エピローグ
それから十日ほど経ったが、当然といえば当然のごとく、何もなかった。あるわけないが。
何も起きないようにみんなが努力したわけで、何も起きていないのは当然だ。
「本当に、死ぬかと思ったの、二度目よ二度目」
図書館の中庭。開けた場所で真新しい剣を素振りしながら、ローナはぷんすか怒っている。
「まあまあ、結果的に死んでないんだからいーいじゃーん」
そんなローナの隣で差し入れのランチボックスを手にしたユーリと、休憩時間のチコが並んでいた。
「魔王の封印なんて術式、まさか構築することになるとは、私も思いませんでしたねぇ」
「それ思ってたらとんだ夢想家よ」
「にゃはは! それはいいねぇ」
楽しそうなサキュバスは、ローナを見上げる。
「でもま、楽しかったよ? それに、魔族が役に立てたってのも嬉しいよね」
「あんたは十分に役立ってるでしょ。あんたがいなければ、ごった煮亭は成り立ってないじゃない」
「まあ、それはそれとして。それはアタシが努力して手にした地位。アタシが魔族でありながら、そのことに抵抗したことで手にした証だよ。魔族が魔族であることを認めてもらったわけじゃない」
「……」
「でも、今回の事件は、アタシが魔族だったから協力できたのさー。それはそれで、とっても嬉しいなって」
「それでいいの?」
素振りを止めたローナは、ユーリを見やる。
「まるで力だけをあてにされているみたいじゃない。そんなの、道具と変わらない」
「うん? そうじゃないよ。そりゃあ、魔王を倒すのに力を貸してって言われたら、アタシも考えたかもだけどねぇ。リルアはそう言わなかった」
ーーシフルを、友達を助けたいの。
その言葉は、ユーリの胸に深く響いた。
「オーガを友達と言ってくれるトールマンなんていないんだよ。この国にはね。リルアは本当に、友達を救うために、友達に協力を求めてくれたんだって……。そんな嬉しいことないじゃん?」
「ふうん。そんなものかしらね」
友達が少ないローナにはいまいちよくわからないが。
「それに、今回のMVPは間違いなくチコでしょ」
話を振られたエルフは、
「術式は私が構築しましたが、リルアさん、ユーリさん、ローナさん……皆さんがいらっしゃらなければ、成立しませんでした。ですから、みんなの勝利です」
「はぁ、本当に欲がないわよね、あんたら」
「それを言ったらローナさんです。あの剣は一品モノ。代わりはないでしょう?」
「……いいのよ、それくらい。それに、あの剣があったら、あたしはあの剣に頼りすぎちゃうわ。冒険者として一人前になるなら、あんなの、存在しない方がいいのよ」
「努力家ですね」
「そうさせたのはあの馬鹿よ」
「ふふ。あ、そういえば、今日あたりですね」
「今日あたり?」
事情を知らないローナが首をかしげると、チコはくすりと笑う。
「はい。そろそろ届く日かな、と」
☆ ★ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ★ ☆
その頃。教会の、リルアの部屋にて。
「おー!!」
届いたばかりの板を眺め、リルアは満面の笑みを浮かべた。
冒険許可証。冒険者であることの証だ。
刻まれた文字は、リルア・トゥール。リルアの新しい許可証だった。
「これで、お望み通りの冒険者というわけだ」
ベッドに腰かけたシフルは苦笑を浮かべる。
「えへへ。ありがとうシフル!」
「……さすがに、魔王を倒せるような女を、冒険者にしないわけにはいかないだろう」
冒険許可証というのは、その者が国外でやられ、魔物たちの餌となることを防ぐための制度。
魔王さえ倒せる少女を認めないわけにはいくまい。
「ねえ、シフル。それじゃあ一緒に、冒険に行こうよ!」
「あのな。わたしが冒険者をしていたのは、魔王様を復活させるための方法を探し、集めていたからだ。魔王様が再封印された今、冒険する理由は何もないんだが」
「うん、まあそれはそれとして。だってさ、冒険って楽しいでしょ? 楽しいことをしないなんて、損だよ損!!」
「馬鹿かお前」
そう言いながらも、シフルは苦笑を止められない。
「ローナと、チコと、今度はユーリとかと一緒もいいよね! みんなで誰も見たことのないものを見て、誰も知らないことを知って、そしてーー世界を変えるの!」
言うことは大きい。
だが、彼女にはそれを実現するだけの行動力と、実力がある。
えてして、こんなところから、少しずつ世界は変わっていくのだろう。
「トールマンに、エルフに、オーガに、サキュバスか」
魔王時代を考えれば、夢にも思えない構成。
その中核を成すのは、たった一人のトールマン。
そんな光景を想像し苦笑するシスターに、冒険者の少女は、にこやかに微笑みかける。
「ふふふ。じゃあ、これからも……ずっとずっと一緒だよ! シフル・カーレリア!」
「……お前にはかなわないな。リルア・トゥール」
ーーこれは、トールマンの少女がシスターと世界を救う、そんな話。




