世界を救う冒険者②
地下深いその場所には、一切の陽光が入らない。
存在するのは、魔法によって生み出される、心細い明かりのみ。そこかしこで何かがうごめく気配があり、人の不安と恐怖を煽る。
そんな場所で、一人のシスターが儀式の準備をしていた。
「……」
大きな魔方陣。それは、足りない魔力を増幅するための、一種の魔法だ。
核には、杖を。偉大な神様の力を孕んだ杖は、それそのものが魔法の目印になる。
「ふう」
あとは、詠唱するのみ。
少しだけ、シスターは手を止めた。じっと、自分の手の平を見つめる。
「これで、いいんだ」
自分に言い聞かせるようにつぶやいたシスターは、全身から魔力を搾り出す。
聞こえるのは歌声。悲しい旋律。
それらは岩に染み、陣に力を与え、そしてーー精霊に渡される。
続く旋律。その中に、わずか、雑音が混じった。
それは足音だった。構わず、シスターは歌いつづける。
なんとなくだが、その足音は、聞こえる気がしていたから。
やがて、歌が終わる頃合いになって、魔法光が闇を払った。
「シフル!!」
その輝きは、シフルも見たことのあるマジックランタン。飛び込んできたのは、三人の女。
歌い終えたシフルは静かに口を閉ざすと、ゆっくりと振り返る。
「……リルア。なぜ来た」
「来るに決まってるでしょ。シフル」
リルアの真剣なまなざしが、シフルを射抜く。
「ここまで来たんだ。お前には、わたしが何なのか、想像できているんだろう? いつ気づいた」
「実は、最初から。シフルがトールマンじゃないことは、気づいてたの」
「そうか。他の連中は、気づいていなかったはずなんだがな」
フードを外す。その下から覗くのは、小さな一本角。
オーガ族。魔族の中でも中心的な存在で、魔王に従い、最も多くの人間をあやめた一族の末裔。
その最大の特徴は、額に生えた一本の角だ。
「正確に言えば、わたしは”できそこない”だ。ユーリあたりから聞いたかもしれないが、異なる種族の子供は、親のどちらかに似る。オーガとトールマンの子ならば、オーガかトールマン、いずれかになる。わたしのように、半端なオーガになることは、珍しいんだ」
「でも、おかげで角が小さくて、しかも他の姿はトールマンと同じだから、隠れられたんだね」
「そうだ。わたしの母はオーガだった。知っているか? オーガは体力だけはトールマンよりも遥かに多く、頑強だ。多少の無理がきく。そのせいで、母はトールマンたちに、良いようにされた」
「……」
「結果として、わたしが生まれた。母はそのまま、無理がたたって死んだよ。わたしは寄る辺を失いながらも、ずっと、お前たちに復讐したくてたまらなかった。お前たち光の一族を、根絶やしにしてやりたかった」
ぐっ、と拳を握る。
「だが、わたしが冒険者として、どれほど強い力を手にしたとしても、殺せる人数には限りがある。そんなのはダメだ。そんな程度で、わたしの怒りが収まるものか!」
その瞳には、確かな憎しみが宿っている。
「もう一度だ! もう一度、魔王の時代を取り戻す! お前たち人類は、向こう数百年、苦しみつづける!! そうでなければ、納得などできるものか!!」
「そのために、儀式を?」
「そうさ! お前たち光の一族が、精霊に頼んで魔法を使うように……闇の精霊に呼びかけたのさ!!」
わだかまる闇が、応じるようにうごめく。
少しずつ闇が形になっているような、そんな錯覚。
そこで、チコが口を開く。
「ですが、闇の精霊ーー魔王は、勇者様に封じられたのでは?」
「そうさ。封じただけだ。滅ぼしたわけじゃない」
「……ッ!!」
「気づいたか? 精霊は、どうやったところで滅びない。そこで勇者は、この世界に魔王様が干渉できないよう、魔王様を別の空間に押し込み、その入口を閉ざしたのさ。そうすることでしか、魔王様を倒す方法がなかったから」
「では、シフルさんは」
「門を開いた。もうすぐだ。もうすぐ、魔王様はこちらにいらっしゃる。そして、お前たちを殺すだろう。多くの魔物が復活し、町を襲い、たくさんの人間が殺される!!」
「あんた! 自分が何したかわかってるわけ!?」
ローナの悲鳴にも似た言葉に、シフルは鋭い眼差しを返す。
「お前に何がわかる! 慰み者にされ、さげすまれ! そうしてしか生きていけなかった魔族たちの憎しみが、お前にわかるのか!?」
「それは……」
「負けただけだ! わたしたちは、ただ戦いに負けただけなんだ!! なのに、どうしてそこまでされなければいけない!? 冗談じゃない、わたしたちだって生きているんだ!!」
「シフル……」
すい、と前に出る影。その姿に、ローナも口を閉ざした。
シフルの前に立つリルア。その手にあるのは、ランタンだけ。
「なんだ。お前も何か言うつもりか?」
「ねえ、シフル。野菜、おいしかったよね」
「……なに?」
「イサさんの野菜。おいしかったんだ」
暗闇のせいで、リルアの表情はよくわからない。
だが、声は届く。
「教会にはミサのたびにたくさんの人が来てくれてさ。精霊教の教会って、うちだけじゃないのに、なんでみんな来てくれたのかな」
「知るか、そんなこと」
「決まってるよ。シフルがいたからだよ」
「何?」
今。光が、はっきりとリルアの顔を照らす。
