わがまま転生剣士②
老爺の店を出たリルアとシフルは、目抜き通りをのんびりと歩く。
平日ともあって、行き交う人の数は多い。その多くは商人だ。
「やっぱり都会はにぎやかだねー」
「そう?」
「うん。うちの近くなんか、お祭りでないとこんなに人がいないよ!」
「普通だ、これくらい。むしろ少ないくらいかもな」
「ひゃー! やっぱり都会すごい!」
「そういう問題でもないだろうが……。ん?」
ふと、シフルが足を止めた。つられ、リルアも足を止める。
「どうしたの、シフル?」
「面倒な女だ」
シフルがあごで指し示す先に、一人の少女がいた。
腰に剣を帯びているから剣士ではあるのだろう。だが、立ち居振る舞いは、武術など知らない素人のそれに見える。腰まで伸びる黒髪も、膝丈のスカートも、とても戦いに向いたものには見えない。
「知り合い?」
「ローナとかいう女だ。あいつの剣、見てわかるか」
「剣……。なんか凄そうだよね」
リルアもまた、剣士である祖母に教わり、剣の良し悪しというものを判別できるようになっていた。だからこそ、わかる。
あの剣は、宿っている凄みが違う。
実家にあった、祖母が現役時代に使っていたという剣とも違う。多くの敵を屠った名剣というよりは、屠ることが当然という、まさに神器級の剣。
「あれのせいで、誰も手出しできないんだ」
「手出し?」
「お前がこの街に来る半月ほど前に来たんだがな。気に入らない奴がいれば平気で半殺しにするし、自分で納得できないからと法律にも従わない。当然、軍にも目をつけられたが、また異様に強くてな。あの剣を一振りするだけで、歴戦の兵士すら倒される」
「無茶苦茶じゃない!」
「ああ。一応、本人は大きな犯罪行為をしているわけじゃないし、やられている連中もアウトローばかりだ。簡単に手出しできないこともあって、軍も逮捕までは踏みきっていないが……絡まれたら面倒だ。違う道に行こう」
「そんなに心配しないでも。それに、あの人、剣士じゃないでしょ。いくら剣が強いっていっても……」
「本人の力量がカスでも、剣の力だけで誰もかなわないんだぞ。そういう危ない奴に近づかないのも、冒険者のスキルだ」
「そう言われたら反論できないけど……」
リルアが二の足を踏んでいると、さっそく剣士の少女が別の誰かと絡んでいた。
「テメエ、見つけたぞ! テメエがうちの若いのをやりやがったんだな! あぁ!?」
ガラの悪い坊主頭の男。大柄で、少女の体格からすれば倍ほど違うようにも見える。アウトローの一人なのだろうが、あの筋肉は、一朝一夕では身につかないものだ。相応に何かをしているのであろうことは想像がついた。
「ふん。だから何? 下衆の分際で、話しかけないでくれる?」
「テメエのせいで、うちのメンツは丸つぶれだ! 覚悟しやがれ!!」
坊主頭の男は、背に帯びた長剣を抜く。バスターソード。街娘を切り裂くには、過ぎた武器だ。
しかも坊主は、それを片腕でやすやすと振り回す。
いや、よくよく見れば、剣を握っているのは生身の腕ではない。金属で作られた、腕状の道具ーー魔法使いが作るという、高価な『義手』だ。
「ガルラ団の若頭だ……。あのオートマータで、対立する組織を一人で叩き潰したって噂されてる」
シフルがぽつりとつぶやくのが聞こえる。
それほどの相手を前にしても、ローナはまったく恐怖を感じていないようだった。
「いい度胸ね」
しゃらん、と剣を抜く。その剣は、淡く輝いていた。
「死ねやッ!!」
坊主が剣を振り上げる。その時、リルアは確かに見た。
「ふん。カスめ」
少女が、不敵に笑うのを。
坊主が腕を振るう。だが、剣はついてこない。
「……あ?」
否。ついてこられるはずがない。
何故ならば、剣を握っていたはずの腕は、すでに地面の上を転がっていたからだ。
「あぁぁぁぁぁ!?」
ようやくその事実に気づき、男は猛る。
「テメ、いったい、何しやがった!?」
「ふん。雑魚のくせに、ぎゃあぎゃあ煩いのよ。さっさとどっか行きなさい、目障りだわ」
「んだとこのやろう!!」
「あら。盾突くの?」
剣をかざす少女。次の刹那、リルアは駆け出していた。
「ッ!!」
一拍遅れ、シフルが駆ける。だが、出足の速さではリルアが勝る。
結果、シフルが間に合うことなく、リルアの剣が届く。
「ふっ!!」
「ん?」
リルアの繰り出す斬撃。それを、少女は軽々と受ける。
「何よあんた」
「その人はもう戦えないでしょう! なんで剣を振り上げるの!!」
「こんなクソみたいなやつがどうなろうが関係ないでしょ? それに、あたしは街の迷惑者を成敗してあげたの。おわかり?」
「それを決めるのは、あなたじゃない」
キン、と剣が剣を弾く。距離をあけたリルアに、シフルがしがみつく。
「バカお前、何してんだ!」
「だって許せないんだもん!!」
リルアはシフルを振りほどき、少女をにらみつける。
「あなた。あなたほどの力があるなら、腕を斬り落とす必要なんてなかったでしょう。武器を破壊するでも、腕を叩いて剣を落とさせるでもよかった」
「そうかもしれないわね。それが?」
「大事なことだよ!!」
リルアが叫んでいる間にも、仲間が坊主のまわりに集まっている。オートマータの腕を無理やり壊されたせいで、残った魔力が暴走しかけているようだ。
「ねえ、シフル。治癒の魔法は使えない?」
「……こんなもの、専門の技師でなければ直せるものか。だが、さっさと壊れた義手を外さないと後遺症が出かねないな」
「なら、あなたたち。その人、すぐに医院に運んで」
「い、いいのか?」
「いいから。早く、駆け足!」
「はい!?」」
リルアに叩き出されるようにして、男たちは坊主を担ぐと、いずこかへ走り去っていく。少女は、連中を追わなかった。
その目は、リルアだけを見つめている。
「あんた。気に入らないわ」
「そう。私も、あなたが気に入らない」
「ふうん。なら、この剣、味わってみる?」
少女は剣を掲げる。淡くきらめく剣は、金属を切断せしめたというに、刃こぼれひとつない。
「……その剣」
「あ、わかる? そう、これは神様の剣。あたしがこの世界に来た時に神様から貰った、その力を凝縮した剣。このチート剣がある限り、あたしは絶対に負けない」
「神様の、剣」
意味はわからなかった。だが、その剣が、ただの剣ではないことも十分に理解できていた。
「わかったなら、おとなしくしていなさい。ここではあたしがルールよ」
剣を鞘に収めると、ローナは髪を振り、立ち去っていく。その後を、リルアは追いかけられなかった。
「……言っておくが。今のお前じゃ勝ち目ないぞ」
「わかってる。でも、許せないことも、わかってる」
「危うきに近寄らず。冒険者の基本だ」
「……」
沈黙するしかないリルア。
その目は、ローナをずっと睨み続けていた。




