元気な見習い冒険者①
丘をのぼると、大きな川を挟んで、ふたつの建物が見える。
ひとつはかつての『魔王城』。ひとつはかつての『勇者城』。
それは、互いの関係性を表すように、大きな川で隔てられている。そのうちひとつは廃れ、ひとつは繁栄した。
「あれが、勇者の国……!」
そんな丘の上に、少女が一人。
陸上歩行が得意な鳥ーーギャロップに乗り、勇者城を眺めている。歳の頃は十台半ばか。くりくりとした大きな瞳に、ギャロップの尾を思わせる、元気なポニーテール。
見た目にはただの町娘だが、その腰には一本の剣が提げられている。
「よし、行こう! キャロ!」
ギャロップに声をかけ、少女は丘を駆け下る。
徐々に大きくなっていく勇者城。その城下町は、魔王がいた頃の名残で、分厚い城壁に囲まれている。が、平和な時代になったこともあって、城壁の外にもちらほら民家が見られた。
「んゆ?」
駆ける先。平原のど真ん中で、魔術師らしい少女が何かの練習をしているのが見えた。どうやら、ゴーレムの生成をしようとしているらしい。
遠くだから聞こえないが、魔術師の少女が何かを唱えている様子が伺える。直後、地面がもこりとめくれ上がり、ずんぐりとした人の形を成した。
アースゴーレム。魔術人形の中でも最も単純な、土くれで作られたゴーレム。単純な命令しかこなせないし、そもそも体が土くれだけあって強度がない。実用性は低いが、基本なので、魔術の練習にはよく使われる。
ゴーレムを起動させたのは、まだ見習いの魔術師なのだろう。ゴーレムのコントロールに四苦八苦しているのが、遠目にもよくわかる。
「あ、あれヤバい」
と、ゴーレムの動きが変化した。制御を失い、勝手きままに動き出している。
「きゃああああ!?」
少女魔術師が悲鳴をあげるのと同時、
「ふっ!!」
ギャロップに乗った少女は、鳥の上から大きくジャンプした。同時に腰の剣を抜き、ゴーレムを切りつける。
獣と違い、ゴーレムは痛みを感じない。斬られたところで、動きに変化はないーー普通ならば。
ゴーレムにダメージを与える方法はふたつ。体を修復不能なほどに痛めつけるか、そのコアとなる魔法石を打ち砕くこと。
少女の剣が選んだ方法は、もちろん後者。額に埋め込まれていた石を正確にえぐり取ると、そのままうまく着地する。
コアを失ったゴーレムは、ぷるぷると震え、地響きを立てながらただの土くれへと戻った。
「ご、ごめんなさい! ゴーレムの制御を失っちゃって!」
「いいのいいの! 私も修業の時は、よくミスしておばあちゃんに怒られてたもん」
ぽんぽん、と埃を払った剣士の少女は、剣を収めると、魔術師に問いかける。
「あなた、勇者国の人?」
「うん! プラムよ。あなたは?」
「私? 私はリルア。リルア・トゥールよ!」
そう言って、剣士の少女はにこりと笑った。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ★ ☆
魔術師の少女プラムを乗せ、リルアは勇者国を目指してギャロップを歩かせる。
「リルアお姉ちゃんは、どこに行きたいの?」
「冒険者ギルド! そこで、冒険者になるの!」
「冒険者? いまどき?」
「いまどきって何よぉ。カッコイイのよ、冒険者って!」
「ふうん。まあいいけど。冒険者ギルドなら、城壁から入って二本目の通りを曲がったところよ。赤い煉瓦の建物」
「赤い煉瓦ね。ありがとう、プラムちゃん」
そうこうしているうちに、城壁までたどり着く。そこで魔術師の少女はギャロップから降りると、
「行ってもいいけど、たぶんお姉ちゃんが思ってるのと違うと思うよ?」
じゃあね、と言い、見習い魔術師の少女は通りを駆けていく。
「思っているのと違う……?」
少女が言っていた意味はよくわからなかったが、リルアもギャロップを降りると、城壁近くの駐鳥場にギャロップを繋いだ。国内は外と違って道幅が狭く、指定されていないギャロップの通行は禁止されている。
リルアはギャロップに乗せていた鞄を背負い、通りを歩き出した。
勇者国は、リルアの田舎などとは違い、歴史ある都市だ。
足元は石畳が敷かれ、石造りの家が並んでいる。煉瓦には色味の混じった砂を混ぜることで、非常にカラフルな色合いになっている。
教えられた道を進むと、赤い煉瓦の建物が見つかった。2階建てだろうか、他の建物より少しだけ背が低く、こじんまりとしている。
「いよいよね!」
気持ちを入れ直したリルアが入口の扉を開くと、入ってすぐは横長のカウンターになっていた。しかし、置かれている椅子はひとつきり。スペースはだだ余りで、カウンターには暇そうにしている女性が一人いるきり。
リルアの姿を認め、慌ててカウンターの女性が居住まいを正す。
「あ、い、いらっしゃいませ。冒険者ギルドにようこそ」
「おじゃましまーす! あの、冒険者学校に入りたいんですけど!」
「……は? 冒険者学校?」
受付の女性は目をぱちくり。
「学校なんて、もう10年以上も前に廃校になったわよ?」
「え?」
ハイコウ。はいこう。ーー廃校?
