濃厚過ぎる一日
「はい、正太郎」
マンションの最上階、義経達がいた部屋で真咲が差し出した赤い球体に、警視庁特殊事案対策部第二課の木船正太郎は頬を痙攣させながら視線を送った。
「何だコレは? というか何故貴様は全裸なのだ?」
「義経に斬られて力を使った時に燃えちゃった。後これは義経の灰」
「灰だと……貴様、灰に一体どうやって聴取しろと言うんだ!?」
「大丈夫だ、冷暗所に一か月ぐらい置いておけば復活するから!」
「クッ……とにかく服を着ろ……高木!!」
親指を立てウインクした真咲に、正太郎は苦虫を噛み潰したような顔で言葉を返した。
「はい、何ですかせん……きっ、木村さん何で裸なんですか!?」
突入の後、事態が鎮静化した後、マンションで証拠を押収していた未来は正太郎に呼ばれ真咲達がいた部屋に入り、もろに真咲の全裸を目撃し両手を顔に当てた。
ただ手は当てたが、その両手は指の間が開いており、その隙間からは興味津々といった様子の瞳が覗いている。
「いや、服が燃えちゃってさぁ……」
「戦闘服の予備が車にあっただろう。持って来てやれ……」
「……」
「高木、早くせんか!!」
「はっ、はい!!」
無言で真咲の裸を見ていた未来は、正太郎の一喝で慌てて部屋から飛び出した。
「サンキュー、正太郎。結構寒かったんで助かるぜ……お前、意外と優しいんだな?」
「優しい? その見苦しい物を見たくないだけだ!!」
「……木船君……で良かったか?」
苛立つ正太郎に桜井が声を掛ける。
「何だ!?」
「警察には霧に身を変える吸血鬼や、コンクリートの壁を砕きそうな鬼を閉じ込めて置ける場所はあるのかね?」
「……当然だ。そうで無ければ逮捕等出来んよ」
「そうか、それを聞いて安心した。抜け出して報復でもされたら落ち着けんからな」
「フンッ、そんな事にはならん! ……ところで、あの鬼は貴様が倒したのか?」
「ああ」
正太郎は白目を剥いて気絶していた弁慶を思い出しながら桜井に尋ねた。
鬼は吸血鬼に比べれば特殊な力は少ないものの、膂力と防御力は吸血鬼を遥かに上回る。
対怪異用の装備を持つ特殊事案対策部の隊員でも数名で対処するのが基本の怪物だ。
それを強力とはいえ通常の武器で倒すとは……。
正太郎の中で桜井も監察対象として既に加えられていた。
「どうやって意識を奪った?」
「……装甲は分厚いが体の仕組み……脳を揺さぶれば脳震盪を起こすのは人と変わらん様だったんでな。武器を使って揺さぶってやった」
「脳震盪……」
正太郎は桜井の左脇と太腿のホルスターに納められている銃に目をやった。
「……とにかく、今回は見逃すが次に見かけた時、それを携行している様なら問答無用で引っ張るからな」
「……分かった。せいぜい見つからない場所に隠すとしよう」
「チッ……」
「先輩!! 持ってきました!!」
改める様子の無い桜井に正太郎が忌々し気に舌打ちを返した所で、服と靴を抱えた未来が部屋に飛び込んできた。
「ご苦労。木村、さっさと着ろ」
「サンキュー、未来ちゃん……俺の裸に興味があるならいつだって見せてやるぜ?」
「きょっ、興味というか……その、吸血鬼の人も人間と変わらないんだなぁと思いまして……」
「へへッ、実際に試してみれば、もっと違いがわか」
「木村」
「真咲」
服を受け取りながら未来に微笑み掛けた真咲に冷たい男二人の声が重なる。
「……すいません……すぐに服を着ます」
「その方が賢明だろう……猥褻物陳列罪で引っ張ろうかと思っていた所だからな」
「……君は佳乃にまでそんな事を言ってるんじゃ無いだろうな……もしそうだとしたら……」
「……そうだとしたら?」
「……私の持っている全ての知識と武装を使って君をこの世から消す」
「ちっ、誓って言ってない!!」
正太郎の方はともかく、桜井の目は笑っていなかった。
生身の人間でありながら鬼を倒したのだ。彼がその気になったらどんな手を使っても真咲をこの世から消すだろう。
そんな事を考えた真咲は顔を引きつらせながら、いそいそと黒い戦闘服を身に着けた。
