思うシスター①
教会の一室。
先日、カーブ大臣補佐を出迎えた応接室に、今日は四人の姿があった。
「じゃあ、行くわよ」
ローナは大きな革袋をつかむと、その中身を机のうえにぶちまける。
じゃらじゃらと現れるのは、黄金の輝き。
「金貨50枚! 四人で山分けよ!」
「おー!!」
山となった金貨に、リルアは目を輝かせる。
それも当然、金貨など、町民は一生に一度、使用するかどうかというレベルの財産。それが山になっているのだ。
「あたしもまだピンと来ないんだけど、一生遊べるお金ってやつ?」
「それはさすがに言いすぎですが、金貨50枚といえば、職人でも20年ぶんの収入です。確かに高額ですね」
この金貨の山。
それは、先日リュウがしでかしたブラックドラゴン事件の報酬だった。
ひとつの事件に対する報酬としては破格だが、それだけブラックドラゴンが強敵として考えられていたとも言える。もしも、リュウが街中でブラックドラゴンを呼んでいれば、この程度ではあがなえないほどの被害が出ていた。
とはいえ、これほどの大金をきっちり払ってくるあたり、あのカーブという大臣補佐は実直な人なのだろうし、商業大臣も本当に仕事はできる人なのだろう。
「山分けだから、一人12枚、と。残りの2枚は?」
ローナが聞くと、シフルが答える。
「今回、一番働いたのはローナだからな。ローナの取り分でいいんじゃないか」
「……あたしが言うのもなんだけど、良いの?」
ローナが問い掛けると、リルアもチコも頷く。
「そんなにたくさんお金があっても仕方ないし。それに今回、私は何もしてないし……。貰いすぎなくらいだよ」
「私も、司書としての収入がありますから」
「はぁ。金貨2枚って、それだけでけっこーな金額なんでしょ? シフルは?」
「わたしは10枚も貰えていれば十分だからな」
そう答える。
「あんたら、本当に欲がないのね。そんなんで大丈夫?」
「大きなお世話だ。それに、この杖も貰ったしな」
シフルがなでたのは、先日、リュウから没収した神様の杖だ。
魔物を生み出すという杖は、それそのものが、金では換えられない価値がある。
「そんな杖、使い道ないでしょ」
「そうでもないさ」
「ふうん。まあいいけど。じゃあさ、今日はこの後、どうする?」
「私は司書の仕事がありますから、図書館に行きます」
「わたしも少し仕事がある」
「チコもシフルも仕事なの? じゃあ、リルア、どうしよう」
「剣術の練習でもする?」
「そうね、そうしましょうか」
そうして、解散と相成った。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ★ ☆
リルアとローナが剣術の修練を行っているのは、たいがい国の外れだ。
畑などが並ぶ地区に、今は休耕地になっている場所がある。そこならば、思い切り暴れても、誰の迷惑にもならない。
普通の剣術ならば、ここまで広い土地は必要なく、なんなら教会の中庭で剣を振るだけでも問題ない。
だが、冒険者同士の剣術ともなれば、少し話は違ってくる。
「ふっ!!」
ローナが横に薙げば、
「せいっ!!」
髪の毛一本ぶんでかわしたリルアは、すぐさま切り返す。
もちろん、二人が振るっているものは真剣ではない。木剣だ。
ただし、それをただ振るうのではなく、身体強化込みで扱う。
普通の人間ではありえない、飛んだり跳ねたりといった動きを成すのだ。狭い土地では暴れられず、自然、こうした畑を使うことになる。
「ローナ! 腕で振っちゃダメだよ! 体全体で振るの!」
「わかってる、わよっ!!」
「おっと!」
剣術に関しては、完全にリルアの方が格上だ。
現代日本で生まれたローナにとっては、運動といえば体育の時間に過ぎず、それは転生してからこっち、大きく変わっていない。
対するリルアは、生まれた時から祖母に鍛えられてきた経緯があり、そうではなくても、最初から生まれた世界が違う。
こちらの世界では馬車が普通に走っているレベルの文明で、魔力動力の車も数は多くない。
結果的に体を動かすことは現代日本人より遥かに多く、基礎体力からしてまったく違う。
ローナの体力が切れる頃になっても、リルアにとっては準備運動程度のものだった。
「はぁ、はぁ……。どうなってるのよ、ほんとにもう」
