世界を救う冒険者③
チコの計算は早かった。
元より魔術に対して造詣の深いエルフ。エルフとしてはできそこないの彼女も、魔術師としては超一流だ。
「出ました」
洞窟状のでこぼこした壁面に、エルフの言葉で書かれた走り書き。その意味は誰も理解できなかったが、チコには理解できているようだった。
「魔力的比重が重めの核を中心に、必要な魔力量の計算です。当時、勇者様は魔術師でもなんでもなく、ただ精霊様の力を使って、強引に術式を形成したと考えられます。私が術式を再構築すれば、消費魔力は100分の1まで低減できる」
「そこまで一気に……。でも、それでも莫大な量だ」
魔術について理解のあるシフルは首を振るが、チコは諦めない。
「当てはあります。ごった煮亭の皆さんを呼びましょう」
「ユーリたちを?」
「彼女たちも魔族、しかも、生まれてこのかた、ろくに魔法を使っていない魔族です。体内に残留する魔力量は桁違いに多いはず。普通は複数の魔力をかき集めると拡散してしまい、術式が成立しなくなりますが……私の考えた融合魔術式を使えば、20人程度の魔力は合算できます」
「そこまで……」
「魔力量が確保できれば、術式は私が唱えられます。あとは、重めの核さえあれば」
「それも無理だ。魔術的に重要なものはすべて国宝指定されている。容易には動かせないし、奪えば重罪だ」
「そんなことを言っている場合では……」
「いいよ」
遮ったのは、ローナの声。
「あたしの剣を使って。魔術的に重いとか軽いとかわかんないけど、要するにすごい武器があればいいんでしょ?」
ローナは剣を鞘ごと差し出す。だが、戸惑ったのはシフル。
「いいのか? 核に使えば、元には戻らない」
「いいの。剣はあたしの武器だけど、あたしじゃない。冒険者なら、必要な力は自分で手に入れるものでしょ?」
「ッ……すまない」
シフルは剣を受けとる。
核と術式が揃った。
「じゃあ、私がごった煮亭までひとっぱしり走って、みんなを連れて来る!」
「では、私はここで術式の準備をします。ローナさん、シフルさん、手伝ってください」
「いい、リルア? タイムリミットがあるんだからね! 急ぎなさいよ!」
「まかせてえええぇぇぇぇ……」
言いながらも走っていくリルアは、声をドップラーさせながら消えていく。
「……こんなにも」
こんなにも簡単に出来てしまうのか。
シフルが今までの人生全てをかけて作ったこの状況が、こんなにも簡単に破れてしまうのか。
けれど、嫌な気持ちはしない。
神様に選ばれたローナ。魔術の天才であるチコ。平和的な生き方を選べたごった煮亭の魔族たち。
どれもこれも奇跡的なピースだ。だが、それらを繋いだ糸は。
「リルア・トゥール」
たった一人の冒険者だ。
ふと思い出す。
魔王様復活を願い、調べていた時のこと。必然的に勇者そのものにも触れることになる。
勇者は、精霊に選ばれ、そう呼ばれるようになったものの、元はただの冒険者だったという。
言うなれば、勇者というのはただの肩書。彼がそう生きたが故にそう呼ばれるようになったに過ぎない。
そう考えるなら。
「仲間を集め、正しいと思う行為に皆をみちびく、か」
彼女はすでに、勇者と呼ばれる存在なのかもしれない。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ★ ☆
リルアは一刻ほどで戻ってきた。
その頃には、チコもすでに準備を終えていた。シフルが描いた魔方陣を上書きし、今度は封印に使える術式を展開する。
「おうおう、なんかすっごいことになってるねー」
ユーリをはじめとするごった煮の魔族たちは、賑やかに展開していく。
地面に描かれた魔方陣。その要所要所に魔族たちが立ち、そこから魔力を供給する。魔方陣の中心には、ローナの持っていた神様の剣を突き刺してあった。
「では、参ります」
チコは剣の前に立ち、歌いはじめる。
とはいえ、時間はあまり残っていなかった。日暮れまでもう幾らもない。
ちょうどその時、キシリ、と音が聞こえた。
「ッ!!」
その正体は、すぐさまわかる。
壁が裂けている。否、壁に近しい空間が裂けているのだ。
「魔王……!!」
垣間見えたのは、節くれ立った腕。五本の爪を持つ、まがまがしい腕。
自分で呼んだというに、その姿に、シフルは心の底からおぞけが走った。
「間に合わなかった……」
思わず漏らす。けれど。
「まだだよ!! チコ、そのまま唱えて!!」
風が飛び出す。それは、いつぞやの再現。
神速の一閃が、魔王の指を斬り飛ばす。指の間接を狙った、まさに隙間を通すような斬撃。
「リルア!?」
「私が、止める!!」
剣を片手に、魔王の腕をにらむリルア。
「無茶だ! 逃げろ!」
「リルアー! あんたさすがに魔王は無理よ!!」
「ちょっと蛮勇すぎー!?」
チコは歌を止めていない。だが、その表情に焦りが浮かんでいる。
仲間たちからも、止めろと叫ばれている。
それでも。
「ここで止まったら、意味がない!!」
田舎からたった一人、冒険者になるべく飛び出してきた少女に、そんな言葉は欠片も意味を持たない。
できないからやらないなんて馬鹿げている。
「できないことは! やり通す!!」
それが、リルア・トゥールという少女の信条!
