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陽気な給仕魔族④

 洞窟のさらに奥は、魔力濃度が濃い場所だった。

 開けた場所。そこに、よどみのように魔力が漂っている。

 マジックランタンで照らすと、なるほど、壁のそこここに、黒い色合いのキノコが生えていた。これが、依頼のキノコだろう。

「これは……えらい魔力だな」

「魔力だまりですね。そもそも皆さん、魔物がなんだかご存知ですか?」

 チコの問い掛けに、ローナが手をあげた。

「はいはい。魔物って、敵キャラでしょ! つまり、魔王のしもべ!」

「あながち間違いではありませんね。ですが、正しくありません。エルフは魔物の正体を把握しています。トールマンは、あまりそういうことに興味を示さないようですが」

「正体?」

「はい。魔物とは、正確には闇の魔力を浴びて変質した動植物のことを言います。では、ここでいう魔力とは何か。たとえば、魔法を使うためには、トールマンも魔力を消費しますよね。この魔力と、魔物の魔力は同じものでしょうか?」

 チコが言うと、ローナは首をかしげた。

「闇のって言うくらいだから、違うもの?」

「はい。トールマンやエルフが使う魔力は、光の魔力です。陽光の中にわずかながら含まれ、それらを浴びて育った植物や、そんな植物を摂取した動物の体内に蓄積されます。私たちは、そんな食べ物を摂取することで、魔力を回復するのです。もちろん、陽光の中にーー言い換えれば大気の中にも魔力はあるので、呼吸だけでもある程度は魔力を回復できます」

「じゃあ、闇の魔力は?」

「闇の魔力は、闇から放たれます。なので、暗い洞窟や鬱蒼とした森の中は、闇の魔力が強くなりますが、光の魔力と比べると非常に壊れやすい性質があり、光のある場所では濃度が極端に薄くなります」

「だからダンジョンの中では、闇の魔力が強いんだ」

「はい。そして、光の魔力が蓄積できるように、闇の魔力も徐々に蓄積されます。その量が光の魔力を超えた時、体が変質します。いわゆる魔物化です」

「じゃあ、魔物は……」

「元は普通の動物でした。魔王時代、世界は闇の魔力が今よりずっと強く、多くの動物が魔物化しました。魔物は闇の魔力に依存した生物ですので、本能的に光の魔力を嫌います。なので、魔物は光の種族に対して攻撃的なのです」

「自己防衛、ってこと?」

「その通りです。魔物にとっては、私たちの存在そのものが毒。トールマンだって、害虫は”駆除”しますよね? 魔物にとっても同じです」

「……そうなんだ」

 ローナにとって、魔物とはゲームに出てくるような、ただの敵キャラに過ぎなかった。

 けれど、彼らにとっても、生きようとする必死さがあったのだ。

「なんか、悪いことしてたかしら」

「魔物化した動物を光側に戻すことはできません。どちらかしか生きられないのです。残酷ですが、生存競争とはそういうものですね」

 ひるがえって、とチコは続ける。

「闇の魔力は、闇が多い場所ほどわだかまる性質があります。このダンジョンは、長らく人が入っていない。そのせいで、光を浴びる機会が極端に少なかったのでしょう。だから、魔力がたまっているようです」

