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父、来たる

 タマの店は化け猫たちが住処にしていた神社近く、通り沿いに面した一角に存在していた。

 店の名前は「まねき蕎麦」毛筆でそう書かれた看板の店名の左には、招き猫のイラストが笑みを浮かべ、左には雷様が描かれている。

 更に後から付け足したのか、店名の下には微笑む蛇のイラストが描かれていた。


 駅から近い為かもう九時近いというのに店には結構客が入っていた。

 恐らく飲んだ後の締めにラーメンの代わりに食べる者が多いのだろう。客層は男性七、女性三といった具合だ。

 店構えはそれ程大きな物では無いが、掃除が行き届きカウンターもその奥のテーブル席もピカピカに磨かれていた。


「いらっしゃいだにゃあ、真咲(まさき)梨珠(りじゅ)ちゃん、それに(はな)も。来てくれて嬉しいだにゃあ」

「結構繁盛してるみてぇだな」

「常連さんがついてくれて……それもこれも響子(きょうこ)の蕎麦のおかげなんだにゃあ」

「ねぇねぇ珠緒(たまお)さん、この店のお勧めって何?」


 案内された奥のテーブル席で、水を運んできたタマに梨珠がウキウキした様子で尋ねる。

 タマは桃色の作務衣に似たユニフォームを着て、腰には前掛け、頭には白い手ぬぐいを巻いていた。

 梨珠はタマに尋ねながらも彼女の姿を見てピンクの作務衣、可愛いなと心の中で思っていた。


「そうだにゃあ、山かけそばが最近人気だにゃ。卵を混ぜた山芋を熱々の出汁と合わせた寒い日にはピッタリの一品だにゃ……私は猫舌だから食べられにゃいけど……」

「熱々の山かけか……うん、じゃあそれで!」


「はい、梨珠ちゃんは山かけ、二人はどうするにゃ?」

「俺はいつも通り天ぷらそば大で」

「オラはおろしせいろでお願いするだ」


「山掛け、天ぷら大、おろしせいろ、了解にゃ!」


 タマは伝票に注文を書き込むとニコリと笑って注文を復唱しテーブルから離れた。

 彼女がカウンター内の厨房にオーダーを伝えると、ハスキーな声がそれに応える。

 声の主に目をやると頭にタオルを巻いた黒いティーシャツの女性が、テキパキと注文を捌いていた。


 キリっとした目元にスッと通った鼻筋、胸のふくらみが無ければ美青年とも思えるハンサムな顔立ちの女性だった。


「……何だかカッコいい人だね」

「あいつがさっきタマが言ってた響子だ。そば打ちは親戚から教わったらしいぜ」

「響子さんはバンドでドラム叩いてるから、その為のトレーニングを欠かさねぇらしいだ。それできっとそばも美味いだよぉ」

「ドラム……女の人でドラマーなんだ……凄い……なんだか憧れちゃうなぁ」


「へへッ、店の客の何人かは響子のファンだ。バンドから入った奴もいれば、蕎麦からバンドの事を知った奴もいる……どっちにしても、最終的にバンドも蕎麦も好きになるみてぇだがな」


 梨珠は真咲の言葉も分かるような気がした。

 料理に向き合っている響子はとても魅力的に見えた。

 それは彼女の真剣さが伝わったからだろう。


 珠緒の様に柔らかい雰囲気の女性にも憧れるが、響子の様な凛とした女性も素敵だと思う。

 自分は今後、どうなるのだろう。


 見本にしたい女性二人を見て、梨珠は自分が大人になった時の事を少し考えた。

 そんな事を考えている内にタマがそばを運んで来た。


「お待たせ、おろしせいろ、天ぷらそば大、山かけそば、おまちどうだにゃ」

「わぁ、美味しそう」

「サンキュー、タマ。んじゃ早速……いただきます!」

「「いただきます!」」

「ごゆっくりだにゃあ」


 三人が蕎麦に舌鼓を打っていると、店の奥から紺の作務衣を着た黒髪の男が顔を出した。

 男はテーブルに真咲が座っている事に気付くと、彼に歩み寄り口を開く。


「真咲、先ほど出前の途中で見たのだが……お前の事務所、ガラの悪そうな男が見張っていたぞ」

「ガラの悪そうな男?」

「うむ、スキンヘッドにサングラス。それに左頬に刀傷がある屈強そうな口髭の男だ……あれはきっと荒事に慣れた者に違いあるまい」


 黒髪の男、巳郎(しろう)の言葉を聞いた花がピタリと止まり、顔を青ざめさせる。


「お前には借りがある、一応伝えておこうと思ってな……」

「そっか、サンキュー巳郎……そうだ、あとで拓海(たくみ)のコスプレ写真送ってやるよ。お前、出前のたびに拓海の事気にしてただろ。写真送っていいか聞いたらオッケーが出たからよぉ」