その目には、確かな力が宿っている。
「なんでローナたちが、ここまで来てくれたんだと思う? なんでイサさんは野菜をくれたんだと思う? なんでみんなはミサに来てくれるんだと思う? みんなみんな、シフルと心を繋いだからだよ! シフルといることが、喜びだからだよ!」
「そんなもの! お前たちが、わたしのことを知らないから……」
「知ってるよ!!」
シフルの声を掻き消す勢いで、リルアの言葉が洞窟に響く。
「知ってるよ! シフルがお節介焼きなことも、料理ができることも、テントの設営ができることも、マッピングが綺麗なことも! 全部知ってる!!」
「そんなもの、わたしの本質とは何も関係ない!」
「関係している!! その人を形作ったものが、その人の生き様だから!!」
はっきりと伝えるリルアの言葉。眼差し。それらは、ただまっすぐに、シフルを射抜く。
「おばあちゃんは、冒険が楽しくて楽しくて、その結果でドラゴンスレイヤーなんて言われるようになったの。その人が選んだ結果が、その人なの! シフル! こんな結果でいいの!? たくさんの人を殺して、あなたが新しい魔王になって! 全部なくしちゃって、本当にいいの!?」
「構うものか!! お前たちと生きていると思うだけで、虫酸が走る!!」
「人を嫌う人は、誰にも愛されない!!」
「ッ!?」
ずい、と前に出るリルア。反対に、シフルは一歩、後ろに下がる。
「シフルは愛されているんだよ。自分で目を閉じているから気付かないだけで。ちゃんと見て! 私は、リルア・トゥールはここにいる!!」
「っるさい!!」
シフルは、剣を手に取った。
普段、冒険の時でさえ、それを使ったことはない。オーガが得意とする、幅広で肉厚な長剣。
トゥハンドソード。それを、オーガは片手で扱う。
「邪魔するなら。お前たち三人、斬り伏せる」
できるはずもない。
オーガは確かに、トールマンよりも戦いに長けた種族だ。
だが、それでも神剣を持つローナに敵うはずはない。
言うなれば、それはシフルの意地なのだろう。それがわかっているから、リルアもローナには手を出させず、自ら剣を手に取る。
「シフル。光の種族は、魔族にひどいことをしている。それでも、憎んだところで変わらないよ。誰かをたくさん殺したって、救われはしない」
「うるさい! うるさいッ!!」
振り上げた剣。勢いそのまま、リルアに斬りかかる。
目の前に迫る剣。リルアは、その斬撃を、ほんのわずかにかわしーー横から剣で払いのけた。
キン、と甲高い音が響き、剣が弾かれる。
「くッ……!!」
「シフル。トールマンは、オーガにひどいことをしてる。でも、私がシフルにひどいことした?」
「……」
「無自覚にしてたらごめんなさい。でも、トールマンだからとか、そんな理由で友達になれないなんて、そんなの悲しい。私がトールマンなのは、私にはどうにもできないことで……。そんな理由で、仲良くできないなんて、おかしい」
「リルア」
「シフル。また、一緒に冒険しようよ。今度はね、世界を救うんだ」
「またそれか。どういうつもりだ」
「私が、魔族も光の種族も関係のない世界にする」
はっきりと言ってのける。その目は真剣そのもので。
だから、ぽかんとしていたシフルは、思わず笑い出してしまった。
「はっ、はっは! 魔族と光が手を取り合えと!? 無理だ! そんなことができないから、勇者は魔王を倒したんだ!」
「できるよ! なんだってできる! だって私は、冒険者だ!!」
「はん! 冒険者だからなんだと!?」
「知らない場所にいって、知らない世界に触れて、知らない習慣を持ち帰るのが冒険者だよ! 誰も見たことのない世界を連れて帰るのが冒険者なの! だから、私が、新しい世界を連れて来る!!」
はっきりと告げたリルアの言葉は、遠く強く、シフルの胸に響き渡る。
ああ、そんなの幻想だ。
そんな妄言、聞くにすら値しない。それがわかっている。
わかっているのにーー。
「あ……」
シフルの頬を、雫が落ちる。
何故だろうか。
リルアの妄言は、現実感など欠片もないのに、何故だか現実になる。その予感がある。
だが、ああ、もしもそうなったら、どれほど幸せだろう。
あの豊かな国で、魔族もトールマンも垣根なく語り合い、働き、協力し合える。
そんな、幸福過ぎる妄想。
それは、夢と呼ぶべきもので。何より、シフルの心を揺さぶった。
だが。
「……もう遅い。儀式は成功した。今は魔力が満ちるのを待っている最中だが、日が沈めば、魔王様は復活なさる」
だから、シフルは苦し紛れにそんなことを言った。だが、リルアはぶんぶんと首を横に振る。
「なら、その前に再封印しよう!」
「無理を言うな。このあたりにたまっていた魔力は根こそぎ使い果たしたし、神の杖は核として使ってしまった。できるものか」
「大丈夫だよ。ここにはチコがいて、ローナがいて、私がいるんだから!」
胸を張ったリルア。シフルは思わず苦笑する。
「その中では、お前が一番、役に立ちそうもないな」
「なんで!?」
「ただの感想だよ」
答えたシフルは、手を差し出した。
リルアは、その手を握り返す。
「すまない。手を貸してくれ」
「もちろんだよ!」




