」
「おおかた、今回もオヤッさんより大きい獲物を狩って、自分の方が猟が上手いって吹聴したかったんだろうよ……すまねぇな、そんな事でアンタを傷付けちまって……」
「何度も言っていますが、あなたの所為ではありませんよ慎一郎」
そう言って雪枝は慎一郎に微笑を向けた。
これまでずっと厳しい表情をしてきた雪枝が見せた微笑みに、慎一郎は思わず戸惑う。
それぐらい雪枝の微笑みは可憐で美しかった。
「……今更だがあんた美人だな」
「なっ、何を!?」
「うぉ!? 硬派で通していた兄貴が……」
「へへッ、慎一郎、神さんの条件じゃなくて本気で惚れたか?」
「ちっ、違う! 俺はただ客観的な意見を言っただけだ! お前らだって雪枝は美人だと思うだろうが!?」
「確かに綺麗っス!」
「まぁ、雪枝は人の姿も狼の時も確かに美人だ」
「あなた方は何を言っているのですか!? わっ、私を褒めてどうしようというのです!?」
三人に次々と容姿を褒められた雪枝は頬を赤く染めて声を上げた。
「別にどうもしねぇよ。ただ、アンタは真面目で頑張り屋の美人だって事実を言ってるだけさ」
「もっ、もういいです!! 止めて下さい!!」
白い肌を真っ赤に染めて雪枝は両手を顔にあて叫び声を上げた。
どうやら彼女は正面切って褒められるのが苦手らしい。
「へへっ、意外と可愛いトコもあるんだな……さて、話を戻すがその悪ガキの斗馬だが慎一郎の言う事、素直に聞くのか?」
「いや、多分耳を貸さんだろう……だがオヤッさんの為だ。無理矢理にでも引っ張っていくしかねぇ」
「大丈夫っスかねぇ? 斗馬さん、何するか分かりませんよ? 下手したらチャカとか使うかも……」
桜井の屋敷で休んでいる間に良平にも事の経緯は説明している。
まだ若い彼は真咲の存在の事もあり、神から条件を出されたと言っても意外とすんなりそれを受け入れていた。
「チャカ?」
聞きなれない言葉だったのだろう。少し落ち着いた様子の雪枝が顔を上げて運転席の良平に尋ねる。
「えっと、ピストル、拳銃……あー、片手で扱う短い銃の事っス」
「ああ、短筒と呼ばれる物の事ですね。書物で見た事があります」
「短筒って……そっちの呼び方の方が今じゃレアっス」
苦笑を浮かべた良平に慎一郎が声を掛け話を戻す。
「とにかくだ、俺もこう見えて田所組の幹部の一人だ、斗馬がいくら無茶苦茶でもそれは無いだろう」
「そうかもしれねぇが、一応用心しといた方がいいんじゃねぇか? フルオートのショットガンなんて物騒なもん振り回す奴なんだしよ」
「…………そうだな、用心だけはしておくか」
そう言うと慎一郎は後部座席からトランクをチラリと確認した。
■◇■◇■◇■
「あん? 尾代山について来いだぁ? 何で俺が用もねぇのに、んなトコ行かなきゃなんねぇんだよ?」
田所組組長の屋敷は庭に枯山水の広がる純和風の屋敷だった。
ただ、作りは和風だったが所々に組長が狩ったと思われる剥製が飾られていた。
その屋敷の一室、廊下を挟んで庭を望む座敷で赤い革のジャケットを着たガラの悪い黒髪の若者が、クチャクチャとガムを噛みながら正座した慎一郎に凄みながら答えていた。
「斗馬さんに用は無くても、向こうは用があるんですよ。オヤッさんの命が掛かってる、来てもらえませんか?」
「ああ? 親父の命? あんだけ血ぃ流れてんのに生きてる訳ねぇだろ? それよりお前、藤堂と俺、一体どっちに付くつもりだよ?」
「跡目の話なんてしてる場合じゃないんですよ!!」
声を荒げた慎一郎に斗馬は苛立ちで顔を歪める。
「……てめぇ、誰に向かって口きいてんだぁ?」
「斗馬さん、頼む。この通りだ」
畳に拳を突いて頭を下げた慎一郎を斗馬は鼻で笑った。
「ケッ、なんで俺が下の言う事聞かねぇとなんねぇんだよぉ」
「なぁ、慎一郎。このクソガキぶん殴っていいか?」
「ああ!? 誰がクソガキだコラ!! 大体、テメェらなにもんだよ!?」
声を荒げた斗馬を見て、真咲はヘラヘラとした笑みを浮かべた。
「俺はただの便利屋だよ。粋がるだけのお坊ちゃま」
「テメェ……ヤクザ舐めてんじゃねぇぞ!!」
斗馬は歯をむき出し懐からハンドガンを抜くと、慎一郎の後ろで胡坐をかいていた真咲に銃口を向けた。
「はぁ……なぁ、慎一郎。やっちゃっていい?」
「……先方の望みが何か分からん……ズタボロの斗馬さんを渡したら機嫌を損ねるかもしれん」
「そうですね。姫様には活きが良い相手の方が良いかもしれません」
「テメェら、何で俺がやられる前提で話してやがる!? 銃持ってんのは俺だぞ!?」