「せえええええええええ!!」
強化魔術に加え、チコから習った魔法の応用。本来は周囲を照らす光の魔法を、照らすのではなく、剣に込める。
剣が輝く。それは、闇を払う勇気の証。
「トゥール流!!」
祖母から習った剣技の極意。
むやみやたらに斬るのではなく。もっとも鋭い斬撃を、もっとも弱いところへ貫き通す!
「一刀両断!!!」
剣を前に、全身全霊を込めた突進。
それは、魔王からすれば、タンスの角に小指をぶつけた程度の、致命傷には程遠い痛みであっただろう。
だが、痛ければ手を引くのは自然の摂理。
「ッ!?」
「魔王の手が……!!」
「引いた!!」
ほんの僅かな隙。
魔王の腕が空間の裂け目に引っ込む。その瞬間を狙い、チコは術式を完成させる。
「封!!!」
空間が振動し、裂け目が閉じていく。後には何も残らず、先程までの重苦しい空気も消えていた。
「やりやがった……」
ぽつりとつぶやく。シフルの頬を伝う何か。
「やったぞ!!」
わあ、という歓声が洞窟の中に響き、こだまし、反響音に敏感なエルフがくらくらしていた。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「……終わったようですね」
「ん、そうなの?」
「ええ」
ぶどう酒を口にしたギルドの受付嬢は、すでに酒が回っている顔だった。
隣に座るシスターは、くすりと笑う。
「ほら、言った通りだったでしょう」
「お前ね。偶然だろうに」
「いえいえ、これも神様のおぼしめしです」
そんなシスターに、店主は文句を言った。
従業員のいない、臨時休業のごった煮亭。そこにいるのは、店主のマオ、シスターのアンゼリカ、そしてギルドで働いているマリー。
かつて、魔王がいなくなった”戦後”の時代において、唯一成果をあげた冒険者グループである。
「魔族のガキを拾ってきて、いきなり育てるから冒険はやめるだのと。馬鹿にも程がある」
「あら。魔族ばかりのお店を作るマオほどではないと思うわ」
「それは、お前、お前があんなガキを拾ってくるから……」
「拾ってきたところで、マオには関係なかったでしょう? あの子の居場所を作ろうとしてくれたんじゃないの?」
「……うるさい」
「あはは、本当にマオってばお節介だよねぇ」
「マリーが言えるか! あんな田舎からぽっと出てきただけのガキをシフルなんかに紹介して。あの子はデリケートな存在なんだ、それで何かあったらどうする!」
「何もなかったんだからいーいじゃーん」
「こいつ……!!」
「マオ。感情を込めるとグラス割れるわ」
当然のことではある。
毎日一緒に暮らしていて、その相手が魔族であると気付かないほど、アンゼリカはのんきな女性ではない。
もっとも、知っていたのは最初からではあったが。
「あの子の両親は、とにかく苦しい生活でしたから。結果的に亡くなってしまいましたし、あの子だけを放置はできないでしょう」
「それは、まあ、そうだが」
光の種族が強い国において、みなしごの魔族がどうなるかなど、たいがい決まっている。
男ならば劣悪な環境で働かされ、そのまま過労死。
女ならば娼婦だ。
「国の暗部を、一介の冒険者がどうこうすることなどできはしません。でも、その一助はできる。だからこそ、マオはこの店を始めたのだし、マリーはギルドで、この店のサポートをしているんでしょう?」
「てへっ。バレてた?」
「この一角だけ冒険者ギルドが経営する酒場がないともなれば、誰でも想像できるでしょう」
「ふふん。それだけじゃないわよー。ギルドの卸している農家とかで、魔族アレルギーがない人を紹介したりもしてるんだから」
「職権乱用」
「シスターが言うか」
「聖職者は神様の前に平等です」
あまり聖職者らしくない表情で言い、アンゼリカはマオを見やる。
「でも、あなたがこのお店を経営していてくれたから、結果的にシフルが救われた側面があります。ありがとう、マオ」
「それを言ったら、リルアだよ。あの子だ。汗だくで店に飛び込んできて、いきなり従業員を全員貸せときたもんだ。おかげで臨時休業だよ」
「世界を救うのとお店の経営とどっちが大事なの?」
「どっちも大事だよ。こちとら世界を救うのにはとんと縁がない一市民だ」
巨体のマオが体を預けると、椅子がぎしりと鳴る。
「それでも。救われるべきが救われるってのは、やっぱり良いもんだ」
「そんな世界に憧れて、冒険者になったんだものねぇ」
「ああ、そんなこともあったねぇ。懐かしー」
「……ふん」
ぶどう酒の入った酒瓶を傾けながら、マオは窓の向こうを見やる。
狭く汚い路地裏。けれど、その向こうには、あの頃の草原が目に映る。
「正しさ、か」
伝説の通りなら、どちらが正しいということはなかった。
それでも、正しいと信じること。
それが、自分にはなかったものでーー彼女には存在した、勇者の証なのだろう。




