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再来魔王④

 川辺を出発していくらか。

 その姿は、遠くからでもすぐに分かった。

 遠目には、黒い岩山のようにも見えた。だが、近づけば、それが巨大な生き物なのだとわかる。

 噂では3メド程度との話だったが、実際にはさらに倍程度、6メド近くあった。リルアたちの姿に気づき、ドラゴンは起き上がると、じろりとこちらを睨む。

「なかなかでかいわね。ま、あたしの敵じゃないわ」

 剣を引き抜くローナ。リルアも同じように剣を抜きつつ、けれど、その視線は、ドラゴンから少し離れたところを射抜いている。

「……誰かいる」

「え?」

「誰!!」

 リルアの誰何に、ドラゴンの足元から人影が現れる。

「へえ。僕の存在に気づくなんて、すごいじゃん」

 短い髪に、珍しい黒ずくめの衣服。手には長杖をたずさえている。中性的な顔立ちは、男とも女とも知れない。

 その出で立ちに、ローナは息をのんだ。

「あなた、誰? そのドラゴンはあなたの仲間?」

「そうさ。こいつは僕が作った」

「作った?」

「ああ。僕の能力は『モンスターパーティ』といってね。魔物を自在に作ることができるんだ。こいつは試しに作ってみたモンスター」

「魔物を……作る?」

「ああ。これさえあれば、僕は魔王になれる。そうしたら、ムカつく連中を殺すこともできる。けど、何事も練習は大事だろう? だから、試しに強そうなドラゴンを作ってみたんだ」

「……」

 強そうなドラゴンを作る。

 その意味を、リルアは理解できなかった。けれど、何か危険な匂いはする。

 何より、彼は魔王を名乗った。

「手始めに、近くの国を滅ぼしてもいいね。好き放題できる。気に入らない奴は殺して、気に入った奴は従わせればいい。奴隷も作り放題だし、何も困ることなんてない。最高じゃないか」