「えええええええええええ!?」
建物中に響くほど大きな声をあげたリルアは、
「は、廃校ってどういうことですか!? なんで!?」
「なんでって、入学者がいないから」
「いない!? 歴史ある冒険者学校なのに!?」
「歴史はあっても必要はないもの。そりゃ、まだ魔王がいた50年前なら、冒険者になる意味もあったわよ? 魔物もたくさんいたし、そもそも魔王を討伐する勇者が必要だった。けど、魔王が倒れてからというもの、魔物は目減りする一方だし、そうなると冒険者って潰しがきかないのよねぇ。冒険のスキルって、街中じゃ役に立たないものばっかりだし」
「そ、そうなんですか?」
「そりゃそうよぉ。テント張らなくても家があるし、攻撃魔法なんか使ったら違法だし。剣の腕だって、街中で使う必要ないでしょ?」
「それは、そうかもしれませんけど」
「そういうわけでね。魔物の減少に伴って入学者もどんどん減ってって、12年前にとうとう一人も生徒がいなくなって、廃校になったの。あなた、知らなかったの?」
「はい……。その、おばあちゃんが、その冒険者学校出身で」
「んー。もしかして、魔王時代の人?」
「はい。今年の初めに亡くなったんですけど、享年80歳でした」
「あー、じゃあバリバリの頃ね。てかすごい長生きねー? ま、確かにその頃は、毎年入学者もすごかったって聞くけどねー」
そう言って、受付嬢はやれやれと首を横に振る。
「あなたも冒険者なんてならずに、もっと真面目な仕事についたほうが身のためよ」
「そ、それでも! 冒険者になりたいんです! ここ、冒険者ギルドなんですよね!? ギルドがあるなら冒険者だっているはず!」
「まーねー。といっても、今の冒険者ギルドなんて、冒険者のサポートって感じじゃないのよね」
「……え」
受付の女性はカウンターの下からチラシを取り出し、
「ほら、これ。『ルーの酒場』って、冒険者ギルドで経営している居酒屋チェーン。冒険者ギルドって、魔王時代の頃から、情報交換とかできるように、酒場を経営していたのよね。今はその経営がメイン。ぶっちゃけここ、ただの居酒屋チェーンの本社」
「えー……」
「そういうあからさまな顔しない。もちろん今でも冒険者は存在するし、そういう人のサポートもしないわけじゃないけど、主な業務はとっくに飲食店なの。居酒屋のアルバイトなら斡旋できるけど」
「そんなぁ……」
本当にあからさまというか、はたから見てもかわいそうなくらいがっくり来ている剣士の少女。その姿を見ていると、受付嬢もさすがに哀れになってくる。
「んー。あなた、そんなに冒険者になりたいの?」
「はい! その、おばあちゃん、すごい冒険者で! 私、おばあちゃんみたいな冒険者に憧れているんです!!」
「うおぅ。キラキラな眼差し……。いいなー。あたしもそういう頃に戻りたいなー」
はあ、と嘆息した受付嬢は、
「しょうがない。お姉さんが一肌脱いであげよう」
「本当ですか!?」
「といっても、紹介状を書くくらいだけどね。本当に、今は冒険者学校なんてない。だから、冒険者としてのスキルアップや、そもそものノウハウを学ぶことはできない。今の時代、そうしたいならーーお師匠さんにつくしかないわ」
「お師匠?」
「そう。数は少ないけど今も現役の冒険者はいるし、冒険者ギルドはそういう人と繋がりもある。中でも、あなたと同年代の女の子がいるのよ。その子に、あなたを紹介する書状を出してあげるわ。ちょっと待っててね」
受付嬢は万年筆を取り出すと、カリカリと文書をしたためる。
手早く書き終え、インクが乾くのを待って、くるくると巻いてリルアに手渡した。
「はいこれ。その子は、教会に住んでいるの。教会の場所はわかる?」
「わからないです」
「そう。じゃあこの建物を出て左、まっすぐに行くと広場に当たるの。そこから周りを見渡して、青い星が飾ってある建物を探してごらん。そこが教会だから」
「はい、わかりました! 色々とありがとうございます!」
書状を鞄の中に仕舞うと、リルアは建物を飛び出して行った。
「若いなぁ……」
受付嬢は一人、そんなことをつぶやいた。




