陽気な給仕魔族⑤
どんちゃん騒ぎが聞こえるテラス席。
ごった煮亭の外に、テーブル席がひとつだけある。元は、酔っ払った者が酔い醒ましをするための席だったが、今日の客は一人だけ。
リルア・トゥールは、星空の見える席で、たそがれていた。
「リルアちゃん」
と、そこに悪魔の尻尾を揺らした少女が声をかける。サキュバス店員のユーリだった。
「どうしたの、こんなところで」
「うん? んー、なんかちょっと、考え事?」
「リルアちゃんて考え事なんかするんだ」
「あっ、ひどーい」
「ふふっ、ごめんごめん。なんかこう、動物的本能で生きているのかと思った」
「……まあ否定は出来ないけど」
そう言って、リルアは再び、空を見上げる。
「なんていうか。魔族って、私、ぜんぜん知らなかったんだ」
「そうなんだ」
「うん。田舎にも魔族の人ってのはいなかったの。だから、魔族ってだけで、そんなに苦労しているなんて、知らなかったの」
「うんうん。知らないのは仕方ないわね」
「……そうかな」
「そうだよ。魔族はみんな、隠れて住んでる。だから、日の下で生きるあなたたちが知らないのは、当然のこと。だったそれ、教えてないもん」
リルアと反対側の席に座り、ユーリもまた、空を見上げる。
「ねえ。なんでサキュバスが魔族になったか、わかる?」
「なんで……魔族に?」
「そう。魔王に従った種族が魔族。魔王が現れる前は、魔族だ光だ、
なんて区別はなかった。じゃあ、なんで魔族は、魔王派になったのかしら?」
「わかんない」
「ふふっ。あのね、サキュバスは、女しか生まれない種族なの。かわりに、女同士でも子供が産める」
「ふぇ!?」
「不思議でしょ? でも、コボルトに獣の耳があるように、エルフが莫大な魔力を持つように、アタシたちは女同士で子供が産める。それは、ただの種族特性なんだけどね。でも、光のみんなは、それを理解しなかった」
ーー気持ち悪い。
ーー精霊様に背く。
ーーけがらわしい。
みんな、過去のサキュバスが言われたことだ。
「でもね、魔王は、そんな細かいことは気にしなかった。どんな種族でも受け入れたし、魔族同士での争いは禁じた。だから、サキュバスは魔王に従ったの」
「……」
「まあ、アタシは聞いた話なんだけどね。でも、その話を聞いたとき、なるほどなーって思ったもん。みんなそれぞれ理由はある。サキュバスにとって、光の国は生きづらいの」
「……ユーリも、女の子が好きなの?」
問い掛けに、ユーリは口の前に指を立てた。
「女の子が好きなんじゃないよ。好きになった子が、たまたま女の子だっただけ」
「そっか。たまたまか。じゃあ仕方ないね」
「そう、仕方ないの」
くすっ、と、どちらからともなく笑い出す。
「でもね、世間はそれを認めてくれないの。勇者が魔王を倒したせいでね」
「ユーリは、勇者が間違ったことをしたって思う?」
「そこまでは言わない。だって、魔族にも悪いところはあったから。いくら自分たちが認めてもらえなかったからって、他の人を傷つけて良い理由にはならないもんね」
だから、とユーリは続ける。
「覚えていて欲しいの。アタシたちは、決して正しくはないことをした種族の末裔。でも、あなたたちも同じ。あなたたちが受け入れてくれれば、サキュバスは魔族にならなくてもよかった」
「……ごめん」
「あなたが悪いんじゃないよー。ただ、忘れないでいて欲しいなって」
「うん。忘れない。忘れないよ!」
「ふふっ。それでこそ、話した甲斐があるってもんさー」
けらけらと笑ったユーリは、ずい、とリルアに迫る。
「だからね、悩まないで。魔族は確かに今も苦しんでいる。でも、何より苦しいのは、理解してくれる人がいないことよ。アタシたちにも理由はあるんだって。そうやって理解を示してくれるなら、アタシたちは、それだけで満足だから」
「うん」
リルアは素直に頷き、立ち上がった。
「ありがとう、ユーリ」
「こっちこそ。友達が増えるのはうれしいもんねー。なんなら彼女でも」
「それはまた別」
「だよね」
くすくすっ、と笑ったユーリ。
その笑顔は、小悪魔のように、魅惑的だった。
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ごった煮亭から帰る道すがら。
喧騒の名残か、どこか酔ったような足取りの四人。というか、実際にチコとローナは酒を飲んだので、本当に酔っている。
「なんだか夢の中にいたみたい」
ふわふわと、どこか現実感がない中を歩く。
そんな風に歩いていると、突如、カンカン、と鐘の音が響いた。
「何? この音」
「国王軍の緊急通行だ。道の端に寄れ!」
シフルが引っ張り、四人は道の端へ。直後、鐘を鳴らしながら、馬車が通り抜けていく。
「えらい勢いねー。何かあったのかしら」
「そうね」
その時、四人はまだ知らなかった。
それが、”魔王再来のきっかけ”であるなどと。




