控えめ司書エルフ①
「ねえねえシフル、今日はどこに向かっているの?」
大通りを歩きながら、リルアは前を歩くシスターに問い掛ける。
「お前、魔法はぜんぜん使えないだろう?」
「うん。おばあちゃんも使えないって言ってた」
「賢者級の仲間がいれば、まあ使えないでも問題ない。それにお前の祖母は、並の剣士でもないしな。だが、普通の冒険者であれば、魔法は使えるに越したことはない」
「どういうこと?」
「魔法で明かりを作れるなら、マジックランタンも必要ない。氷の魔法が使えれば、食料を保存することも可能になる。魔法によって、生活水準が変わるんだ」
「でも、マジックランタンも買ったし、携帯食料は氷なんてなくても保存できるんでしょ?」
「アイテムで代用できるからといって、自分はスキルがなくていいという話にはならない。簡単に手に入れられるスキルなら、手に入れておくべきだ。その方が、いざという時にも応用できるしな」
「いざって時?」
「たとえば、明かりの魔法は、よく目くらましに使う。特に視力に頼って狩りをするタイプの魔物ーー動物系の類には、目くらましがよく効く。討伐が目的でないなら、そうやって怯ませて、逃げの一手というのも悪くない」
「なるほどー」
「魔法を使うと気力を削ぐから、良し悪しではあるがな。選択肢としては持っておくべきだ。というわけで、今日は魔法の習得を試みる」
「どうやって?」
「あそこさ」
シスターが指したのは、赤れんがで作られた大きな建物だった。
巨大なソファのような形とでも言えばいいだろうか。三階建てだが、それ以上に、横に長い。一階部分は、敷地の奥に行ける連絡通路になっているようだ。規則正しく並ぶ窓は、普通の建物より少し小さい気がする。
「王立魔法図書館。正面に見えているのは一般の書籍を扱っている棟だが、奥に魔法書の専門館もあるぞ」
「へー。って、あんなに大きな建物が他にもあるの!?」
「建物の陰になって見えないだろうが、同じような建物が後ろに3つある。今日行くのは、二番目の建物だ」
「へぇぇ……。やっぱり都会ってすっごいんだねぇ」
感心するリルアを連れ、手前の建物の足となる部分の間を抜け、中庭に出る。
そこまで来て初めてわかるが、なるほど、同じような形の建物が後ろに続いていた。シフルの案内そのままに、リルアも建物の中に入る。
入ってすぐは受付状になっており、カウンターがあった。そこに、職員らしい女性が座っている。
「魔法書の閲覧をしたいのだが」
「許可証の類はお持ちですか?」
「冒険許可証で」
シフルが出した許可証を見た受付嬢はすぐに頷き、
「では、2階へどうぞ」
カウンターの横にあった階段を示した。シフルは頷き返し、階段をのぼっていく。
「魔法書の中には危険なものもあるからな。冒険者としての許可証か、魔法の研究に携わっていることの証明書がいるんだ」
「へえー。やっぱりシフルってすごいのね!」
「お前もすぐ許可証くらい手に入るさ。それより、ここは図書館なんだ。静かにしていろよ」
「はーい!」
わかっているのかいないのか、元気に手をあげるリルアに、シフルも嘆息する。
2階にあがっても、外見上はただの書架と変わらなかった。
並ぶ本棚。ぎっしりと詰め込まれた書架は、共通語で書かれたものもあれば、何語かわからないものもある。
「大半は共通語、たまにあるのはエルフ語だ。エルフはトールマンと異なる世界が見えると言われている。連中は魔法に関しては特別に優れている」
「おばあちゃんにも聞いたことある。でも、エルフって森の奥に住んでいて、めったに出てこないんでしょ?」
「まあな。連中は同族意識が強い、というか、同族以外と交流をしない。おまけに、エルフ以外は共通語を使う者が多いが、エルフはエルフ語しか使わん。おかげでエルフの書物は本当に読みにくい」
「でも、ここには置いてあるのね」
