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元気な見習い冒険者②

 教えられた通りを駆け抜ける。

 そこにあったのは、精霊教の教会だった。芝生が敷かれた小さな庭には、薔薇の花が咲いている。

 リルアが着いた時には、ちょうどぞろぞろと人が連れ立って出ていくところだった。何かのイベントが終わったのかもしれない。

 リルアは人の流れに反するように、敷石の上を歩いていく。教会の扉は開いていた。

 入ってすぐは、聖堂だ。歴史を感じる色とりどりのステンドグラスを通して、虹色の光が差し込んでいる。いくつかの長椅子が並び、正面には説教するための壇がしつらえられていた。

「……ん?」

 ちょうど正面。壇を、一人の少女が磨いていた。青い修道服に身を包み、白いラインが入った頭巾をかぶっている。頭巾からは、金色の髪が少しだけはみ出していた。

「今日の礼拝ならもう終わったが」

 シスターが言うと、リルアはぶんぶんと首を横に振った。

「ごめんなさい、礼拝に来たんじゃないんです。ここに、冒険者のシスターがいるって聞いて!」

「冒険者?」

 シスターは片眉を跳ね上げ、

「何かクエストか? それなら、冒険者ギルドが運営している酒場に出すべきだと思うが」

「そうじゃないんです。私も冒険者になりたいんです! だから、その人に、弟子にしてもらいたくって!」

「弟子ぃ?」

 いよいよ表情を隠さなくなったシスターは、

「ダメだダメだ。冒険者といっても、単に外へ出て野草や魔石を集めてくるだけのことだ。弟子なんか取れない」

「そう言わず! せめて紹介だけでも! ほら、ギルドの紹介状もあります!」

 リルアは、鞄の中から先ほどの紹介状を取り出した。ギルドの名義で、冒険者になれるよう指導してあげて欲しい、という旨が記載されている。

「……ギルドの名義?」

 じろりと紹介状をにらみ、シスターは深く嘆息した。

「また、あの考えなしの受付嬢だな。おせっかいばかり焼きやがって……」

「というわけで、お願いします!」

「……」

 シスターはリルアをにらみ、

「とにかく、弟子なんてやっていない。帰れ」

「まあそう言わずともいいでしょう」

 シスターはすげなく断ろうとした。それを、やんわりと断ったのは、別の声。

 見れば、建物の奥から、年上らしいシスターが出てきていた。

 年上とは言っても、まだ30手前だろう。柔らかな笑みを浮かべ、ぶっきらぼうなシスターと同じく、修道服に身を包んでいる。

「シスター・アンゼ。いまどき、冒険者の弟子なんて……」

「本人がそう願っているのです。願いは叶うもの。叶えるものです」

「本人が叶えるのは勝手ですが、なぜそれに、わたしまで付き合わねばならないのです」

「シスター・シフル。これも精霊様のおぼしめしですよ」

「……シスター・アンゼ。いつもそれじゃないですか」

「だからあなたはここにいるのでしょう」

 ちっ、と舌打ちした若いシスターは、リルアをにらむ。

「なら、試験だ。ダンジョンに行って魔物を狩る。それができなければ、結局のところ冒険者なんかなれっこない。もしもお前が魔物にやられるようなら、見捨てて行くからな」

「うん、わかった! ……って、あれ? 見捨てて行くって」

「お前が魔物を狩れたかどうか、同行しないとわからないだろう」

「それはそうかもだけど、シスターさん、危ないんじゃ?」

「お前は誰に習おうとしていたんだ」

 はあ、と嘆息し、若いシスターは自分を指差す。

「わたしが、その冒険者シスターだ。シフル・カーレリア」

「あ、そうだったんだ! じゃあよろしくね、シフル! 私、リルア!」

 満面の笑みで手を差し出すリルアに、若いシスターは深々と嘆息した。


