わがまま転生剣士⑤
ローナ・クオンは、転生以来、ただの一度も苦戦したことはない。
神の剣は絶大な威力で、ドラゴンだろうがなんだろうが一撃で屠る力がある。振れば勝てる剣があるなら、負ける要素など皆無だ。
だからこそ、深く悩むこともしなかった。目の前の通路を、ただひた走る。
「ん」
暗闇から飛び出してきたのは魔物。2本足のオオトカゲーー【バルドラゴン】だ。
「邪魔ッ!!」
その大きなあぎとを確認することもせず、ローナは剣を振るう。剣の一閃は、それだけでドラゴンを両断せしめる。
駆ける足を止めぬまま、ローナはドラゴンの死骸をすり抜けていく。
「ふん。このあたしに盾突くやつなんて、一人も認めないんだから」
ぼんやりと照らされた通路。天然の岩窟は、ともすれば、恐怖の生み出す幻影の温床だ。
だが、敗北を知らないローナは、恐怖などしない。勝って当然なのだから、恐れるものなど何もない。
その強気なスタイルは、油断をも生んでいる。
ローナ自身、圧倒的な力を持っているせいで、まったく努力をしてこなかった。自然、ダンジョン探索の経験など皆無だし、その情報も集めたことはない。
やればできるという、根拠のない自信。
敵を余裕で蹴散らせているという事実が、その油断に拍車をかける。もともと思慮深い性格でもないので、立ち止まって考えようとさえ思わない。
そのせいで、むやみにダンジョンをぐるぐる回っているだけなのだが、進めているという自覚が判断をにぶらせている。
ダンジョンは、一見すると同じような通路ばかりだ。そのせいで、一度は通った道、というのを、間違えやすい。
普通の冒険者ならばマッピングは怠らないし、印を残していくことも多い。
だが、経験の浅いローナは、いずれもしなかった。
「楽勝ね!」
本人は、本気でそう思い込んでいるらしい。
反論する者は、もちろんいない。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ★ ☆
一方でリルアは、基本に対して忠実に動いていた。
進んだ道をマッピングし、現在位置の把握を忘れない。マジックランタンで周囲を照らし、特徴を把握し、同じ場所をぐるぐると回らないように、丁寧に探索していく。
そうすれば、階段なぞすぐ見つかるものだ。あとは、ただ降りていけばいい。
そうして降りること、5回ほど。地下深くまで来たという実感があった。
ひんやりと漂う冷気。リルアは、リュックから防寒着を取りだし、着込む。
さすがは老人の目利きだ、動きは阻害されない。手元は紐できゅっと絞れるようになっており、腰のところできつく縛れば、暴れもしない。
そのまま、リルアはさらに奥へ進んでいく。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「はっくしょん!」
ローナのくしゃみは、洞窟に反響し、遠くまで響いていく。その音に、ローナはちょっとばかり頬を赤らめた。
「……まったくもう。炎!」
剣に命じれば、すぐさま炎が生み出される。生まれた炎で暖を取ろうという魂胆だが、
「あちっ!」
たき火で暖を取るのは、意外と簡単ではない。
近づきすぎれば当然熱いし、背中側は普通に寒い。
しかも、ローナが生み出したのは、剣の先に点された炎。ということは、剣を持っていなければいけないということだ。片手がふさがるのは、道の悪いダンジョンでは得策ではない。
「あいたっ!」
案の定、出っ張った石につまずく。片手では手を突くのも容易ではなく、普通にこけた。
「~~~~~!! もうっ!!」
怒りを向けようにも、その矛先は目の前にはいない。
「どうなってるのよ~~~~~!!」
その声に反応してくれるのは、魔物だけである。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ★ ☆
順調に進んだリルアは、やがて、開けた場所に出た。
「うわぁ……!」
そこは、地下でありながら、水が流れていた。周囲には、光もないのに、花が咲いている。
地下に咲く、黒い花。
「これが、『サゲジュ草』!」
他に、地下で咲くような花などないし、黒い花弁もシフルが言っていた通りだ。
リルアは花を一輪だけ摘むと、マッピングしてきた地図を見直す。
「さて、戻らないと」
リュックを背負い直し、リルアは歩き出す。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「まったくもう!!」
怒り心頭で歩くローナ。やつあたり気味に魔物を倒しながら、先に進んでいく。
「花なんてどこにあるのよ……ん?」
それは偶然だった。本来ならば最下層にしか咲いていない『サゲジュ草』だが、何の偶然か、岩影にぽつんと一輪だけ咲き誇っていた。
「あった!」
その花を積んだローナは、上機嫌にきびすを返す。
「なによ、楽勝じゃない。後は戻るだけね!」
意気揚々と歩き出すが、当然、帰り道は同じように歩いていかなければいけない。
リルアのようにマッピングしていれば、帰り道に迷うことはないだろう。だが、ローナは普通にもぐっただけ。
そして、ダンジョンの道というのは、見た目にわかりやすい看板などがあるわけではない。
「ふんふふーん!」
道に迷っている自覚などこれっぽっちもないまま、ローナはダンジョンの中を歩いていく。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ★ ☆
