ベテランと堅物
マンションを見上げ真咲は顔を顰めた。
緋沙女や桜井が言う様に、話し合いで義経の気持ちを変える事は出来なかった。
しかし緋沙女が考えている皆殺しという方法も取りたくはなかった。
誰かの意見を殺害や封印によって封殺してしまう事、それは逆に自分の言葉が消されても文句は言えないという事だ。
誰かに刃を向けるなら、自分も刃を向けられる事を覚悟しなくてはならない。
この世界で生きていくならそれを肝に銘じておくべきだ。
「どうするのかね、木村君」
「……木村君っての、止めてもらっていいかい?」
「では何と?」
桜井の車を止めた駐車場までの道を歩きながら真咲は会話を続ける。
「真咲でいいよ、桜井さん」
「真咲……では私もディーと呼んでくれ」
「ディー?」
首を捻った真咲に桜井は少し遠くを見ながら答える。
「……DIEの頭文字を取って戦場ではそう呼ばれていた。敵からは死を運ぶ者として、味方からは壊死した手足を切断して兵士として殺される事からな……」
「大輔のディーじゃないのね……」
「フッ、まぁ、それもあるがね……それでどうする、真咲」
「あんまり頼りたくねぇが、警察の力を借りる事にする」
「警察……正直、対峙した感覚でいえば警察の手に負える相手とは思えないが?」
「普通のお巡りさんじゃ無理だが、そういうの専門の奴らがいるのさ」
真咲は桜井に話ながらスマホの陰陽課、嶋と登録された番号をタップした。
数回コール音が鳴り、眠そうな声が真咲の鼓膜を揺らす。
『……ふわぁぁ……こんな時間に何だ? 爺ぃは早寝早起きなんだぞ……』
「遅くにすまねぇ、嶋さん」
『んで、何の用でい?』
「一部の吸血鬼が政治家の首を狙ってる。応援を頼みたい」
『……この前、木船達が挨拶に行ったろう? 俺は引退を待つだけで何の権限もねぇ……応援はあいつらに頼みな』
「正太郎に? あいつ協力してくれっかな?」
『俺から連絡しといてやる……あいつは刑事として良いもん持ってるがとにかく固い。お前、少し揉んでやれ』
真咲は挨拶というか釘を刺しに来た木船正太郎の顔を思い出し、げんなりした表情でため息を吐いた。
規則、規律、ルール違反は許さないし、許せないタイプだろう。
恐らく正太郎は他者にも自分にもそれを徹底して求めている筈だ。
「ありゃ少し揉んだぐらいで柔らかくなる玉じゃねぇぜ」
『何言ってやがる。お前、俺の何倍も生きてる人生の先輩じゃねぇか、後輩の面倒ぐらい見てやれよ』
「……おりゃあ、人生の先輩であっても職場の先輩じゃねぇよ……嶋さんがやりゃいいじゃねぇか」
『あと一、二年ありゃ仕込んでやれたが……頼むぜ真咲、色々見逃してやったろう?』
「今、それを言うかね……」
『今、言わずにいつ言うんだよ? へへっ、それじゃあ木船には連絡するよう言っとくから』
「あっ、嶋さん!? ちょっと!? ……切りやがった……ったく何で俺がお固い刑事の面倒を……」
とほほと空を扇いだ真咲を見て桜井は苦笑を浮かべた。
「人付き合いは骨が折れる物だ」
「まあな……」
陰陽課の手を借りれば緋沙女の計画、封印、抹殺といった自体は避けれる筈だ。
まぁ、収監はされるだろうが未遂であれば極刑までは行かないだろう。
「で、我々はどう動く?」
「多分、警察に協力する事になると思う」
「警察か……私も協力したいが……」
「……まぁ、嶋さんからも揉んでやれって言われたし、取り敢えず話してみるよ」
そう言って肩を竦めた真咲のスマホが着信を告げる。
通話ボタンをスライドし耳に当てると、不満げな男の声が流れた。
■◇■◇■◇■
「何故、俺が監察対象に協力せねばならん!?」
「まぁまぁ、先輩。嶋警部からの指示ですから」
マンションからほど近い二十四時間営業のファミレスで、真咲達は正太郎と未来と向き合う形でボックス席に座っていた。
深夜という事で客は疎らだ。正太郎も未来も家にいる所で嶋から呼び出された為かスーツでは無く私服だった。