よろよろと、畑の端に寄る。わずかに傾斜がついているそこは、雑草が生えて、さながら芝生のようになっていた。
そんな草のうえにごろりと寝転がり、ローナは空を見上げている。
リルアは隣に座り、
「ローナが体力無さすぎなのよ」
「あんたが体力おばけなの。どうなってるのよ、ほんとにもう!」
同じことを言い、ふう、と息を吐いた。
そんな二人のもとに、ひょいと覗き込む人影ひとつ。
「お疲れんれん」
「あれ、ユーリ」
ごった煮亭のサキュバスが、なぜだかバスケットを手にニコニコ笑顔を振り撒いていた。
「さっきたまたまシフルに会ったら、二人はここで練習しているだろうっていうからー。差し入れ」
差し出すバスケットの中には、お茶を入れた瓶と、軽食が入っていた。
日本の感覚で言えばビスケットに近いだろうか、それよりは少し赤く、二枚のビスケットで肉が挟んである。
「ありがと!」
小腹が空いていた二人は、喜んで受けとった。もしゃもしゃと食べる二人を、ユーリは楽しそうに見つめる。
「いやあ、二人とも頑張るよねー。魔物なんてほとんどいないのに、そんな強くなってどーすんの?」
「この前みたいなこともあるでしょ。そうでなくても、あたしたちは冒険者よ。強くなければ冒険はできないっ!」
「ローナの言う通りだよ。それに、体を動かすのは単純に楽しいよね」
「ふうん? まあ、こっちはお店で仕事するだけで十分だけどなー」
うんうん、と頷くユーリの横顔を眺めながら、リルアは問う。
「そういえばユーリ。ユーリ、魔族の知り合いって、他にいる?」
「他にって、ごった煮以外でってこと?」
「うん」
「そんなに多くはないかな。というか、魔族が少ない。大半は、もっと遠くの土地に住んでいるから」
「遠くの土地?」
「そう。ノスタリカって知っている? 北の方にあるんだけど」
リルアもローナも首を横に振る。田舎出身のリルアからしても、聞いたこともない土地だった。
「ノスタリカはね、ここから馬車でめちゃめちゃ行ったところにある、雪国。魔族がいちばん住んでいるのは、その国だよ。でも、雪国だから、作物があんまり育たなくてね。あんまり豊かな国じゃないから、たくさんは住めない。サキュバスみたいに、そこそこトールマンの国でもやってけるような奴は、こっちに住んでいるの」
「じゃあ、他の人はノスタリカってところに?」
「うん。ハーピーとかジャイアント、それにグールとか。トールマンの土地にいたら目立つでしょ? そういう人は、だいたいノスタリカにいると思うよ」
確かに、この国も大半の家は、トールマンのサイズで作ってある。トールマンの倍ほどもあるジャイアントや、腕が翼になっているハーピー、動く死体にしか見えないグールなどは、こういう町には向かないだろう。
「でも、どうしたの? 知り合いなんて」
「色々とあるのだよー」
そう言いながら、リルアは詳しいことを言おうとしなかった。リルアが言わないので、ユーリも無理には聞かない。
酒場の従業員というのは、客が話したいことは聞くし、話したくないことは聞かないのが流儀だ。
「まあ、アタシはこっちで生まれた魔族だから、言うほどノスタリカに詳しいわけじゃないんだけど。あ、でも、何年か前に一度だけ行ったことあるよ。店のみんなで」
「そうなんだ?」
「うん。お店を休業にしてね。魔族だから、一度は見ておくべきだろうって、母さんが」
ごった煮亭の店主であるマオじゃ、従業員からは母のように慕われている。
その彼女が言うことならば、従業員たちも聞くのだろう。
「あれは、見ておいてよかったと思う。悲惨ってほどじゃないんだけど、やっぱり生活は楽じゃなさそうだった。まあ、魔族が生きていけるだけ良いのかもしれないけど」
「魔族、が……」
「まあ、仕方ないよね。アタシたちは負けた種族だから」
淡々と言うユーリの言葉には、感情がこもっていない。それが生まれた時からの当たり前で、そうやって育ってきたのだ。
リルアとて、何不自由なく、とはいかない生活をしてきた。この世界の田舎は、日本ほど豊かというわけではない。
だが、それを差し引いたとしても、ユーリが受けた苦労とは比べものにならないのだろう。
「……」
リルアは、そんなユーリの横顔を、じっと眺めていた。




