わがまま転生剣士①
教会の前庭。
芝生の上で、冒険者見習いの少女リルアと、シスターのシフルが向かい合っている。
二人の間には、リルアが持ってきた荷物が置かれていた。鞄がひとつきり。それほど大きなものでもなく、リルアでも十分に背負えるサイズだ。
シフルの後ろには、ひとまわり大きな鞄が置かれている。こちらはシフルが、教会の中から持ってきたものだ。
「お前の荷物はこれだけか?」
「そうだけど?」
「ちょっと見せてみろ」
「うん」
リルアは鞄を開き、中のものを取り出す。
「ランタンに携帯食料、それから肌着と、簡単な治療薬。このくらいかな」
「……バカかお前」
「またバカにした!?」
はぁ、とため息をついたシフルは、
「いいか。テントと寝袋はどうした」
「あ、私、ギャロップに乗ってここまで来たの。寝る時は羽毛に包まれて……。あったかいのよ」
「ダンジョンの中にまでギャロップを連れて歩く気か。鳥目だぞ」
「あっ」
「それに、魔物に襲われたらどうする。毒虫もバカにはできないぞ。野盗の類だっている」
「……どうしようもなくない?」
「集団で旅するなら、見張りを立てるのが普通だ。けど、ソロで旅するなら、最低限の備えが不可欠になる。まずはダンジョンの中でも使えて、魔物を寄せつけない聖別されたテントと、出入りしやすい寝袋は必須だ。加えて水と食料、燃料。簡単な調理ができるように、鍋とカップもあったほうがいい」
「調理? 冒険中に?」
「携帯食料や水は、途中で補給できるところがあれば補給する。ところが、生水というのは非常に危険なんだ」
「水が、危険?」
「ああ。井戸水と違って、生水には体を害する成分が含まれていることが多いからな。それらを殺すため、いったん沸騰させる必要がある。野生動物の肉も、同じ危険がある。加熱するには、調理器具と、火起こしの道具がいる」
シフルは後ろの鞄から、小さな石を取り出した。
「これは魔石燃料。これがあれば、火起こしも簡単だし、ダンジョンの中でもたき火ができていい」
「そういうのも必要、ってことだね」
「そうだ。冒険というのは、つまるところ、魔物が出現しうる場所で夜営を行うことと同義だ。遠出するほど、必要な消耗品も多くなるし、体力的にも厳しくなってくる。そのあたりの問題をどう解決するかが課題だな」
「なるほどー」
じろじろとリルアの鞄を見たシフルは、
「これじゃあ全く足りていない。まずは買い物からだな。道具がなければ、人間は何もできん」
「はーい!」
「……ったく。本当にお前は、脳天気だな」
「素直なんだよ!?」
「ふん」
鼻を鳴らし、シフルは肩をすくめてみせた。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ★ ☆
冒険に必要な道具を求め、リルアとシフルは街に繰り出した。
目指すは目抜き通り。商店が立ち並ぶあたりである。
「冒険者ギルドが経営している商店がひとつだけある。冒険者用のアイテムなら、なんだかんだ言ってもそこが一番いい」
「そうなの?」
「ああ。特に大事なのは防寒着の類だな。冒険者は荷物をなるべく少なくするため、移動する先々で防寒着を売ったり買ったりする。その手の商品が集まる場所が、冒険者ギルド経営の商店だ」
「なるほどー」
「ギルド経営の店なら、他の商店が取り扱ってくれない商品も買い取ってくれる。古くなったナイフやサイズが合わなくなったアーマーなんかだな。買う側も、実際に冒険者が使っていたものを使った方が、信頼性がある」
「中古の方がいいってこと?」
「そうだな。冒険に使う道具は、信頼性が1番だ。料理器具や武器なんかも、商店で売っていると良さそうに見えるが、実際に使うと勝手が悪いなんてのはザラだ。その点、誰かが使っていたものなら、安心して使うことができる」
「なるほどねー」
