人の縁は繋がりゆく
執事風の男に案内され真咲達が通されたのは書斎の様な部屋だった。
左側の壁には医学書が並び、入って右側の壁には診察用のベッドが置かれている。
正面に白衣を着た桜井が座り、奥の机から椅子ごと振り返る形で一行を出迎えた。
「真咲、どうせ来るなら佳乃も一緒に連れて来たまえ」
「しょうがねぇだろ。急に思いついちまったんだからよぉ」
「それで、今日は何の用かね?」
桜井は真咲から視線を外し、順繰りに部屋に入った慎一郎、雪枝、良平へと目を向ける。
「この娘を診てもらいたくてよぉ」
「ふむ……お嬢さん、こちらに座ってもらえるかな?」
桜井は自分の前に置かれた丸椅子に開いた手を翳す。
「……真咲、この方は獣も診れるのですか?」
「あっ、そういや……なぁディー、アンタ、狼って治療した事ある?」
「狼? そのお嬢さんはラルフ君と同じくワーウルフなのかね?」
「違う、この娘は雪枝ちゃん、山の神さんの眷属で正真正銘の狼だよ」
桜井は雪枝に視線を移すと、彼女の体を頭からつま先まで観察した。
「変化、というやつかね……ふむ、狼を治療した事は無いが、軍用犬なら何度か治療した。その中には地雷で足を無くした者もいたから力になれると思う」
雪枝の左腕に目をやりながら桜井は答える。
「だってよ」
「……治療を受ければ姫様のお世話もまた出来る様になるのでしょうか……」
「世話? 仕事の話かね? ……君の状態を確認しないと何とも言えんが……詳しく聞かせてくれればその仕事に合った治療も可能な筈だ」
「そうですか……ではお願いいたします」
そう言うと、雪枝の体は一瞬で大型犬サイズの白い狼へと変化した。
「わっ、本当に狼なんスね!?」
「良平、ジロジロ見るな。若い娘なんだぞ」
「あっ、すいません、兄貴」
「んじゃ、俺達、外で待ってるから」
真咲はそう言って桜井に笑みを向けると、良平の背中を押して部屋を出て行った。
それに続こうとした慎一郎は一旦、足を止め振り返ると桜井に目を向け口を開く。
「先生……よろしくお願いします」
「真咲には借りがある。心配しなくても精一杯やらせてもらうさ」
「……ありがとうございます」
深々と頭を下げ部屋を出た慎一郎を見て、桜井は雪枝に尋ねる。
「……前足を失ったのは彼が原因かね?」
『ちがいます。慎一郎は関係ありません……彼が勝手に責任を感じているだけです……』
「そうか…………では診察を始めよう……負傷したのは左の前足と」
『右の後ろ足……人でいうなら太腿のあたりです』
「ふむ……仕事をするには狼と人、どちらが都合がいいかね?」
『お世話の種類によりますが、狩りなら狼、身の回りの事なら人で行っておりました』
桜井は雪枝が失った左前脚、それと銃弾を受けた右後ろ脚の傷痕を触診しながらふむと顎に手を当てた。
「狼と人、一応どちらの義手、義足も用意は出来る。だが君の様に変化するとなると支障が出るだろう」
『義足……それを着ければ走れるようになりますか?』
「君は普通の狼では無いので何とも言えんが、以前と同じ速さで走るのは恐らく無理だろう」
『そうですか……では義手というのはどの程度の事が出来るのでしょうか?』
「うちで扱っている義手は電子制御の物で神経と接続するタイプだ。訓練は必要だが処置した患者は失う前と変わらない暮らしを続けているよ」
『同じ暮らしを……義手を処置して下さい。その方が働けそうです』
雪枝はそう言うと再びその身を人へと変じ、桜井の前の椅子に腰かける。
「……人の姿で生きるのかね?」
「はい……獲物が狩れぬのなら獣でいる意味はありませんから……」
「分かった。では人用の義手を用意しよう……」
そう言うと桜井はデスクの上の電話を手に取り、屋敷のスタッフに連絡を入れた。
桜井は腕のサイズの計測などを伝え電話を切ると雪枝に向き直る。
「腕のサイズ測定と調整と神経接続の準備をする。あと、足のレントゲンも撮ろう。これから来るスタッフについて行って諸々行ってくれ」
「すぐに治療を受けられるのですか?」
「真咲には借りがあると言っただろう。幸い今は急ぐ患者もいないのでね、君の治療を優先しよう」
「……ありがとう」
「君が礼を言う必要は無い、どちらかと言うと借りを返せて私の方が礼を言いたいぐらいだ」
そう言うと桜井は口髭の下の口をニヤッと曲げた。
■◇■◇■◇■
