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見た目は幼児、頭脳は武人

 義経(よしつね)に食事と血を与えた未来(みらい)は仮眠を取り夕方ごろ目を覚ました。

 シングルベッドには彼女の横で義経がスース―と寝息を立てて眠っている。

 眠っているその顔は普通の子供と変わらずあどけない。


 その顔を見て優しく笑った未来は身を起こすと大きく伸びをした。

 昨夜は真咲(まさき)の情報で、一課と共にテロリストの捕縛とアジトであったマンションの調査を行い早朝に帰宅、その後、義経の事もあった為、眠ったのは午前十時頃だった。


 光を嫌った義経の為にカーテンは閉め切っており、天気はうかがえない。

 今日明日は深夜勤務の疲れを取れと正太郎(しょうたろう)から休むように指示されている。

 ただ、正太郎は人には休めと言ったくせに、自分は取り調べに立ち会っているようだ。


「ふわぁぁ……先輩は自分の事は二の次な所がありますよねぇ……まぁ、お休み貰えたのは有難かったですけど……さて、九郎(くろう)さん。起きて下さい」


 そう言って未来は横で寝ていた九郎の肩をポンポンと叩いた。

 ちなみにだが、未来は別にショタコンという訳では無い。ただの美形好き、アイドル好きである。

 義経と一緒に寝たのは彼女の部屋に横になれるソファー的な物が無かった事が理由だ。

 子供を床で寝かせる訳にもいかず、さりとて自分もベッドで体を休めたい、色々倫理観と葛藤した上での苦渋の決断だった。


「……ん? 何だ未来……まだ五時ではないか? ……もう少し、夜が満ちるまで寝かせろ……」


 ベッド脇の目覚まし時計にチラリと目をやり、義経は再び枕に頭を乗せる。


「駄目です。九郎さんの体の事、一緒にこれから聞きに行くんですから」

「私の体の事? 一体誰に聞きに行くのだ?」

「私の吸血鬼の知り合いは木村(きむら)さんしかいません」

「木村? …………咲太郎(さくたろう)に聞きに行くのか!?」


 義経はガバリと勢いよくベッドから跳ね起き、隣に座っていた未来に視線を向けた。


「咲太郎?」

「お前が木村と呼んでいる男が昔名乗っていた名だ」


 義経の説明で未来は両手を合わせ得心いったと頷いた。


「ああ、吸血鬼の人は長生きですもんね……はい、行くのはその咲太郎こと木村さんの事務所ですけど……嫌ですか?」

「当たり前だ!! 私がこんな体になったのはアイツの所為だぞ!?」

「でも元はといえば九郎さんが議員さんを殺そうとしたからですよね?」


「それはそうだが……復讐相手に尋ねる等……」

「大丈夫ですよ。木村さん、気の良い人ですから謝ればきっと教えてくれますよ。それに子供になってますから、そもそも気付かないって事も考えられます」


 人差し指を立ててニコッと笑った未来に義経は本当に能天気な娘だとため息を吐いた。

 しかし未来の言う様に体の事は知る必要がある。

 完成された大人の肉体に戻れるのか、それとも幼子のままなのか、それに一番重要なのは力が戻るか否かだ。


 力が戻らず刃さえまともに作り出せぬでは、一党を率いる事はもはや出来ないだろう。


「仕方ない、私の正体を伏せるなら一緒に行ってやってもいい」

「了解です!! ではでは、顔を洗って出かける準備をしましょう!!」


 未来はパンッと手を鳴らしうんうんと満足気に頷いた。



 ■◇■◇■◇■



 顔を洗って着替えを終え、未来の部屋を後にした二人は、最初に服屋に向かい義経用の子供服を買い求めた。

 取り敢えずで着ていた未来のTシャツとパーカーは現在の義経には大きすぎたからだ。


 さんざん着せ替え人形にされた後、子供サイズの黒のパーカーにオフホワイトのチノパン、それに落ち着いたオレンジのダウンジャケット、足元はスニーカー、長い髪はゴムで纏めてポニーテールにした。