☆ ★ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ★ ☆


 王都から出て少々、ギャロップなら半刻ほどのところに、地中への入口がぽっかりと口を開けている。入口の前には、王国軍の兵士が立っていた。

 そんな洞窟の前に、シフルとリルアの姿があった。

「ダンジョンだ。中は大気魔力の濃度が地上より強くて、その魔力にあてられた石が魔石となる。これを売って、教会の収入の足しにしているんだが」

 シスター・シフルは、背負ったバッグを軽く揺らす。

「魔力にあてられるのは石だけじゃない。中に棲息している動物も、魔力にあてられて魔物化している。だから、冒険者しか中には入れない」

「どうやって冒険者であることを判断するの?」

「……むしろお前、どうやって冒険者になろうとしていたんだ」

「学校に入るつもりだったんだけど、学校がなくなったって聞いて」

「冒険者学校か。じゃあ知らないのも無理はないかもしれないが……。少しは勉強しておけ」

 シスターは懐から銀色のプレートを取り出した。そこには、王国の紋章と、シフル・カーレリアの名前、それに身体的特徴が刻まれている。

「冒険許可証だ。学校があった頃は、卒業するだけでこれを貰えていた。今は学生がいない代わり、有資格者の立会下で、魔物を倒すことで貰える」

「へー。そんなのあるんだ」

「魔王時代からな。これがないと、誰も彼も冒険者を名乗ることになる。自称冒険者でも構わないんだが、実力のない奴が無茶をして、魔物に喰われたりすると厄介なんだ。人間を喰った魔物は、それだけ強くなってしまうからな」

「つまり、実力がない人は魔物退治しないように、ってこと?」

「簡単に言えばそうなる。冒険者になるためには、最低限の強さは必須。どのみち、お前が冒険者になりたいなら、この試験も必須だ」

 ダンジョンの入口に立つ兵士に、許可証を提示する。

 問題なく通してもらい、いざダンジョンへ。

 シフルはバッグパックの中から、明かりを取り出した。魔力で点灯するマジックランタンの一種で、周囲を照らせる程度の明るさがある。

「ダンジョンに入るためには実力だけでなく、道具も必要だ。準備不足はすぐ死に繋がる」

 続いて取り出したのは地図。手書きで、ダンジョンの構造や注意すべきところがマッピングされている。

「わたしはこのダンジョンの構造を覚えているが、お前は初めてだろう。これをよく読んで、頭に叩き込んでおけ」

「わかった!」

 地図を受け取ったリルアと共に、奥へ進んでいく。

 訪れているのは、初心者向けと言われるダンジョン『悪魔の巣』。

 名前こそ物々しいが、実際に棲息している魔物の質はさほど強くなく、冒険者が少なくなっていることも合間って、競合する相手はほとんどいない。

 言うなれば独占状態で、ダンジョンの奥まで進んで行ける。すると、途中で暗がりがのそりと揺れた。

「……お出ましか」

 甲虫型魔物【センティピード】。無数の足を持つ甲虫で、要するに巨大なムカデだ。初心者向けと言われるこのダンジョンにおける、最強の魔物。

「おい、さっそ」

 言葉は最後まで形にならなかった。

 シフルの横を風が抜けたかと思うと、目の前で巨大ムカデが両断される。

 ずるりとずれた体は、どしゃりと崩れ落ちる。

「ッ!?」

 一瞬で魔物が倒されたと気づくのに、少し時間がかかった。

 それを成した本人は剣を鞘に収め、

「ムカデの魔物だよね。こいつ、毒があって危ない」

「あ、ああ」

 確かにセンティピードには毒がある。それで獲物を弱らせ、喰らうのだ。

 だが、センティピードそのものは暗いところを好む傾向にあり、明るい街の周囲に出ることはない。そのため、冒険者の中でもそれほど知られた存在ではなく、今でも一定数の犠牲者が出るほどの相手だ。