「さて、今回は協力感謝する。貴様らのおかげで奴らの計画は未然に防げた……表立って言う訳にはいかんが一応礼は言っておく」
「お互い様だぜ。今後ともよろしくな正太郎、未来ちゃん」
「……」
「よろしくです!!」
微笑んだ真咲に正太郎は顔を歪め、未来はビシッと敬礼を返した。
「……さっさと消えろ」
「へいへい、またな正太郎、未来ちゃん。行こうぜディー」
「……ああ」
顎をしゃくった正太郎に苦笑し、未来にヒラヒラと手を振ると真咲は桜井と共に部屋を後にした。
■◇■◇■◇■
マンション近くの駐車場に置かれた桜井の車に乗り込み、真咲はふぃーと息を吐いた。
思えば猿の手から始まり、義経との対決までいささか濃厚過ぎる一日だった。
流石に疲れを感じていると、桜井がおもむろに口を開く。
「……これであの女の依頼は果たしたのだろう?」
「ああ、とにかく義経達は止めた、緋沙女も文句はねぇ筈だ」
「確かに文句はないわ……多少、気に入らない所はあるけど」
「「!?」」
背後から唐突に女の声が響き、真咲達はビクリと体を震わせた。
「……あんたのそう言う所が好きになれねぇんだ」
「フフッ、驚きは人生のスパイスだと思うんだけど?」
運転席と助手席の間から顔を覗かせた緋沙女は、赤い唇を曲げながら楽しそうに言う。
「娘の願いは叶えて貰えるのかね?」
「ええ、あの子の願いは大人になりたいだったわね……どう、出来る?」
緋沙女は後部座席に腰を下ろし、優雅に足を組みながら手にした赤い石に問い掛ける。
『先に解放しろ、そうすれば願いを叶えてやる』
「分かったわ」
「なっ!? おい止めろ!!」
助手席に座っていた真咲が慌てて振り返った時には、獣の手を固めていた赤い石は雪の結晶に似た物を散らせながら砕け散っていた。
『愚かな女だ!! 悪魔がそんな口約束を守るとでも思ったか!?』
「思って無いわ」
笑みを浮かべたまま緋沙女は宙に浮いた手に吐息を吹きかけた。
吐き出された冷気を含んだ吐息は、消えようとしていた干乾びた手をその場に縛り付ける。
『なっ、何だこれは!?』
「悪い子には罰を与えないとねぇ……」
緋沙女は虚空に浮かんだ手を掴むと、赤い唇の奥に覗く牙を干乾びた獣の手に突き立てた。
『グッ……ガァアア!? 何を!? 何をした!?』
「うるさい子ねぇ……さて、それじゃあ、さっきの続きね。花を大人にしなさい」
『誰がそんな願いを……ググッ……ギャアアアアア!!!? 何だ!? 何だこの苦痛は!?』
「言う事を聞かないからよ。あなたには罰として永遠に私の下僕でいてもらうわ……逆らうとその手に仕込んだ氷が霊体ごと手を喰い破るわよ」
『おのれぇ、薄汚い吸血鬼……グオオオオオッ!! はぁはぁ……』
真咲は笑みを浮かべる緋沙女を見て顔を顰め、桜井は苦痛の声を上げる悪魔の姿に少し顔を青ざめていた。
「さぁ、早く花を大人になさいな」
『うぅ……覚えていろ吸血鬼……』
手は苦々し気に呟くとほのかに光を放った。
『これで花と言う娘は成長する筈だ』
「成長? 私は大人にしろと言った筈よ?」
『代償も無くそんな願いを叶えれば私自身が消えてしまう!』
「……使えない猿ねぇ……どうかしら二人とも? 花は成長するらしいけど?」
「……私はそれで構わん」
「……俺もそれでいい……あいつはこれから普通に生きればいい」
桜井と真咲の答えにフフッと笑い、緋沙女は手に語り掛ける。
「良かったわねぇ、駄目だって言われたら、あなたが消えようがどうしようが絞り出してもらうつもりだったけど……」
『このクソ女がぁ……グガアアアア!!』
「それじゃあ、咲太郎、あと花のお父さん、またねぇ」
悲鳴を上げる悪魔が宿った小さな手を振りながら、緋沙女は闇に溶ける様に消えた。
「……帰るか」
「……だな」
真咲と桜井は短く会話を交わすと、前方に向き直り同時に深く息を吐いた。
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