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再来魔王②

 勤務時間を終えたチコとローナは、リルアと別れ、大通りを歩いていた。

 並ぶ二人の影が、まっすぐ伸びている。

「ねえ、チコ」

「はい?」

「リルアの言っていた意味、わかった?」

「さっぱりです」

「だよね」

 世界を救う冒険者。

 魔王の話を聞いて、勇者に憧れたというのは、まだわからないでもない。

 だが、彼女の言う、世界を救うという言葉の意味はよくわからない。世界はすでに、勇者によって救われているだろうに。

「あいつ、何を言いたかったのかしら」

「気になるなら、本人に聞けばいいのに」

「聞いたわよ。でも、そのうちわかるよって言って、言わないんだもん」

「はあ」

 世界を救う。

 なんとなくだいそれた言葉ではあるが、その意味するところは何なのか。

「じゃあ、ローナさんはさしずめ、世界を救う勇者の仲間、でしょうか?」

「冗談。救うなら、あたしが自分で、よ」

「確かに、その剣があれば、勇者様より楽に世界を救えるかもしれませんね」

「そうだけど、それじゃあ面白くなさそうね」

 剣に触れる。金属の冷たい感触に、ほのかなぬくもりを感じる。

「自分の力で達成するから面白い。どっかのバカが、そんなことを言っていたわ」

「なるほど」

「チートで、なんでもできるのもアリだけど。でも、確かにそれは、誰かから貰った力よね。自分の力で戦うと、できないことも、そのうちできるようになる。それはそれで、楽しいなって」

「ふふ。良い兆候だと思いますよ」

「あたしは良い子よ」

 当然のように言い、けれど、それは当然ではない。

 そのことを、誰よりローナ自身が、理解していた。


☆ ★ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ★ ☆


 それから数日後の、ある朝。リルア・トゥールが目覚めると、教会の入口で何やら押し問答している気配を感じた。

 窓を開け、入口を見下ろす。教会の入口には、シフルとアンゼリカ、それに見知らぬ壮年の男性が立っていた。

「しかし、クエストと申しましても。私もマオも、引退して長いのです」

「ですが、あなたがた以外に、戦後でまっとうな冒険者はいない」

「そんなことはありません。もっと立派な冒険者を探されては?」

 どうやら、男性は冒険者を探しているようだ。

 先日、マオの誕生日に、シスター・アンゼリカも冒険者だったという話は聞いていた。だから、今さら驚くような話ではないのだがーーなにやら、男性はやけに必死な様子だ。

「とにかく! あなたがたでなければ、あのドラゴンはきっと倒せない!」

「ドラゴン!?」

 リルアの声に、男性は顔を上げた。

「君は?」

「私、リルア・トゥール! 冒険者見習いです!」

「トゥール……!? すまない、間違っていたら悪いのだが、もしやエイダ・トゥールの?」

「はい! エイダは私のおばあちゃんです!」

「なんと……!」

 男性は急に笑顔になり、

「ドラゴンスレイヤーの孫! こんな幸運があるものか……! すまない、よければ話を聞いてもらえないだろうか!」

 そう言った。


☆ ★ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ★ ☆


 教会の応接室。

 向かい合うソファと長テーブルがあるだけのシンプルな部屋。そこで、リルア、シフル、アンゼリカの三人と、壮年の男性が向かい合っていた。

「申し遅れた。我輩はカーブ・スティンシェル。国防大臣補佐だ」

「国防大臣?」

「王国軍の指揮をしている部署だ」

 王国軍。

 ダンジョンの入口などで見かける彼らは、主に魔物が出没する地域での警邏や、国内の治安維持に勤めている。

 冒険者になればそれなりに活躍できそうなほどに武器も魔法も使える者が多く、こと戦いにおいてだけは、冒険者にさえ勝る。

「君たちに頼みたいのは、南の平原に巣くっているドラゴンを討伐することだ」

「ドラゴンが、平原に?」

 カーブは頷き、

「疑問に思うのも無理はない。魔王が倒れた後、ドラゴンという魔物は極端に姿を減らした。今ではバルドラゴンなどの小型種がせいぜいだ。ましてや、平原のような見晴らしのいい場所で発見されることなど、ほとんどない」