 それを、この少女は何の苦もなく、一瞬で倒してみせた。

 それが、どれほどのことか。

「……」

 わからないほど、シフルの経験は浅くない。

 センティピードの死体を見る。刃筋は、ちょうど甲殻の隙間を見事に通してあった。斬ったというよりは、単に隙間へ刃物を通したと言った方が正確かもしれない。

「お前。この剣術はどこで?」

「おばあちゃんに教わったの」

「おばあちゃん?」

「うん。ドラゴンスレイヤーって呼ばれてて、昔は凄かったんだって」

「竜殺し!? もしかして、エイダ・トゥール?」

「そう! 知ってる?」

 知らないやつなんかいない。トールマンでありながら、剣だけでドラゴンを倒した冒険者は他にいない。

 剣の腕だけなら、かの勇者さえ上回るとも言われている。けれど、それがおばあちゃんということは。

「お前が、剣聖の孫?」

 それならば納得できる。この剣技。

 シフルも冒険者である以上、腕には一定の自信がある。だが、こと剣の腕だけで言えば、間違いなくリルアは自分より上だ。

「まさか、シスター・アンゼがそこまで見抜いていたとは思えないけど……」

「え?」

「もういい。わかった。お前に、戦いの腕があることはな」

 はぁ、とシフルは嘆息する。

「まさか、許可証のことも知らないズブの素人が、これほどの剣術を使えるとはな。世界はまだまだ広い」

「褒められてるの? けなされてるの?」

「どっちもだ。まあいい」

 びっ、とシフルは指を立てた。

「一年だけだ。それだけの間なら、鍛えてやらないでもない。それ以降は知らん」

「それだけあれば十分だよ! お願いします!」

「ふん」

 素直に頭を下げるリルアに、シフルは鼻を鳴らして答えるしかなかった。


☆ ★ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ★ ☆


 教会に戻ると、シスター・アンゼリカが迎えてくれた。

「お帰りなさい、シスター・シフル。リルアさん。どうでしたか」

「……わかってて言ってるでしょう、シスター・アンゼ」

 シフルはじろりとアンゼリカをにらみ、

「一年だけです。それ以上は面倒をみません」

「よいでしょう。ときにリルアさん。泊まるところは?」

「あ、はい。もともと冒険者学校に入学するつもりだったんで……」

「なるほど。学校には寮がありましたからね。そうなると、今日の宿も決まっていない?」

「はい」

 素直に頷くリルアに、アンゼリカも笑顔を見せる。

「では、あなたも教会で寝泊まりするといいでしょう。ここには私とシフルしか住んでいませんから、部屋はまだ余っています。シフルも、それでいいですね?」

「……最初から、そうなるとは思っていましたよ」

「よろしい。ではシフル、リルアさんを空いている部屋に案内してさしあげて?」

「はいはい」

 リルアを連れ、シフルは教会の奥へと姿を消す。奥には、2階へ上がる階段があり、そこには教徒が寝泊まりするための部屋がいくつか用意されている。

 シスター・アンゼリカは二人が入って行った扉を見つめながら、

「あの子が、友達になってくれたら……」

 ぽつりと、そんなことをつぶやいた。


☆ ★ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ★ ☆


 教会の2階は、シンプルかつ狭い部屋がいくつか並んでいる。

 リルアが案内された部屋は、部屋の半分がベッドで塞がっているような部屋だった。

 シフルが窓の鎧戸を開けると、明るい日差しが室内を満たす。

「今日からここに寝泊まりしろ」

「はーい」

「それと……そうだ。肝心なことを聞いていなかったな」

「肝心なこと?」

「お前。なんで冒険者になりたいんだ?」

 きょとんとしたリルアは、すぐに笑顔を見せる。

「私。おばあちゃんみたいな、立派な冒険者になりたいの!」

「エイダ・トゥールほどの?」

「そう! 昔からおばあちゃんの話を聞いていてね。すっごく憧れたんだ!」

「竜殺しほどの、ねぇ」

 エイダ・トゥールの偉業は枚挙にいとまがない。もちろん、勇者ほどではないが、それにしたって彼女は一時代を築いた冒険者であることには違いない。

 なるほど、彼女の孫で、しかも祖母の話を昔から聞いていたとなれば、憧れるのも無理はないだろう。

 だが、今はどう見ても、落ち着きのないひよっこ。その姿に、シフルは思わず苦笑する。

「道は遠そうだがな」

「そんなことないよ!」

「そうかもな。じゃあ、荷物はここに置いて、明日から修業だぞ」

「はーい!」

「まったく。とりあえず今日は疲れただろう、休んでおけ」

 そう言い含め、リルアを部屋に残して外に出る。

 ぱたんと扉を閉じ、そのまま扉に背中を預け、ふぅと息を吐いた。

「……あいつほどの腕があれば、今まで入れなかった場所にも」

 ぐっ、と拳を握る。

 その手が、赤くなっていた。




 こうして。リルア・トゥールは、冒険者としての第一歩を踏み出した。

 それは、いずれ世界を救うための一歩であったがーーそのことを知る者は、まだ誰もいない。

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