「たっ、拓海殿の!? 今、見たい!!」

「しょうがねぇなぁ、写真見ても手ぇ出したりすんなよ」

「分かっている! 二度とそのような事はせぬ!」


 真咲は背もたれに掛けていたコートのポケットからスマホを取り出すと、ポンポンと画面をタップし巳郎の前に翳してみせた。


「おおこれは……クッ、つくづく拓海殿が男であるのが悔やまれる……」


 写真には愛美(あいみ)と二人、コスプレをして微笑む拓海が映っていた。

 愛美はシャロン、拓海はラノベ俺剣(おれけん)の主人公、(りん)のコスプレをして微笑んでいる。

 ただ、燐は中性的な容姿のキャラデザだった為、いつか梨珠が言っていた様に美女と美少女にしか見えなかった。


「ん? どれどれ……ふわぁ……可愛い……ねぇ、花ちゃん、見てよ。この人、拓海さんっていって男の人なんだよ」


 梨珠が隣に座った花に視線を向けると、花は真咲が翳したスマホを見てぎこちなく微笑んだ。


「……そだな。凄く可愛くて男の人だとは思えねぇだな……」

「どうした花? なんか元気ねぇな?」

「そっ、そったら事ねぇだ。オラはいつだって元気一杯だ!」


「そうか? んじゃ、巳郎にも後で送ってやるから」

「恩に着る、恩には着るが、届かぬ者を想うというのも辛いものだな」

「あんたにもきっと、一緒にいてくれる女が見つかる筈さ」


 そう言って真咲は笑みを浮かべた。


「届かぬ者を想う……だか……」


 笑った真咲達の横で口にした花の呟きはとても小さく、その場にいた誰の耳にも届かなかった。



 ■◇■◇■◇■



 その後、そばを食べ終えた真咲達は珠緒達に礼をいって蕎麦屋を後にした。

 梨珠をマンションに送り届け、花と二人事務所への道を車で走る。

 車内では花が何やら落ち着かない様子で、真咲に声を掛けようとして止めるという事を繰り返していた。


「なんだよ花? 言いたい事があるなら言えよ。今更遠慮する仲でもねぇだろ?」

「……あんなぁ……えっとなぁ…………」


 花は運転している真咲の横顔を見上げ、どう切り出そうか迷っていた。

 その迷いを振り切る為、彼女は両手で頬を叩き口を開く。


「さっき巳郎さんが言ってたガラの悪い男ってのは……多分、先生だぁ!」

「……先生? お前を養子にしたっていうモグリの医者の?」

「んだ。事務所には来るなって言っただが、きっと心配になって様子を見に来たんだぁ」


 真咲は車を路肩に止め、ハザードを点灯させた。


「お前、俺を見たら先生に連れ戻されるって言ってたよな?」

「んだ。咲ちゃんがキンキラの軽薄な男だって知ったら、きっとオラその場で抱えられて家に戻されちまうだよ」

「キンキラ軽薄……まぁ、そうなんだが、面と向かってお前に言われると何か来るもんがあるな……」

「事実なんだからしょうがねぇだ。それよりどうするだ? 多分、事務所で待ってるだよ?」


「……しかたねぇ……」


 真咲は以前ラルフの時に使った変身の力を使用した。

 吸血鬼はその身を蝙蝠や霧、狼に変える事が出来る、これはそれを応用し自分の身を好きな形に変化させる技だ。

 指先を噛み千切りそこから流れ出た赤い霧が真咲の体を覆う。

 霧が晴れた時には、黒髪で眼鏡を掛けたスーツ姿の男に真咲は変化していた。


「どうだ?」

「……昔の……咲ちゃん…………」


 花は黒髪の真咲にかつて一緒に旅をしていた頃の面影を見たように感じ、ポーっと彼の顔を眺めた。


「花?」

「……あっ、うっ、うん、いいと思うだ。その恰好なら先生も納得すると思うだ」

「そうか……よし、んじゃ行くぜ」


 真咲は嫁を貰いに挨拶に行く男ってこんな気持ちだろうか、と考えつつハザードを消してハンドルを握ると、不安を払拭するように勢いよくアクセルを踏み込んだ。

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