 未来は何着か義経用の替えの服も購入し、満足した様子で義経と共に車に乗り込んだ。


「……スマホを貸せ」


 助手席に座った義経がそう言って未来に手を差し出す。


「ん? 何でですか?」

「服の金と世話になる間の生活費を出そう」

「えー、いいですよそんな……小っちゃい子にお金を出してもらうなんて、なんか、嫌ですから」


「何度も言っているが、見た目が幼いだけで私は貴様よりも遥かに年上で金も持っている。安月給の警官に養ってもらう必要は無い」

「犯罪者なのに変な所はキッチリしてますねぇ」


 ん、と再度、手を突き出した義経に苦笑し、未来は鞄からスマホを取り出すとロックを解除して彼に手渡した。

 犯罪者は余計だと皮肉な笑みを浮かべながら、義経は受け取った未来のスマホを操作して自分の口座から電子マネーを未来のスマホにチャージした。


「取り敢えず百万入れておいた。私の使う物はこの金で(まかな)え」

「ひゃっ、百万!?」

「なんだ不服か?」


「ふっ、不服というか多すぎです!!」

「そうか……まぁ気にするな」

「気にしますよ!! それにそのお金、悪い事して稼いだ物じゃないんですか!?」


 未来も襲撃前の説明で義経のグループ、ナイン・ジャッジが、非合法活動を請け負い活動資金を得ていた事は聞いている。

 仮にも警察官がそんなお金を受け取ったと知られれば懲戒免職は免れないだろう。

 いや、首になるだけならまだましで、逮捕される事も十分考えられる。


「安心しろ。今入れた金は派閥とは関係ない。私個人が株の運用で得た物だ」

「株……それならいいのか……って、その株を買ったお金は悪い事して儲けたお金じゃないんですか!?」

「……うるさい娘だ。それより腹が減った。何か食わせろ」


「むぅ、我儘さんですねぇ……何かって……食べたい物あります?」

「ふむ……そうだな、久しぶりに蕎麦が食べたい」

「お蕎麦……分かりました。最近話題になってるお店があるのでそこにしましょう」


 金の話は終わりだとばかりに腕を組んだ義経を横目に、未来は仕方なくキーを回し服屋の駐車場から黄色い軽自動車を発進させた。



 ■◇■◇■◇■



 未来が車を回したのは珠緒(たまお)の店、まねき蕎麦だった。

 以前から男前な女性が蕎麦を打っていると一部の蕎麦好きと、何故かロックファンからSNS等で発信される事の多い店だったが、最近は更に蕎麦の味が良くなったと注目を集めている店だ。