「斗馬さん、世の中には銃じゃどうにも出来ない相手もいるんですよ」
「そうかよ!? んじゃ試してやるよぉ!!」
斗馬は立ち上がるとそのまま真咲の頭部目掛けて引き金を引いた。
パンッと爆竹の様な音が響き頭を打たれた真咲は仰向けに倒れた。頭から畳に血が広がっていく。
「ヒャハハッ!! 何が銃じゃどうにも出来ねぇだ!? ちゃんと死ぬじゃねぇか!!」
「真咲……斗馬さん……もう止めてください。オヤッさんを救いたくないんですか?」
「親父がいなくても組は俺が仕切ってやるさ。それとその男を殺したのはお前だ、そう言う事でサツに出頭しとけや」
今度は慎一郎に銃口を向けながら斗馬はニヤニヤと笑いながら言う。
「はぁ……こんな下衆な男に私は腕をもがれたのですか……」
「なんだと、この女? もっぺん言ってみろ?」
「下衆な男と言ったのです。武器を持たない無抵抗な者に鉄砲を向ける等……よほどの恥知らずにしか為せぬ業です」
「小島ぁ、これは女の教育を怠ったお前ぇの責任だぁ」
斗馬は銃口を雪枝の頭に向けた。雪枝はその銃口を睨みつけ口を開く。
「撃ちたければ撃ちなさい! その代わり、あなたの父親は一生苦しむ事になりますよ!」
「親父がどうなろうと知った事か!」
ニヤついた笑みを浮かべ声を荒げた斗馬の前に、慎一郎が両手を広げ立ちふさがる。
「慎一郎!? 退きなさい!」
「アンタを守るって言ったからなぁ」
「小島ぁ……昔からテメェが気に入らなかったんだ。義理とか人情とか古臭い事ばっか言って偉そうに説教しやがって……」
「ヤクザが義理も人情も欠いたら、それこそただのゴミじゃねぇか!」
「ハッ、ヤクザなんて元からゴミとクズの集まりだろうがよ!!」
再び破裂音が響き銃弾が慎一郎の胸を捉えた。
「グフッ!!」
「慎一郎!?」
胸を押さえしゃがみ込んだ慎一郎に雪枝が駆け寄り、彼を庇いながら斗馬を睨む。
「テメェも親父と一緒で小島を守んのかよ……気に入らねぇ、気に入らねぇ、気に入らねぇ!! ……ヤクザのくせに妙に目をキラキラさせやがってよぉ……」
「そうかそうか。お前は自分の持っていない物を持ってる慎一郎が羨ましかったんだなぁ」
いつの間にか畳に転がっていた真咲は斗馬の後ろに立ち、うんうんと腕組みをして頷いていた。
斗馬が真咲が倒れていた場所に目をやると、畳には流れた筈の血も消えている。
「なんでお前生きて……」
「だから慎一郎が言ったじゃん。銃じゃどうにも出来ねぇ相手もいるって……人の話はちゃんと聞いとけよな」
そう言うと真咲は斗馬の銃を持った右手を押さえながら、グイッと顔を近づけ瞳を覗き込んだ。
「くぁ……てめぇ、何……しやがった……」
見開いた真咲の目を見た斗馬は、強烈な睡魔に襲われそれだけ言うと膝から崩れ落ちた。
「ふぅ……最初からこうしておけば良かったぜ。大丈夫か慎一郎?」
「あ、ああ……お前の言う通り……用心しといて良かったぜ……」
顔を歪めながら胸を押さえ立ち上がった慎一郎を雪枝が寄り添い支える。
「いくら防具をつけていても無茶が過ぎます!! 頭を撃たれたらどうするんです!?」
「そういやそうだな……ハハッ、まぁ、その場合でもアンタを守れたんならいいさ……さてと」
自分を支えていた雪枝からそっと離れ、慎一郎は畳の上に倒れた斗馬を左肩に担ぎ上げた。
同時に転がっていた斗馬のハンドガンも拾い上げる。
「斗馬さん!!」
ドタドタと足音が聞こえ、斗馬に言われ部屋から離れていた田所組の組員達が駆け付けて来た。
「小島の兄貴!? ……斗馬さんをやったのかよ? ……あんた、若頭に付くつもりか?」
「斗馬は殺してねぇ……それに俺が付くのはオヤッさんだけだ……どけ」
慎一郎が銃を翳すと組員達はたじろぎ道を開けた。
「クッ、てめぇ……」
「斗馬はオヤッさんを助ける為に必要なんだ。ちょっと借りてくぜ」
顔歪めた組員達にそう言うと、慎一郎は彼らに背を向け庭に面した廊下を玄関へ向かい歩く。
その後を追った雪枝の右肩を組員の一人が掴んだ。
「待てよ小島ぁ!! この女が、ギャアアア!!!」
言い切る前に掴んだその手を雪枝の左手が苦も無く握りつぶす。
「……確かに扱いが難しいようですね……ではごきげんよう」
潰された手を胸に抱くようにして床に蹲った組員を見下ろした後、雪枝は凍るような視線を組員達に向け静かに暇を告げた。
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