「職人も色々だからな。ベテランだからといって実用性の高いアイテムを作るわけじゃない。実際に手に持って、使っている自分を想像してみるといい」
「想像かー」
思い描く。
テントを張り、野原で煮炊きをする自分。
「……いい! 冒険っぽい!」
「っぽいとかそういうのでなく」
「そこが大事でしょ!?」
「そこは大事じゃないぞ!!」
そうこう言っているうちに、商店までたどり着く。
木造の平屋。年期の入った看板には、冒険者ギルド直営、の文字がある。
「おやじ、入るぞ」
シフルは店内に声をかけながら入る。
窓は少なく、昼間だというに、ランタンで店内を照らしていた。オレンジ色の光がぼんやりと商品を光らせている。
左右には所せましと並んでいる棚。その商品は非常に雑多で、ナイフやショートソードから、テント、医薬品、カップやクッカーまである。
それら商品が並ぶ棚の奥はカウンターになっており、老年の男性が一人、しかめっつらをして座っている。
「なんじゃ、シスター。商品のクレームは受けんぞ」
「知ってるわクソおやじ。今日はこいつの道具を揃えに来た」
シフルはリルアを指し、
「新人向けの一式だ。見繕ってくれ」
「新人ん? このご時世にかぁ?」
老人はリルアをじろじろと眺め、
「……まあいいじゃろ。ちょっと待っとれ」
ひょこ、と立ち上がると、店の奥に引っ込んで行った。
しばし待っていると、ひとつのリュックを持って、老人が戻ってきた。
「ほれ、開けてみい」
老人が渡してきたリュックを受けとると、リルアは中を開いてみる。
最初に出てきたのはカンテラ。マジックカンテラと呼ばれるもので、魔石を取り付ければ、長時間点灯することができる。石ひとつで十日は光りつづける代物だ。
その下には、防寒着兼、雨具。撥水の魔法がかけられたコートだ。
さらに次に出てきたのは調理器具。鍋やカップ、調理用の魔石燃料がコンパクトにまとめられている。
最下層には、折りたたみテントや寝袋が詰められていた。
リュックの上部には付属のリュックが取り付けられるようになっており、そこに携帯食料や水が入っていた。
脇には小さなポケットがあり、方位磁石と予備ナイフ、魔物に強襲された時に使う煙幕玉が収められている。
「すっごーい! どれもカッコイイ!!」
「最低限の装備じゃ。食料の袋は、中身の量に応じてある程度、大きさを変えられるようになっちょる。ほれ、背中をこっちに向けろ」
リルアに後ろを向かせ、老人はリュックの紐を調節する。
背中にぴったりくっつくように調整したところで、強く縛った。
「こんなもんじゃろ。他に入り用なものは?」
「十分だ」
「ではお代じゃ」
「新人の若い女の子が、前途ある冒険者になろうってんだぞ」
「それと金は別」
「もちろん花代くらいはくれるよな?」
「……いつもそうじゃが、お前の値切り方はえげつない。それでもシスターか?」
「はいはい、精霊様の御加護を」
「生臭シスターめ。銀貨3、これ以上は負けんぞ」
「上等だ。さすがおやじ」
「ったく。お前が来ると商売にならん。さっさと帰れ帰れ」
しっしっ、とハエでも追い払うように手を振る老人に、シスターは銀貨を渡しつつ、にやりと笑う。
「いや、やっぱりおやじん店は最高だな。また来るよ」
「もう来んでいいぞ」
「はいはい。ほら、リルア。行くよ」
「あ、うん。えっと、いいの? お金?」
リルアは都会の懐事情に詳しいわけではないが、これだけの品、さすがに銀貨3枚ということはなさそうに思える。
「いいんだ。口は悪いが、あのおやじ、若い奴には甘いんだ。昔は自分も冒険者で、苦労したからだと。そのかわり、ちょくちょく土産話でもしてやりな。顔はあれだが、喜ぶからさ」
「……うん! おじいちゃん、また来るねー!」
「もう来ないでいいぞー!!」
シワだらけの顔を少しだけ綻ばせながら、老人が返してくる。
その姿に、リルアもまた、笑顔を深めていた。