「招き猫は商売繁盛と考えれば分かるとして……かみなりと、それに蛇か……意味不明だな」


 看板を見上げた義経がごちる。


「確かに。でもとっても美味しいらしいですよ」

「フンッ、私は蕎麦にはうるさい方だ。まぁ、どれほどの物か味を見てやろう」

「フフッ、ホントに生意気さんですねぇ」


 未来と義経は暖簾をくぐり店内へと足を運んだ。

 夕飯時という事もあり店内は客であふれかえっていた。

 店員の一人が二人に駆け寄り頭を下げる。


「すいません。ただいま満席でして、少しお待ちいただくことになりますが、よろしいですかい?」


 白髪の坊主頭でドスの効いた声の店員は頭だけ上げて二人にそう尋ねる。


「はい、構いません。いいですよね九郎さん?」

「構わん。その間にそば打ちの手際を確認出来るしな……未来、私を持ち上げろ」

「ん? 抱っこですか? 甘えんぼさんですねぇ」


「違う! 私の背では厨房が確認出来んからだ!」

「ははっ、元気で好奇心旺盛な坊ちゃんだ。それでは席が空き次第お呼びいたします」

「あっはい、お願いします」


 坊主頭の店員は義経と未来を親子だと思ったのか、ニヤリと笑って奥へ戻って行った。


「おい、早く持ち上げろ」


 クイクイと未来のコートの裾を引いて自分を見つめる義経に、未来の目がふにゃあと細められる。

 昨夜は弟と言ったが、将来結婚して子供が出来たらこんな感じなのだろうか。

 そんな事を考えつつ義経を持ち上げ左手で抱える様に抱く。

 コートの肩口をギュッと握る小さな手が何とも可愛らしい。


「ふむ……手際がいいな……むっ、しめる水はどこか別の所から運んでいるのか?」


 職人がポリタンクから水を注いでいるのを見た義経は、小さく呟きそばを作っている女性の動きをつぶさに観察していた。


「九郎さんはお蕎麦がホントに好きなんですねぇ」

「昔、東京が江戸と呼ばれていた頃住んでいた。あの頃は弁慶と二人よく蕎麦を食ったものだ」

「へぇ……昔のお蕎麦って美味しかったんですか?」

「今と変わらん、美味い物のあれば不味い物もあった……ふむ、よしもう良いぞ、下ろせ」

「えっもう……分かりました」


 未来は少し残念そうに眉を寄せると、渋々といった感じで義経を下に降ろした。


「それでどうです?」


 義経の前にしゃがみ未来は首をかしげる。


「うむ。手際の良さ、それに蕎麦の具合を見た所、期待してよさそうだ」

「そうですか! 楽しみですねぇ!」


 両手を合わせニコッと笑った未来に、思わず義経も微笑みを返す。

 その微笑みを見た未来がポカンっと口を開けた事で、彼は自分が笑っていると気付き慌てて表情を引き締めた。


「えっ、えっ、何で笑うの止めちゃうんですか!? すっごく可愛かったのに!?」

「うっ、うるさい! さっきのは貴様に釣られただけだ!」


 義経は決まりが悪そうにプイッと顔をそむけた。


「アレっ? 未来ちゃんじゃん」

「あっ、木村さん」


 声を掛けて来たのは金髪の青年だった。どうやら食事に来ていたらしくつま楊枝を咥えている。

 その視線が未来の豊かな胸にスライドし、顔がニヤついた笑みを浮かべるのを見た瞬間、義経は無意識に真咲の脛を思い切り蹴り上げていた。

 時を同じくして青年の連れの少女も真咲の尻に拳を入れる。


「いでぇ!? いきなり何すんだ!?」

「わっ!? 何やってるんですか!?」

「この男が未来をいやらしい目で見るからだ!!」

「えっ……私の為……」


 未来が両手を胸元で握り頬を染めた横で可愛らしい声が真咲をたしなめる。


「そうだべ、咲ちゃん! オラは恥ずかしいだ!」

「クッ、(はな)まで思い切り殴りやがって……」

「だからいつも言っているでしょう。そういう視線を女性に向けるのはマナー違反だと……ん? その子は……?」


 鼻をスンと鳴らした赤髪の外国人が興味深そうに義経に視線を向ける。


「あっ、この子は……えっと、別案件で預かっている子でして……そのですねぇ……」

「私は……十郎。貴様なら分かるだろうが同族だ……少し尋ねたい事があって貴様にわざわざ会いに来てやったのだ」

「あん? 同族……なるほど、確かに同族みてぇだな……それで聞きたい事? ……って、それよりお前、なんか見覚えがあんなぁ……前にどっかであったか?」


 赤髪の男と同じくスンと鼻を鳴らした真咲は、腰を屈め義経の顔を覗き込んだ。

 その覗き込んだ真咲を真っすぐに見上げながら義経は答えを返す。


「ああ、会っている。ともかく話は後だ。あとで事務所とやらに寄ってやるから、大人しく待っていろ」

「ったく、生意気なガキだぜ……んじゃ、未来ちゃん、後でねぇ。響子(きょうこ)、ごちそうさん。美味かったぜ」


 身を起こした真咲は未来にヒラヒラと手を振り、厨房の職人に声を掛けた。


「だろう? 巳郎(しろう)にいい水を運んでもらってるんだ」


 響子と呼ばれた職人はニヤリと口の端を上げ、見た目にマッチしたハスキーな声で言葉を返す。

 彼女にも笑みを浮かべ手を振りながら、真咲達は店を出て行った。


「……あんな軽薄な男にいいようにやられたとは……我ながら情けなくなる」

「長生きしてる方が強いらしいですから……九郎さんが気にする事ないですよ」

「……別に気にしてなどいない!」

「フフッ、素直じゃないですねぇ」


 ニコニコと微笑む未来に義経はプイッと顔を背け、先ほどの店員の案内で店の中へと歩みを進めた。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価いただけると、嬉しいです。

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[良い点] これは九郎、すぐに気づかれるな(´・ω・`) マネーロンダリングはいけません(ノД`)
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