日が傾く頃。
旧魔王城の1階に姿を現したのは、リルアだった。
「ただいま!」
「……おかえり」
出迎えたシフルに、リルアは黒い花を見せびらかす。
「どう? ちゃんと手に入れられたよ!」
「当然だ。旧魔王城とはいえ、ダンジョンそのものは古すぎる類だ。複雑でもない」
「むー! 褒めてくれてもいいのに」
と、リルアはきょろきょろと周囲を見渡し、
「ローナは?」
「まだだ。おそらくは、階段を見つけられないんだろう。ここのダンジョンは構造こそシンプルだが、同じような道が多くて、きちんとマッピングしないと迷いがちだ。あの女、武器以外にはろくにアイテムも持って行かなかった。もう帰ってこないかもしれないぞ」
「えぇ!? それじゃあ助けに行かなきゃいけないじゃない!」
「必要か?」
「必要でしょ!!」
激昂するリルアに、シフルはため息ひとつ。
「じゃあ、もう少し待って帰ってこなかったらーー」
言葉半ばで、轟音に遮られる。
吹き上がる地面。崩れる石畳。
戦闘勘のある二人は、瞬時に動いていた。爆心地から離れるように飛びすさる。
ばらばらと石片が降り注ぐ中、現れたのは剣を携えた少女。
「やっと出られた……。まったくもう!」
ぷんすかと怒るローナは、リルアの姿を認め、顔をゆがませる。
リルアは手に握っていた花を突き出し、
「ほら、これが花よ! 私の勝ち!!」
「っ……!!」
絶句したローナは、はっ、と気づいたように、
「あ、あんたらズルしたわね!?」
「してないもん!!」
「してるわ! そうでなきゃ、あたしが負けるはずがない!!」
「負けだよ、お前の」
静かに言い放ったのは、シフルだった。シスターは服についた埃を払いながら、
「お前、マッピングもせずにダンジョンを進んだだろう。そんなやり方で、ルートを発見できるはずがない」
「ルート……?」
「正解の道は一本だ。曲がり道もないし、その気になれば、このダンジョンは最下層に繋がる道もいくつかあった。いずれも岩影になったりして見にくいがな。お前、一度でも階段を降りたか?」
「……」
ローナは、わずかに首を横に振る。
「このダンジョンは、五階層まで存在する。サゲジュ草が咲いているのは、主に五層だ。リルアは自力でそこまでたどり着き、花を採取したうえで戻ってこられた。一方で、お前はどうだ? 階段すら見つけられず、帰り道もわからなくなって、天井を壊すという暴挙に出た」
「……それは」
「冒険者にとって、ダンジョンを破壊するなんてのは下の下だ。単純に身体の危険もあるし、そのダンジョン固有の資源ーー動物や特殊なアイテムの類が、二度と手に入らなくなる恐れもある。それを、お前はしたんだぞ」
「う、うるさい! じゃあ洞窟の中で暮らせっていうの!?」
「自業自得だろう。冒険者は、自分の冒険による失敗も、自分で責任を負う」
「……!!」
ぐうの音も出ないほどの正論に、ローナは押し黙る。そこに、リルアが口を挟む。
「あのね。私、何よりもあなたが許せないのはね。あなたが、冒険者をないがしろにするからよ」
「ないがしろ……?」
リルアは深く頷き、
「私にとって冒険者は、夢なの。見たことのない場所に行き、出会ったことのないものに出会い、自分の知識と力だけでどんな敵にも立ち向かう。それが冒険よ。与えられた力で、私は強いんだぞって偉そうにして。そんなのは冒険者じゃない」
「な、何よ。この剣はあたしのものよ! あたしの力だわ!」
「あなたのものでも、あなたの力じゃない。だからあなたは、その力を使いこなせず、洞窟を踏破できなかった」
「くっ……!!」
「それにね」
リルアは、ローナの目をまっすぐ見つめる。
「誰かに貰った力で成果を得たって、何も楽しくないわ。それは自分の成果じゃない。力をくれた人の成果よ。そんな冒険者に、私はぜんぜん憧れないわ」
ギリ、と歯がみしたローナは、
「じゃあどうすればよかったっていうのよ」
「簡単よ。そんな剣、使わなければいい」
くるりと振り返る。リルアの背中には、真新しい、けれども埃にまみれたリュックがある。
「一緒に冒険しましょうよ。チートなんかじゃなく。ひとつずつ試行錯誤して、頑張って成果を出すの。その方がずっと楽しい」
「楽しい……」
ぽつりとこぼしたローナは、自分の握る剣を見つめる。
神の剣。その力を使えば、できないことなど何もないと思っていた。
実際は、違っていた。力があったところで、できないことはできない。その使い方をも知って、初めて意味があるのだ。
だが、自分で努力して得たわけではない力など、しょせんは自分の力ではない。そんな力では、勝ち目などなくても当然だ。
「……レベルアップ、か」
久しく、そんな言葉を忘れていた。もう必要がなかったから。
そんなことはない。人間、レベルアップからは、死ぬまで逃れられないらしい。
「……あんた、新米冒険者よね」
「そうだよ?」
「新米に負けた、か」
ぐっ、と背伸びする。なんだか、肩の力が抜けたような気さえする。
ローナ・クオンは、新米冒険者に手を伸ばす。
「悪かったわよ。まずは、友達から。それでいいでしょ?」
「もちろん!」
ぎゅっ、と手を握り返すリルア。シフルはその横で、苦笑混じりにため息をつく。
夕日が、ひとつとなった影を作り出していた。