その後、半日程かけて雪枝は桜井の施術を受け、左腕と右足を治療された。現在は麻酔の影響で眠っている。
その間、疲労の溜まっていた慎一郎は用意された部屋で仮眠を取り、良平も慎一郎と共に部屋で休んでいた。
真咲だけは手術を終えた桜井に呼ばれ、先程の書斎の様な診察室で彼と話していた。
「で、話ってなんだよ?」
桜井はステンレス製の皿を真咲に差し出しながら言う。
「これは雪枝君から摘出した弾丸だ。散弾銃の弾、大きさから考えてトリプルオーバックに使われるスチール弾だな」
「弾が体に残ってたのか……取ってくれてサンキューな、ディー」
「一応、足の骨と筋の整形も行ったが……聞きたいのは、また厄介事に巻き込まれてるんじゃないかという事だ」
「しょうがねぇだろ。それが飯のタネなんだからよ」
「やはりか、よくもまぁ次から次へと……君はなにかね? トラブルを引き寄せる呪いでも受けているのかね?」
「そんな呪いを受けた覚えはねぇよ」
肩を竦め量の掌を上に向けた真咲を見て桜井は深いため息を吐く。
「まぁ、君は吸血鬼だからおいそれとは死なんだろうが……佳乃を泣かす様な真似はしないでくれよ」
「分かってるよ……そう言えば花から聞いたけど、アンタ参観日に行きたがってるんだって?」
「……佳乃は何と言っていた?」
「あいつ困ってたぜ。アンタ見た目がアレだからな……行ったらきっと子供も親も引くと思うぜ」
「クッ……だが私は佳乃が学校でどんな風に過ごしているか、どうしても知りたいのだよ……そうだ! 君の力でどうにか出来ないか!? 吸血鬼の力で私をこう……一般的な見た目に変えるとか!」
桜井は椅子から身を乗り出し真咲に詰め寄った。
その剣幕にたじろぎながら真咲は苦笑を浮かべ答える。
「ねぇよ、そんな都合のいいもんは」
変身は真咲自身にしか効果を及ぼさない、他者を変える事は出来ないのだ。
「そうか……」
椅子に座り直し落ち込んだ様子の桜井を見て、真咲はしょうがねぇなぁと苦笑を浮かべる。
「なぁ、そんなに参観日に行きたいのか?」
「行きたい……いっそ整形でも……」
「あー、待て待て……そうだな、見た目を変える……ちょっと知り合いに聞いてみるわ」
そう言うと真咲はポケットからスマホを取り出し、画面をタップした。
呼び出し音が鳴り暫く待つと目当ての人物に繋がる。
『なんだい、真咲?』
「久しぶりだな、拓海……お前、吃音治ったのか?」
『そうなんだ……愛美さんと話してたら、段々、人と話していても余り緊張しなくなって……初対面の人だとまだ無理だけど……』
「そうか……良かったな」
『うん……真咲のおかげだ……それで何の用だい?』
「お前、最近コスプレやってるよな?」
『やってるけど、それが?』
「すげーいかちーおっさんを、一般人並みに目立たなくする事は出来るか?」
『……いかちーって、どんな人なの?』
「モード変えるわ」
真咲は通話を動画モードに切り替えるとカメラを桜井に向けた。
拓海は映し出された画面を見て、絶句していた。
「どうだ?」
『……彼、身長はどれぐらい?』
「ディー、アンタ身長何センチ?」
「203センチだが……真咲、一体何を……?」
「まぁ、待てよ。どうだ拓海?」
真咲は困惑顔の桜井を押し止め、画面内で顎に手を当てている拓海に尋ねる。
『そうだなぁ……身長は無理でも顔の傷や全体の印象を変えれば……愛美さんの知り合いに莉子さんって人がいるんだけど、その人が僕たちのコスプレを手伝ってくれてるんだ。彼女、本職はメイクさんで、映画とかの特殊メイクやってる人にも知り合いがいるって言ってた。ちょっと当たってみるよ』
「すまねぇが頼むぜ。おっさん、どうしても娘の参観日に行きたいみたいだからよ」
『……なるほどね……分かった。それも伝えてみる』
「サンキュー拓海! 恩に着るぜ!」
『うん……へへッ、役に立てて嬉しいよ……じゃあね』
「おう」
拓海は画面の中で笑いながら真咲に手を振り通話を切った。
「ディー、何とかなるかもしれないぜ」
「本当か!? あっ、ありがとう!!!」
「グッ!? だから手を握んじゃねぇよ!! いででででッ!!!」
以前と同様、真咲の手を思い切り握った桜井によって真咲の手と口は再び悲鳴を上げる事となったのだった。
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