「種類は」

「【ブラックドラゴン】だ」

「ッ!!」

 カーブの言葉に、シフルとアンゼリカは絶句した。

「ブラックドラゴンって?」

「ドラゴンの中でも最上級の魔物だ。硬い鱗に加え、高熱のガスを吐き出すことができる。力も並ではなく、ゴーレムさえひねりつぶすという」

「そんな凄い魔物が……」

「そうだ。だからこそ、まっさきに討伐しなければならない。だが、恥ずかしながら、現状の国王軍に、そこまでの戦力はない」

「それでも軍隊か!」

「仕方あるまい。魔王時代ならいざ知らず、今は平和な時代なのだ。軍の予算は年々、削減傾向にある。今はダンジョンの入口を見張るだけで手一杯なのだ」

 それは、何もこの国に限ったことではない。

 昔から、軍隊というのは維持費がかかるものだ。そのため、最低限度の人数を軍人とし、それ以外は必要に応じて貴族たちの私兵や、冒険者の手を借りることが多い。

 ましてや、国防費が少ない昨今では、それが当たり前なのだ。

「これでも、努力はしたのだ。先遣隊は、すでに負けて戻ってきた。三人はいまだに帰還できておらん」

「……お話はわかります。けれど、冒険者は冒険を生業とする者。魔物退治が生業ではありません」

「それは理解している」

 普通、冒険者といえば、魔物退治もになうと思われがちだ。

 だが、正確には『冒険をする者』のこと。かなわない相手から逃げることも冒険で、言い換えれば、かなわない相手を無理やり倒すのは、冒険者の責務ではない。

 魔王という超上の存在を倒した勇者により、世間では冒険者=魔物を退治する者と思われているが、それは正確ではないのだ。

「ブラックドラゴンが強敵なのは理解している。冒険者に頼むようなことではないともわかっておる。だが、軍ではどうにもならないし、貴族たちもブラックドラゴン相手では尻込みしていてどうにもならん。となれば、もはや現役で戦えそうなのは、剛腕のマオと、鬼神のアンゼリカくらいだ」

「鬼神のアンゼリカ?」

「昔のことです」

 二人分の視線を軽く受け流し、アンゼリカは答える。

「先ほども申し上げた通りです。私もマオも、引退して長い。ドラゴン退治など、もはや不可能です」

「……ならば」

 カーブはリルアとシフルに視線を移し、

「君たちにお願いできないだろうか」

「困っている人がいるなら痛いっ!!」

 即座に受けようとするリルアの頭を、シフルが思い切りひっぱたいていた。

「お前! ブラックドラゴンだぞ! かなうわけないだろうが!!」

「でも困っている人いるし!」

「馬鹿かお前……いや」

 ふと、シフルは考え込んだ。

「大臣補佐。報酬は?」

「金貨20」

「安い。金貨50なら受けましょう」

 シフルが言うと、大臣補佐は青ざめる。

「50だと!? 倍以上ではないか!」

「ですが、ブラックドラゴンを放置すれば、それ以上の被害が出るのでは?」

「ぐぬぬ……! わかった。商業大臣に掛け合おう」

「あのごーつくタヌキがそんな金を払うか?」

「女癖は悪いが仕事に対する腕は悪くない。必要な経費を出し惜しむ男でもない」

 そう言われても、リルアとシフルの脳裏に浮かぶのは、もう少し人間的にちっさい人物ではあったが、カーブが言うのであれば信じるしかない。

「では、報酬金貨50枚で、お受けしましょう」

 そう言って、シフルはにやりと笑った。

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