「一応は図書館だしな。エルフ語を操るトールマンもたまにいる。魔術研究をしている連中ならなおさらな。さて、初心者向けの書物はーー司書に聞くか」
シフルに連れられ、カウンターに近づく。カウンターには誰もいないが、奥に小部屋があるようで、そこに人の気配があった。
「すまない、初心者向けの魔法書を探しているんだが、何かないか?」
声をかけると、奥の小部屋から、のっそりと一人の女性が出てきた。
「あれっ?」
「ん?」
二人して声が出てしまったのも無理はない。出てきた司書らしい女性は、特徴的なとんがり耳を持っていた。間違いない、エルフだ。
「初心者向け、ですか」
口を開いて出てきたのは、流暢な共通語。
カウンターから出てきたエルフは、とても背が高かった。女子の平均程度であるリルアと比べても、頭ひとつは大きい。顔立ちは整っているものの、表情が薄く、エメラルドグリーンの瞳は眠そうに半分閉じられていた。
胸には金属で作られたネームプレートがあり、そこに『チコ・パルパリー』と彫られている。
「それならこちらへどうぞ」
エルフの司書ーーチコは、何事もなかったかのように、二人を案内しようとする。事実、彼女としては何事もないのだが、リルアにとっては違った。
「あの! あなた、エルフですよね!?」
「……ええ? そうですが」
「すっごーい! エルフの方って初めて会いました! 握手してください、握手!」
「へ? ええ……?」
ぶんぶかぶん、と手を握り、振り回すリルア。その頭を、シフルがひっぱたく。
「あいたっ」
「バカかお前。失礼という言葉は知っているか?」
「えへへ、ごめんなさい。つい興奮しちゃって」
「……こいつのことは、そのへんを走り回っている子犬か何かと思ってくれて結構だ」
シフルがチコに言うと、隣で子犬はきゃんきゃんほえ立てる。その様子に、エルフは思わずくすりと笑った。
「いえ、構いませんよ。確かに、王都ではエルフなんて珍しいですよね。たまに、そういう目を向けられることもあります。それより、こちらへどうぞ」
エルフが案内する形で、書架の間を練り歩く。
「共通語がいいですか? エルフ語でも?」
「できれば共通語がいいな」
「そうですか。では、こちらなどいかがでしょう」
チコが選んだのは、赤茶けた背表紙の本だった。
タイトルは『魔力運用とその技術体系の確立』。筆者の名前はない。
「魔力を用いて魔法を形作るための、ごく基本的な技術理論を記した書物です。魔力量が少ない人でも使いこなせるような工夫が凝らされています。古い本ですので、最新の魔法技術とかはありませんが、初心者ならこれで十分かと」
「ふむ」
ぱらぱらと読んだシフルは、
「なるほど、十分です。わたしでは、ここまでうまく説明することはできない」
「お役に立ててうれしいです。それでは」
立ち去るエルフの司書。その背中を見送ったリルアは、
「はぁ。あの人、もしかしてここにある書物、全部読んでいるのかな?」
「そんな馬鹿なことはないだろうが、まあ、知っていることは多いだろうな。そのための司書でもあるし」
「背が高くて美人で、しかも頭まで良いなんて……!」
「エルフっていうのはそういうもんだ。それより、ほら、まずはこれを読んでみろ。字は読めるな?」
「うん、一応」
リルアは受けとった本を開いてみる。
普通の書物というのは、原書を魔力で動く機械で複製した、いわゆる複製本のことだ。だが、これは誰かが自分の手で書いた、原書そのものらしい。
複製本なら字は整っているので読みやすい。だが、原書は筆者の癖がそのまま出るので、ものによっては非常に読みにくかったりする。
一方で、この書物は、字に優しさがにじんでいた。少し丸っこい癖はあるが、全体として読みにくくはない。
「今日はその本を読んで過ごそう。わたしも別の本を読む」
「はーい」
手近にあった魔法書を手に取るシフルと共に、リルアは窓際に設置された机まで移動した。
本を机に置き、ゆっくりと読みはじめる。
静かに、時間が過ぎていく。




