思うシスター②
リルアたちは訓練を終え、帰路についていた。
両側に居並ぶ畑。野良仕事を終えた人々を横目に歩いていくと、
「お、リルアちゃーん」
呼び止められた。見れば、畑で壮年の男性が手を振っている。
「あ、イサおじさん」
農家のイサは、よく教会へお祈りに来る、熱心な信徒だ。そのおかげで、リルアとも顔見知りである。
「ちょうどよかった。これ、持って行きな」
「わ、いいんですか? ありがとうございます!」
それは、かごいっぱいの野菜だった。
「シフルちゃんにはいつも世話になってるしねぇ。今朝収穫したやつだから、美味しいよ」
「シフルもシスター・アンゼリカも喜びます。ありがとうございまーす!」
もう一度お礼を言い、野菜のかごを持って行くリルア。それを横目に見ながら、ローナは問い掛ける。
「へえ、野菜ねぇ。気前いいわね、あのおじさん」
「イサさん、前も野菜くれたことあるの。シフルにはいつもお世話になってるからって」
「シフル、シスターらしいことしていたのね」
「まあ、一応?」
「一応て」
そんなことを話ながら歩いていると、徐々に人家の多い通りに入ってくる。
乗り物がそれほど普及していないこの国では、日本では電車一駅くらいの距離でも、当たり前のように歩く。もっとも、それに違和感を覚えるのは、日本生まれのローナやリュウくらいだろうが。
煉瓦敷きの通りに入ると、向こう側からシスターが歩いてきた。
「あ、噂をすれば。おーい、シフルー!」
「ん? ああ、リルアとローナか。なんだその野菜は」
「イサさんから貰ったの」
「ああ、あの農家の。礼は言ったか」
「子供じゃないんだよ!」
「子供だろうが。まあいい。なら、料理してやる」
「私も手伝うよ!」
「当たり前だ」
そんなことを口にしながら、道を歩いて行く。
「シフルはどこに行っていたの?」
「野暮用だ」
「やぼ?」
シフルはそれ以上のことは言わず、すたすたと歩いて行ってしまう。
「そうだ。ねえシフル、シフルってさ、いつも修道服だよね?」
「シスターなんだから当たり前だろう。アンゼもそうじゃないか」
「それはそうなんだけど、でも、年頃の女の子なんだし、たまには可愛い格好とか」
「貴族の子女じゃないんだ。着飾ってどうする」
「そういうの、憧れたりしない?」
「しない」
にべもない。
シフルはちらりとリルアを横目で見つめ、
「なんなんだ、一体。何をたくらんでいる?」
「え? へへー、内緒」
「お前の内緒はだいたいろくなことじゃなさそうだな」
「ひどくない!?」
「普段の行いを鑑みてから物を言え」
「ぶう」
「それより、ローナ。せっかくだ。お前も飯を食っていけ。これだけの野菜があっては、三人じゃ食べきれない」
「ん。じゃあ、いただくわ」
「ああ。ついでに洗うの手伝え」
気付けば、もう教会の正門だった。裏の洗い場へと野菜を運んでいくシフル。
その後ろ姿を眺めながら、リルアはぼんやりと考えごとをしていた。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ★ ☆
夜も更けた頃合い。
外からは虫の鳴き声が聞こえてくる。だが、田舎のそれと比べると、随分と物足りない。
そんな音色を聞くともなしに聞いていたリルアは、そっとベッドから体を起こした。
ブーツを履き、部屋を出る。隣の部屋からは、うっすらと魔法光のあかりが漏れていた。
「シフル?」
扉をノックすると、中からごそごそと音がし、扉が開く。
「なんだ、リルア。眠れないのか?」
「うん、ちょっと。お話しない?」
「……お前の部屋でなら」
「じゃあそうする」
「ちょっと待て」
一度扉を閉めたシフルは、少しして部屋から出てきた。
薄い寝巻姿に、ナイトキャップをかぶっている。いつも修道服姿しか見せないだけに、その姿は少し新鮮だった。
二人でリルアの部屋に移動する。とはいっても、教会の部屋は間取りに違いなどない。
揃ってベッドの上に座り、
「で? 何の用事だ」
口火を切ったのはシフル。そんなシフルを、リルアは上目遣いに見つめる。
「眠れないだけ。シフルは? こんな時間まで何していたの?」
「ちょっとした準備だ」
「それ、大事なこと?」
「必要なことだ」
「……ねえ、シフル。今日、イサさんから貰った野菜、おいしかったよね」
「うん? ああ、まあな」
「ミサの時にはみんながシフルに会いに来て、普段は一緒に冒険して、この間みたいに危ないこともあるかもだけど、それも楽しくてさ」
「……なんだ。何が言いたい」
シフルがじろりとにらむと、リルアは口を閉ざした。
「お前が何を言いたいか知らないが、これはわたしにとって一番大切なことだ。邪魔はさせないぞ」
「それ、本当に必要なのかな」
「どういう意味だ」
「私がいて、ローナがいて、チコがいて。シスター・アンゼがいて、ユーリがいて、マオさんがいて。そういうのじゃ、ダメなのかな」
「……」
シフルはじっとリルアを見つめ、深々と息を吐いた。
「それでは、足りない」
「どうして?」
「間違っていることが、糾されないままだからだ」
「でも……」
「勇者が魔王を倒して、世界は平和になった。それが世界の共通認識だ。だが、現実にユーリたちのような迫害される者がいて、奴隷として望まぬ行為を強いられている者たちが大勢いるんだ」
「シフル」
「わたしは、同胞を捨て置けない」
「……」
「話は終わりか? じゃあな」
立ち上がったシフル。その背中に、リルアは声をかける。
「ねえ、シフル。明日も、一緒に冒険できるよね?」
「ーーお前が、何も知らないままの、ガキだったならな」
ぱたんと扉が閉じる。
翌朝。彼女の部屋に、その姿はなかった。




