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わがまま転生剣士③

 日暮れ時。

 酒場の隅に設けられた席で、ローナはぶどう酒の入ったグラスを揺らしていた。

「……あいつ」

 ぽつりと漏らす。

 思い出すのは、昼間の少女。

 強い目だった。転生以来、あんな目を自分に向けてきたのは、彼女が初めてだった。

 それが、本当に気に入らない。


~ ★ ~


 ローナ・クオンは、気がついた時には王都の前にいた。

 本当の名前は、久遠寺成美。日本に生まれ、14年生きた。

 成美は、小学校まではつつがなく生きていたが、中学に入って問題が起きた。

 きっかけは、自分でも気付かないうちに起きていた。なんでも、自分に対してやたらと話しかけてきていた男子は、クラスのボス格であった女子の元カレだったらしいとか、そんなこと。

 そんなこと知らない。自分で望んだわけでもない。なのに、自体は起きてしまっていた。

 ある日。成美の机にはチョークで落書きがされていた。机の中に入れていた教科書は、女子トイレのゴミ箱に移動していた。

 気づいた時には、女子たち全員が敵になっていた。女子が目の敵にすれば、男子たちだって距離を置く。

 その時すでに、教室内に成美の居場所はなかった。

 それでも、学校にだけは通い続けた。単に意地を張っていただけだったが、人のことをいじめるような連中に負けたくなかったのだ。

 それが、余計に女子たちの神経を逆なでしたのだろう。

 忘れもしない、夏休み直前の、終業式の日。校門から出たところで、男に捕まった。


『お前がムカつくんだとよ。悪いな』


 そう言った男は、自分を銀色のワンボックスカーに連れ込もうとしていた。その後に起きることなど、想像するまでもない。

 必死に振りほどいて、駆け出して。道路に飛び出した時、目の前にはトラックが迫っていた。


~ ★ ~


「……」

 腰に提げた剣に手をかける。

 この剣は、トラックに轢かれた後、女神を名乗る人物から貰ったものだ。


『あなたの前の人生、えらく不幸やったから、ボーナスあげるわ』


 それが、女神の言い分。

 なんでも出来るというチート剣を手に入れ、この世界に転生した。

 そう、この剣は、自分が前の人生で苦労した、その成果なのだ。いじめられ、貞操の恐怖まで感じながら得た、唯一無二の成果なのだ。

 それを否定されるいわれはない。

「好き勝手に生きて、何が悪いのよ」

 あの連中だって、自分が気に入らないという勝手な理由で、一人の少女を死に追い込んだのだ。

 それが許される世の中だったのだ。ならば、自分が自分のルールで生きることの、何が悪いのか。

 ましてや、ローナが剣を向けているのは、一般人ではない。アウトローの、この世界でも持て余しているような連中。そんな連中を斬って何が悪いというのか。

「あたしは悪くない」

 グラスに残ったぶどう酒を一気に飲み干す。日本では中学生である自分も、この世界では成人同様だ。

 成人ならば、自分の身の処し方を自分で決めてもいいだろう。

 問題はない。何もおかしくない。

 そう、自分に言い聞かせていた。


☆ ★ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ★ ☆


 翌朝。

 二日酔いのローナは、気分最悪のまま、大通りを歩いていた。

 と、何やら騒ぎの声が聞こえてきた。頭にガンガン響くそれに顔をしかめながら、ローナは近づいていく。

「貴様、我輩を誰だと心得ている!! 商業大臣であるぞ!!」

「も、申し訳ありません……!」

 ハゲ散らかした中年の男と、花屋らしい町娘。中年の男が何やらぎゃんぎゃん吠えており、娘は平謝りしている。

「何? どういうこと?」

 ローナは近くで見物していた男に問い掛ける。

「ああ、なんでもあの子が、大臣に水かけたとかなんとか。確かに水やりしてたけど、かかるようには見えなかったけどなぁ」

「ふうん……」

 自称大臣の服は、確かに濡れているようには見えない。だが、大臣とかいう男は居丈高に娘を怒鳴りつける。

「貴様のせいで、この衣装が台なしではないか! 金貨5枚はするぞ! 貴様に弁償できるのか!?」

「そ、それは……」

 聞かなくてもわかる。花の一輪など、せいぜい銅貨数枚だ。金貨は銅貨の万倍分。日本の感覚で言えば、数百万円の請求をされているということだ。

 ただの町娘が、おいそれと支払える金額ではない。

 すると大臣は、偉そうにふんぞりかえりながら花屋をにらむ。

「ふん。金で払えないなら、労働してもらうしかないな」

「ろ、労働……?」

「我輩の屋敷で働かせてやる。奴隷契約だ」

 奴隷、という言葉に、ぴくんと来た。

 濡れていない衣服。町娘の顔は、まあまあの器量良し。男の下衆な目的が透けて見える。

 だが、誰も口を挟もうとしない。商業大臣となれば、商業ギルドに対して強い権限を持つ大臣だ。商人たちは、ギルドからの許可がなければ店も出せない。

 つまるところ、ここにいる商人たちは、あの男に逆らえないということだ。

「……」

 それを良いことに、あの男は、あんな無茶な要求をしているのだろう。

 そこまで判断したローナは剣を抜くと、天に掲げた。

「水よ」

 呼びかければ、甚大な魔力が剣を中心に生み出される。それは巨大な水球となり、大臣の頭上で弾けた。

「わっ!?」

「きゃあ!?」

 水球は見事に大臣だけを濡れさせると、不思議と他の人には一切かからぬまま、地面に吸い込まれていく。

「な、な、な!?」

「あーら。びっしょびしょねえ。雨でも降ったんじゃない?」

 ローナが言うと、大臣は顔を真っ赤にして、

「き、き、貴様ぁ!! 何をした!!」

「だから、雨でしょ。耳までバカなの? クソ大臣さま」

「貴様ぁ!!」

「反省してやめるんなら、雨もやむんじゃない?」

「ふざけろ貴様! 名を名乗れ!」

「るっさいわねぇ。かなわないって分からない?」

 すらりと光る剣。その輝きに、大臣はすこしだけたじろぐ。

「き、貴様。その剣で何をするつもりだ。だいたい、そんなものを街中で振り回してよいと思っているのか!」

「悪党に正義の鉄槌を下すのに、誰の許可が必要だっていうわけ?」

 大臣に剣を向けるローナ。ひっ、と大臣の喉から息が漏れる。

「こんな奴が大臣を勤めているようじゃ、この国もおしまいね。ちょうどいいから、ちょっとだけ国を綺麗にしてあげましょうか?」

 一閃。

「ッ!?」

 大臣の体が吹き飛び、近くの屋台をへし折りながら叩きつけられる。剣から生まれた突風の力だ。

「炎」

 次いで生み出したのは炎の塊。

「ほら」

「な、何を……ぎゃああああああああ!?」

 炎弾は術者の命に従い、大臣の右腕を焼く。

「うるさいわねぇ、ほれ」

 軽く剣を振るうと、炎は嘘のように消えた。ぶすぶすと右腕から煙を立ち上げながら、大臣はローナをにらむ。

「き、き、き、貴様……! こんなことをして、ただで済むと思っているのか!」

「あら、まだそんな口を聞く余裕があるのね。じゃあ、もっと痛めつけて欲しい?」

 なかば冗談、なかば本気で剣を掲げると、

「やめなさい!!」

 横から飛び込む突風。反射的というか自動的に、剣は衝撃から身を守ってくれる。

「あなた、何をしてるの!!」

 剣を振り下ろしていたのは、昨日の少女ーーリルア・トゥールだった。

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