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伊達に神様はやっていない

 斗馬(とうま)を連れて来る事に同行する、そう言った雪枝(ゆきえだ)は自身が乗って来た白狼(はくろう)に、酔い潰れた尾毘芭那比売(おびはなひめ)(やしろ)へ連れ帰る様に命じると真咲(まさき)達に視線を向けた。


「さあ、参りましょう!」

「えっ? 今からか? 俺は大丈夫だけど、慎一郎(しんいちろう)はキツイんじゃねぇの?」

「大丈夫だ」


 雪の中、真咲と共に山を歩き、慣れないテント設営等をこなした慎一郎の顔には、疲労が浮かんでいた。

 だが彼はそれを押し殺し雪で焚火を消し、焚火の灰を埋める穴を掘り始める。

 それを見た真咲は肩を竦めるとテントをたたみ撤収の準備を始めた。


 雪枝は二人の様子を見て椅子などを片付けようとしたが、それを慎一郎はやんわりと止めた。


「これは俺達が広げたもんだ。手伝う必要はねぇよ」

「ですが……」

「……どうしてもって言うなら、コップや皿を一つに纏めてくれ」

「……分かりました」


 キャンプ用具をまとめ、片付けを終えた頃には夜は明け始めていた。

 真咲は顔に日焼け止めを塗るとキャンプ地を確認した。

 ゴミはビニール袋に詰めリュックの中だ。オビハナが肉や酒を飲み食いした所為で、行きよりは背負ったリュックは随分と軽い。

 慎一郎に目を向けるとかなり疲れた顔をしている。


「結局徹夜か……慎一郎、ホントに大丈夫か?」

「あ、ああ……麓まで降りてからひと眠りするよ」


「そうか……雪枝ちゃん、あんた、足は大丈夫か?」

「心配いりません。人になら今の私でもついて行けます」


「まぁ、辛いようだったら言ってくれ。んじゃ行くぜ」


 真咲は慎一郎と雪枝の事を考え、なるべく平坦な場所を選び別荘への道を辿り始めた。

 慎一郎は疲労で、雪枝はやはり足が痛むのか多少辛そうにしていたが、二人とも弱音一つ吐かず無言で真咲の後を追っていた。


 そんな二人にどことなく似た物を感じ、真咲は苦笑を浮かべる。

 オビハナが二人を夫婦にしようとしたのも、慎一郎の頑固さや実直な性格を見抜いたからかも知れない。


 そんな事を考えつつ三時間程掛けて麓に辿り着いた頃には、真咲以外の二人は疲れ切っていた。

 真咲は途中から炎を使い雪を溶かして道を作り、多少は歩きやすくしたのだが、それでも彼らにはきつかったようだ。


「二人ともお疲れさん、とにかく別荘で一休みしようぜ」

「はぁ、はぁ…………ふぅ……そうだな……流石に疲れた」

「はぁ、はぁ……この程度で……ングッ、根を上げて……いる様では……私の世話は……ふぅ……出来ませんね」


「少し疲れただけだ……アンタこそ……息が上がってるじゃないか」

「これは……慣れない人の姿で山道を……歩いたからです」

「じゃあ獣の姿に……戻ればよかっただろ?」


 慎一郎の言葉に雪枝は一瞬眉を吊り上げたが、何も言わずスタスタと別荘へ向かい歩き始めた。

 その様子に慎一郎はハッとした表情を浮かべた。

 彼女は隻腕だ。獣に戻ってもそれは変わらない、通常四つ足の獣が三本でバランスを取るのはかなり難しいだろう。

 雪枝が慣れない人の姿でいたのは、そちらの方がまだ動きやすいからに違いない。


 その事に思い至った慎一郎は、雪枝を追い駆け横に並び歩きながらぼそりと呟く。


「……悪かった。さっきのは失言だ……」


 彼は何の言い訳もせず、許してくれとも言わなかった。

 そんな慎一郎をチラリと見上げると、雪枝は口元に小さな笑みを浮かべた。


 その様子を振り返り見た真咲は、やっぱ伊達に神様やってねぇなと酔い潰れた女神を思い出しながら少し笑った。



 ■◇■◇■◇■



 街に向かう車の中、運転席でハンドルを握る慎一郎の部下が、バックミラー越しに後部座席に座る古風な服を着た雪枝をチラチラと見ている。

 雪枝も慎一郎も疲れから熟睡していた。雪枝は慎一郎の肩に頭を乗せ、慎一郎は肩に乗った雪枝の頭を枕に眠っている。


「なんだよ? あの娘が気になんの?」


 助手席に座った真咲は、運転席に座る黒いスーツの若者にニヤッと笑いながら声を掛ける。


「気にするなって方が無理っスよ。兄貴は何も説明してくれないし……何者なんスか? 真咲さんと同じ、その……妖怪的な何かっスか?」


 慎一郎との付き合いで、舎弟の若者、山形良平(やまがたりょうへい)も真咲が吸血鬼である事は知っていた。


