息する様に嘘を吐く
猿の手が消えたあとスマホで自分の口座を確認した隆史によると、真咲が見た時四十億を超えていた残高は元々入っていた五万六千二百八十五円に戻っていたそうだ。
「はぁ……あんだけありゃあゲームにも課金し放題だったのに……」
そう言ってため息を吐いた隆史を見て、コイツ全然懲りてねぇなと真咲は苦笑を浮かべた。
「そうだ、明日、夜が明けたら朝日を浴びろよ」
「えっ、朝日? 何で?」
「俺がいなくなってほとぼりが冷めたら、あいつ、またアンタにちょっかい出すかもだぜ。太陽の光を悪魔は嫌う、予防だよ、予防」
「予防……わっ、分かった、朝日だな?」
「ああ、暫く続けろ、いいな? じゃないと……」
真咲の言葉を聞いた隆史はブンブンと首を縦に振った。
吸血鬼にならない様にするための嘘だったが、ハッキリと猿顔の悪魔の姿を見た為か隆史は実行する気満々のようだ。
その様子に満足気に笑った真咲は、家の外に退避させた雅美達の下へ足を向けた。
玄関を抜け門の扉を開く。
そこには雅美や彼女の母親の他、近所に住む人々も遠巻きに大勢集まっていた。
「木村さん!? 隆史は!? 息子は無事なんですか!?」
「ええ、隆史君はピンピンしてますよ」
「そうですか……良かった……」
安心した事でへたり込んだ母親を花がそっと支えてやる。
「探偵さん、一体何があったの!? あの雷は!?」
「ああ、あれ……何だったんだろうな? 俺にもよく分かんねぇけど、手に雷が何度も落ちて……悪さをする手に神様が天罰を下したのかもな」
「天罰……?」
ポカンと口を開けた雅美に真咲はニヤッと笑う。
「ああ、願いを叶える魔法の手があったんだ。神様だっていてもおかしくねぇだろ? まっ、詳しい話は兄貴に聞きな」
「うっ、うん」
口から出まかせを言う真咲を梨珠が呆れた顔で見ていたが、沙苗の時と同様、何か言うつもりは無いようだ。
そんな事を真咲達が話していると、野次馬に集まった近所の住民の一人が何が起きたのか聞こうと近づいて来た。
「なぁアンタ、園田さんトコはどうなってんだい? 何回も雷が落ちたようだが……?」
「いやー、俺にもサッパリで……異常気象って奴っスかねぇ……幸い庭に穴が開いただけで怪我人とかはいないんで、そこはラッキーだったッス」
「異常気象……しかし、あんなに何度も同じ所に……」
「ほんとっスよねぇ……俺も目の前に雷が落ちたのなんて初めてだから、生きた心地がしなかったっス」
「異常気象ねぇ……避雷針でも買うかな……」
そう言って野次馬の代表として話を聞きに来た年配の男は、不安げに空を見上げた。
「あっ、そうスッね。いいかもしんないっス。俺も買うかな……」
真咲は何処までも軽く笑みを浮かべながら男に対応した。
そんな真咲にこれ以上聞ける事は無いと判断したのか、男は空に目をやりつつ集団へと戻って行った。
「あの……」
男が離れたのを見て取った雅美の母親が、花と母親がふらついている事に気付いた雅美に支えられながら真咲に声を掛ける。
「何ですか?」
「よく分からないのですが……問題は解決したんですよね?」
「ええ、雅美さんが話していたお金の事も、あの魔法の手の事も解決しました。もし手がまた現れても、願い事をせずに焼けば何も起きない筈です」
「そうですか……」
雅美の母親はホッとしたのか、ほんの少しだが微笑みを見せた。
「あの……それで料金なんですけど……いかほど……?」
「ああ、今回は正規の依頼って訳でも無いですから……そうですね……実は俺達、別件で血液のサンプルを集めるって依頼を受けてまして……」
「血液のサンプル……?」
「ええ、個人病院からの依頼で、出来るだけ多くの人から集めて欲しいって言われてるんスよ。そういう訳なんで奥さんと雅美さんの血を頂ければ……量は献血一回分ぐらいなんスけど……」
「献血一回分……まぁその位なら……雅美もいい?」
「うん、いいよ!」
問題が解決したと知り、雅美は満面の笑みで真咲の提案を受け入れた。
そんな雅美の言葉を聞き小さくガッツポーズをしている真咲を見て、梨珠と花は顔を見合わせ何とも言えない笑みを浮かべた。
その後、帰宅した父親が庭の惨状を見て慌てたり、雅美が梨珠に真咲の事を詳しく聞きたがったり、まぁ色々あったが取り敢えず誰の犠牲者も出す事無く解決する事が出来た。
その帰り道、三人並んだワンボックスカーの社内。雅美の母親と雅美、それに自ら血の提供を申し出た父親の血を手に入れて、正直、真咲にとって父親の血は不要だったが、花が飲めばいいだろう。
ともかくそんな訳でホクホク顔の真咲に、梨珠は呆れ顔で声を掛けた。
「よくまぁあんなに次々と嘘が出て来るわね」
「ほんとだぁ、咲ちゃん、どうやったらあんな風に息する様に嘘が言えるだ?」
「それはまぁ、経験だな。女性はいつも聞きたい嘘を求めてるもんだからよぉ」
「……結局それなんだ。サイテー」
「フッ、梨珠も大人になれば俺の魅力に気付くさ」
「……大人になれば……そういえば猿の手はどうなっただか?」
真咲の答えに反応したのは呆れ顔の梨珠では無く花の方だった。
「ん? 隆史の願い、元に戻せってのを叶えたら、捨て台詞残して消えたぜ」
「消えた……そうだか……」
「どうしたの花ちゃん?」
少し残念そうな花に梨珠が不思議そうに問いかける。
「……何でもねぇだ……梨珠ちゃん、梨珠ちゃんは願いが叶うならなんて願う?」
「願いかぁ……そうだなぁ……みんな仲良く暮らせますように、かな?」
「みんな仲良く……」
恐らく梨珠は今の生活に特に不満は抱いていないのだろう。
花は笑みを浮かべた梨珠を羨ましく思った。
彼女はやがて成長し立派な大人の女性になる……自分とは違って……。
「……んだな、それが一番だべ」
「でしょ、でしょ。そうだ真咲、あの雷、アンタの仕業でしょう? 一体どうやったのよ?」
「ありゃ知り合いに頼んだんだ……ついでだ。そいつんトコで飯でも食ってくか?」
「飯? お店なの?」
「タマのとこの蕎麦屋の奴に頼んだのさ」
真咲の答えを聞いた育ち盛りの梨珠は、雷を落した者より食事の方に意識が向いたようだ。
「お蕎麦屋さん? 珠緒さんお蕎麦屋さんだったの?」
小首をかしげた梨珠に真咲は笑って頷きを返す。
「ああ、何度か出前を頼んだが美味いぜ……花も蕎麦でいいか?」
「いいだよ。タマのトコの蕎麦はどれも美味しいから……」
「へぇ、そうなんだ……楽しみだね。ねぇ二人のおすすめとかある?」
「俺は断然、天ぷらそばだね」
「オラはおろしせいろが好きだぁ」
「天ぷらとおろし……どちらも捨て難いわね……」
腕組みして悩み始めた梨珠に真咲が助け船を出す。
「天ぷらおろしそばなんてのもあるぜ」
「選択肢を増やさないでよ! うぅ、温かいのか、冷たいのかでも悩んでるのに……」
うんうんと唸り声を上げた梨珠を見て、真咲と花は視線を交わし笑った。