「……あなた。本気?」

「もちろんさ。そして、君たちも邪魔しに来たんだろう? この前の軍人さんみたいに」

 はっ、と気づく。

「国王軍と戦ったのね? その人たちはどうしたの」

「全部こいつが食ったよ?」

 黒ずくめはブラックドラゴンの足をなでる。ドラゴンが口を開くと、生臭い息がここまで届いてきた。

「自分が何をしたか、わかっているの!」

「わかっていたらなんだと?」

 にやりと、黒ずくめは笑った。

「さんざんいじめられたんだ。どいつもこいつも! 僕を助けようとはしなかったんだ! 今さら善人面されたって許せるものか!!」

 黒ずくめが杖を掲げると、ドラゴンはじり、と迫って来る。

「お前たちも殺してやる! それとも奴隷になりたいか!? 選ばせてやるぞ!」

「ふざけないで!!」

 剣を構えるリルア。その隣で、ローナはごくりと喉を鳴らした。

「リルア。あいつと戦うのはヤバいわ」

「……? ローナ?」

「あいつも転生者だ。ううん、転移かもしれないけど」

「どういう、こと?」

「あいつもあたしと同じってこと」

「っ!!」

 ぞくりと背筋が震えた。直後、黒ずくめの言っていた意味が理解できる。

 魔物を作る。それは、比喩でもなんでもないのだと。

「きっと、あいつの杖。あれも神様の杖。魔物を際限なく生めるんだとしたら、あたしの剣で斬りつづけてもキリがないわ」

「それは……確かなの?」

「あいつの着ている服。あれ、学ランって言うの。あたしが元いた世界の服。間違えようがない」

「……」

 ローナが間違いないと言うのであれば、信じるしかない。

 あの杖からは、正直にいえば、ローナの剣ほど凄みは感じなかった。だが、魔物を生み出す杖ともなれば、ローナほどの力がなくても、十分に恐ろしい。

 動かないリルアたちに対し、黒ずくめは吠えたける。

「どうした、怖じけづいたか!? それなら、こんなのはどうだ!」

 黒ずくめが杖を振るうと、さらに魔物が生み出された。

 翼の生えた蛇【ヴィーブル】。

 黒い巨蛇【ニーズヘッグ】。

 八本足のトカゲ【バジリスク】。

「っ……!!」

 いずれも魔王時代、魔王が率いた軍勢の長として君臨したほどの”名前持ち”。

 ブラックドラゴンのような魔物を何匹も従えることができるほどの魔物だ。

「ブラックドラゴンでコツを掴んだからね。こいつらは、この世界ではすごく強いモンスターなんだろう? お前たち程度がかなう相手じゃないぞ」

「それは、どうかしらね」

 じり、とローナが迫る。

「ふん。気が強い奴は嫌いじゃないけど、従わない奴はムカつくな。お前、顔は良いんだから、奴隷になるなら許してやるよ?」

「簡単に奴隷なんて言うんじゃないわよ。それがどういう意味か、どういう存在か、理解して言ってるわけ!?」

「な、なんだよ、マジになって」

 ローナの剣幕に、思わず黒ずくめは後ろに下がる。そのぶん、ローナは一歩前に出る。

「あなたが殺した……その意味! 理解してるわけ!? 冗談なんかじゃ済まされないのよ!!」

「だから、何をキレてんだよ。しょせんゲームだろ!?」

「ゲームなもんか! この世界に生きている人は普通に生きてるわよ!」

「っ!?」

 黒ずくめは目を丸くする。

「え、だって、こういう時、ゲーム的な世界ってものだろ? モンスターもいるし、剣と魔法もあるし、そういうもんだと」

「あんたバカじゃないの!? そんな程度で人を殺したわけ!?」

「っ……う、うるさい! 僕に逆らうんじゃない!! 行け、ブラックドラゴン!」

 黒ずくめに命令され、巨大な黒竜が吠える。直後、その首が切断された。

「ッ!?」

「あたし、結構怒ってる。こんな風に思うなんてちっとも考えてなかったけど、でも、今はめっちゃ怒ってるのよ」

 剣を手に、かげろうのごとき怒りが透けて見える。

 ローナは今、本気で怒り狂っていた。

「ふッ!!」

 ローナの振るう神の剣。その剣が、ヴィ-ブルを、ニーズヘッグを、バジリスクを両断する。

 一瞬の出来事に、黒ずくめは反応できない。その間に、ローナは黒ずくめとの距離を詰めていた。

 遅れて、力を失った魔物たちが地に伏せる。ずしん、と地面が揺れ、土煙が舞い上がる。

 それは、神様の剣から得られる力だけではなしえない、”剣技”だった。

「な、なんだよ。人は殺しちゃいけなくて、モンスターは良いのか!」

「人間は身勝手だからね。”害虫”は駆除するでしょ?」

 剣のきっさきを黒ずくめに向けながら、ローナは言う。

「あんたがね。その力で、ちょっとだけ有利になる中で、この世界で生きていくなら、あたしは何も言わないわ。でも、そうじゃない。そんなのは、つまらない」

「はぁ? ど、どういうことだ」

「チートはつまらないのよ。練習して、自分で得た力を使って、冒険するの。それが生きるってことなの。誰かに貰った力だけじゃ、自分の成果にはならない」

「なんでだよ! これは僕が貰った力だぞ!」

「あたしの剣も同じよ。でも、あたしは剣の使い方を教えてもらった。だから、あんたの魔物を、簡単に倒せる」

 そう、ローナは、リルアに負けたあの日から、努力をするようになった。

 リルアに剣の使い方を教わり、チコに魔法を教わり、シフルに冒険の基本を教わりながら、少しずつ成長している。

 努力をするということを、仲間から教わっている。

 そうでなければーーいくら神の剣があったとはいえ、同じ神の杖を持つ相手に、ここまで一方的に迫ることなどできない。

「相手を認められない奴だけが、奴隷なんて言えるのよ。相手を対等だと思えない奴が、人に教わるなんて出来るわけない。そんな奴に、あたしは絶対に負けないから」

 剣を引く。鞘に戻す動作は、すでに見るまでもなく出来るようになった。

 だって、毎日やってるから。

「……あたしも、勘違いしてた。力があれば、なんでも出来るんだって。でも、違うらしいの。貰った力があったところで、出来ないことは出来ない。銃を貰ったって普通の人は熊を倒せないとか、そういうこと」

 力を手にしても、友達一人作ることは出来ず。

 ただ、自分を貫いた彼女だけが、一緒に歩いてくれたという事実。

「……」

 黒ずくめは何も言えなかった。そんな相手に、ローナは手を差し出す。

「え?」

「ほら、何してるの。あんた、軍人さん殺したんでしょう。その罰、受けなさいよ」

「こ、殺してない!」

「……はぁ? 今さら何よ」

「ほ、本当だって! ほら!」

 黒ずくめが杖を振るうと、ブラックドラゴンの姿が消えた。直後、竜が倒れていた場所に、軍服を着た男たちが三人ばかり、ばたばたと倒れる。

「この杖で作れるのは、普通のモンスターじゃなくて、こう、魔力のハリボテみたいなやつなんだって。だから、生き物じゃないから……消化もしない。丸のみにしたから、怪我もほとんどしていないはず」

「……最初から言いなさいよ!」

「いってぇ!?」

 ばしん、と頭を叩く。ローナは三人の仲間を振り向き、

「どうやって四人も連れ帰ればいいと思う?」

 笑顔で、そんなことを聞いた。

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