「まぁ、そんなようなもんさ……それよりちょっと寄って欲しいトコがあんだけど」

「えっ? でも兄貴は事務所へ向かえって?」

「いいからいいから、慎一郎には俺から言っとくから、頼むぜ」

「……分かりました。それで何処へ向かえばいいんスか?」


 運転席の黒髪くせ毛の若者に真咲は住所を告げる。


「えっ? そこって……」


 驚いた良平に真咲は再度、いいからいいからと言いながら住所へ向かうよう促した。



 ■◇■◇■◇■



 真咲が良平に指示した場所は街からほど近い、山中に建てられた洋館だった。

 周囲は高い塀に囲まれ、その所々には監視カメラが設置されていた。

 表札は出ておらず、周囲には不気味な雰囲気が漂っている様に良平には感じられた。


「真咲さん、本当に行くんですか? ここって凄くヤバい医者の病院だって……」

「凄くヤバい……まぁ、間違ってはねぇなぁ」


 真咲は桜井(さくらい)の顔を思い浮かべうんうんと頷いた。


「でもまぁ、知り合いだから」

「はぁ、知り合い……スか」


 知り合いと聞いても不安げな良平を車に残し、真咲は屋敷の合金製の門の横に設置されたインターホンを押した。


『……はい、どちら様でしょうか?』


 落ち着いた女性の声がインターホン越しに響く。


木村真咲(きむらまさき)です。桜井さんとは友人で……」

『木村様ですね、少々お待ちいただけますか』


 声が途切れ暫く待つと、屋敷の門が自動的に横にスライドしてアスファルトで舗装された道が姿を見せた。

 その道の途中には駐車場らしき場所が広がっている。


『そのまま真っすぐ玄関前まで車でお越し下さい』

「……ありがと」


 桜井の病院兼自宅には初めて来たが、最近周囲の人間に金持ちが増えて来た気がする。

 義経も結構持っていたようだし……。


 わが身を思い真咲は思わず深いため息を吐いた。

 そんな思いを首を振って振り払い、彼は助手席へと戻る。


「玄関前まで乗り入れろだってさ」

「……ホントに知り合いなんスね」

「疑ってたのかよ?」

「だって、噂じゃこの病院、滅茶苦茶高いらしいし、真咲さん、金には縁がなさそうなもんで……それに金を払わない奴は港の沖に沈められるって噂も……」


 それを聞いた真咲は桜井ならやりそうだと苦笑を浮かべた。


「確かに俺は金にゃあ縁はねぇよ。だけど人との縁は結構あるのさ」

「人の縁……たしかにそっちは頷けますね」

「だろ? つー訳で安心して乗り入れてくれ」

「了解っス」


 良平が車を玄関に横づけすると、玄関の扉が開きモーニングを着た執事風の三十前後の男が真咲達を出迎えた。

 男は真咲の乗っていた助手席のドアを開けると、ポマードで丁寧に整えられた頭を下げ口を開く。


「いらっしゃいませ、木村真咲様とそのご友人御一行様ですね……旦那様がお待ちです。お車は私共で回しておきますのでこちらへどうぞ」

「は、はぁ……慎一郎、雪枝ちゃん! ちょっと起きてくれ!」


 真咲が呼びかけると二人はゆっくりと目を開き、互いが顔寄せ眠っていたのに気付くと慌てて離れた。


「つっ、着いたのですか!?」

「ここは……事務所じゃねぇ? ……良平どういう事だ?」


「えっとですねぇ……」

「俺が良平にここに寄れって言ったんだよ」


「真咲が……? ここは何処だ?」

「俺の知り合いの病院、腕はいいらしいから、雪枝ちゃんの傷も多少は良くなんじゃねぇかと思ってよ」

「私の?」


 雪枝が困惑気味言った直後、真咲の腕がいいらしいと言う言葉を聞き咎めたのか、助手席のドアを開けた男が咳払いをする。


「んッんん……旦那様は政財界の重鎮にも広く名の知られた名医で御座います。ご安心頂いて問題無いかと」

「ああ、悪い悪い、腕っぷしは知ってるが医者としての技量は直接知らねぇんでな」

「左様でございましたか……失礼いたしました……ではご案内してよろしいでしょうか?」

「ああ、頼む。行こうぜ」


 真咲が車に乗った三人にそう声を掛けると、彼らは戸惑いながらも車を降り、中世貴族の屋敷を思わせる洋館へと足を踏み入れた。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価いただけると、嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 桜井さん、凄い家に済んでた(*゜д゜*)
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