正太郎は黒のジャケットに白のチノパン、ジャケットの下はダークグレイのタートルネックセーター。
未来は白いパーカーにジーンズという物だった。
「未来ちゃんの言う通りだぜ、正太郎」
「グッ……正太郎と呼ぶな!」
六四分けで顕わになった額に青筋を立てつつ、正太郎は声を荒げた。
「ふむ、君は余り指揮官向きでは無いようだな?」
「何だと!? 大体貴様は何者だ!?」
「私はディー、真咲の知り合いだよ」
「……ディー? 本名は言えないという訳か?」
「んな事より話を聞いてくれよ」
真咲の言葉で正太郎は渋々といった様子で口を閉ざし腕を組んだ。
口をへの字に曲げた正太郎に変わり、未来が真咲に水を向ける。
「で、何なんです、木村さん?」
「未来ちゃん、木村さんなんて他人行儀な呼び方じゃ無くて、真咲って呼んでくれていいんだぜ」
「えっ、でも……」
「話は何だ!?」
「君はいつもそうなのか?」
未来にキラキラした微笑みを向けた真咲に正太郎と桜井の声が重なる。
正太郎は苛立ちに顔を歪め、桜井は冷たい凍る様な視線を真咲に向けていた。
「…………すみません……えっとですね、一部の吸血鬼が邪魔な政治家を排除しようと画策しててですねぇ」
「何だと!?」
「先輩、声が大きいです」
「クッ……詳しく話せ」
正太郎は自分の声が疎らな客の視線を集めている事に気付き、声を幾分落とし続きを促した。
「えっと、この国って少子化がずっと問題になってるじゃないですかぁ」
「……その妙な話し方を止めろ」
「ふぅ……あんた、そんな真面目一辺倒だと肩がこらねぇか?」
「警官が真面目で何が悪い?」
「何も悪くねぇ……ただ、ガチガチに固まってると受け流せずにポキっと折れるぜ?」
「……」
黙り込んだ正太郎に苦笑を返し、真咲は現在の状況を説明した。
説明する内、正太郎の眉間の皺は深さを増していき、未来の顔は不安で青ざめさせていた。
「……現職の政治家の暗殺計画は勿論見逃せんが、吸血鬼同士による抗争も放ってはおけん」
「んじゃ協力してくれるか?」
「緊急事態だ、致し方あるまい……そうだな、一課に協力を申し入れよう……彼らは特殊事案における実働部隊だ。二十人程度の吸血鬼なら容易に取り押さえられる筈だ」
「連中、結構手練れだぜ?」
「フンッ、我々警視庁の誇る実働部隊を甘く見ないでもらおうか」
「自信満々だな……んじゃ俺はボスの義経と弁慶を何とかするわ」
軽く言った真咲に正太郎は疑いの眼差しを向け、桜井は無言で視線を真咲に送り、未来は本当にこの人で大丈夫なのだろうかと眉をへの字にしていた。
「何だよ? 俺はこれでもあいつ等よりも長く生きてんだぜ。吸血鬼の強さは血を吸った量で決まる、長生きって事はそれだけ強いって事だぜ」
「……真咲には私がサポートとして付こう」
「……ディーだったか、アンタは確かに荒事には慣れていそうだな……いいだろう、こいつの面倒を見てやれ」
「そうですね、見るからに強そうですもんね」
「クッ、なんで俺よりディーが頼りにされてんだよ!?」
憤り声を上げた真咲に正太郎は蔑む様な目を向け、桜井は再度、真咲を無言で見つめ、未来は愛想笑いを浮かべていた。
「貴様が軽薄だからだ。ヘラヘラと軽口ばかり叩いて、信用しろという方が無理だ」
「同感だな、余りに女性に対し色目を使う様なら、娘の事も考えなおさねばならん」
「木村さん、さっきから私の胸をたまに見てますよね、女の子にはそういうのバレバレですよ」
「むっ、胸を見ちまうのは男の本能だろうが!?」
「貴様、最低だな」
「同感だ」
「木村さん……そういうの止めた方がいいですよ」
ここには誰も真咲の味方はいない様だ。
「軽薄なのもちょっとばかしエロいのも、人付き合いの潤滑油だろうがよぉ……」
そう言うと完全アウェイの空気の中、真咲はその日一番深いため息を吐いた。