「なるほどね。そして、それらを浴びたということは、このキノコも魔物じゃない?」

「まあ、一種の魔物ですね」

「……食べて大丈夫なわけ?」

「光を浴びれば闇の魔力は壊れますから、天日干しすれば大丈夫でしょう」

「そ、そういうものなんだ」

 魔物の天日干しというのは体に悪そうだが、チコが大丈夫と言うのなら大丈夫だろう。エルフの知識は、トールマンのそれとは比べものにならない。

 それぞれ散らばり、キノコを採取していく。チコのアドバイスで、直接触れたりはせず、剣で刺したりしてカゴにほうり込んでいく。

 ある程度まとまった量が採取できたところで、撤退と相成った。


☆ ★ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ★ ☆


 ダンジョンから戻ったリルアたちは、依頼人にキノコの山を渡した。

 たいへん喜んでくれたユーリたちは、せっかくだからリルアたちにも誕生会に出席して欲しい、と言ってきた。

 特別に断る理由もなく、後日、リルアたちはごった煮亭を訪れた。

 その日は特休日。

 いつもは客で賑わう店内には、魔族の店員たちと、店主である巨人もといマオの姿があった。

「それじゃあ、マオ母さんの誕生を祝して! かんぱーい!」

「かんぱーい!」

 みんながめいめい杯を掲げる中、一人だけ照れているのは、主役であるマオだった。

「……なんていうか。ガラじゃないねぇ、こういうのは」

「何言ってるの! マオ母さんがいなきゃ、みんな生きてけないんだから!」

 それは比喩でもなんでもない、ただの事実である。

 魔族は、魔族であるというだけで、仕事がない。仕事がなければ生きていけないのは、どこの世界、どこの時代も同じこと。

 その点において、魔族であろうと関係なく雇うマオは、一種の救世主なのだ。

「今日はマオ母さんが好きな、キノコのチーズ焼きに、キノコのから揚げに、キノコのソテー! あ、それとキノコのサラダもあるわ!」

 サキュバスの店員が料理を出すと、マオは驚きに目を丸くする。

「なるほどねぇ。トールマンの子たちが、これを取ってきてくれたのかい?」

「はい! クエストです」

 リルアが答えると、そうかい、とマオはキノコ料理を口にした。

「うん。美味しいね。ほら、あんたたちも食べな!」

「はーい! ほら、リルアたちも!」

「うん!」

 リルアはキノコのソテーを口にしてみた。

 苦味の中に、確かな旨味。食欲をそそる特有の香りに、コリコリとした不思議な歯ごたえ。

「おいしーね!」

「ははっ、だろう」

 マオは酒の入ったグラスを一息にあおると、リルアを見やる。

「ふう。あんたたちも、来てくれてありがとうね」

「別に、たいしたことじゃないですよー。楽しいことはみんなで分け合わなきゃ!」

「はは、そうさね。ああ、でも、あんたたちみたいな子がいて、ちょっと安心したよ」

「あたしたちみたいな子?」

「この子らと友達になってくれる子さ」

 そう言って、マオは自分の”娘”たちを眺める。

「まだアタシが現役の頃はね、魔族なんて言ったら、そりゃあひどいもんだったさ。人類の敵、魔王の手先。それがみんなにとって、当たり前の考え方だった。当時はアタシもまだガキでね、そんな風潮を知っていながら、疑問にも思わなかったのさ」

「じゃあ、なんでこのお店を?」

「うん?」

 マオは再びなみなみと注がれたグラスの酒を一息に干し、

「ほら、教会にアンゼリカっていう性格の悪いシスターがいるだろう? それと、冒険者ギルドのマリーっていうお節介焼き」

「……性格の悪い?」

 常日頃からシスター・アンゼリカと過ごしているシフルは首をかしげるが、

「ああ、あれは性格悪いよ。やれアタシの食事は偏ってるだの、酒は程ほどにしろだの。それでいて黒ヤモリなんて食べさせるんだよ!?」

「……あれはわたしもどうかと思うが」

「だから、まあ、性格は悪いさ。で、アタシはその三人でつるんで、よく冒険に出ていたのさ。アタシが前衛、アンゼが後衛。マリーはポーター」

「ポーター?」

「荷物持ちのことだな。戦闘力がない者でも務められる」

 マオは頷き、

「ほら、あんたも剣で戦うならわかるだろう? 武器を持って暴れるのに、荷物は邪魔になるのさ。だから、二人分の荷物を背負うポーターって仕事ができる。マリーは料理も上手かったし、あれで目利きもできるんだ。おかげで、ダンジョンの中でも食べられるものを見つけたりして、そりゃあ楽しかった」

 マオはキノコのソテーをフォークで刺し、

「このキノコも、マリーが見つけたのさ。普通なら、こんな魔力に満ちた食品を食べようとは思わない。それを、食べられるように調理したあいつは、やっぱり凄いのさ」

「へー!」

 リルアにとって、冒険者とは祖母が見本だ。

 圧倒的な剣の技。それが冒険者に必要な素養。ゆえにこそ、剣の技は磨いたが、それ以外のスキルはとんと持っていない。

 だが、シフルに冒険の技術を教わり、チコに魔法を教わることで、世界は広がった。だが、それでも知らない世界はあるらしい。

 料理のスキルが冒険で役立つというのは、本当に面白い。

「それでね。アタシたちは戦後の冒険者さ。魔王時代ならいざ知らず、その後の冒険者なんてのは、言ってしまえば遊び人一歩手前さ。世間からの評判は当然よくない。まして、アタシたちの頃は、戦後の復興も終わっていなかったからね」

「なら、なんで冒険者に?」

「簡単だよ。アタシも、マリーも、アンゼも、とにかく国の中しか見られないってのはつまらないと思ったのさ。行ったことのない場所に行き、見たことのないものを見て、食べたことのないものを食べる。それが生きるってことさ。ま、周囲にはめちゃめちゃ反対されたけどね」

 それでも、冒険者として生きた。

 それは、彼女たちの生き様だ。

「んで、旅をしているとね、国の外じゃ、よく魔族に会ったのさ。魔族は国内に居場所がない。自然、冒険者になるしかない。とはいえ、当時、魔族に冒険許可証は発行されなかった。だから、無許可冒険者として……ハグレ魔物を狩るくらいしか、生活の糧がなかったんだよ」

「発行されないって、なんで?」

「世間にとっては、魔族ってのは魔物と同一さ。魔族がダンジョンにもぐって、魔物と接点を持てば、またぞろ魔王が生まれるかもしれない。それを、みんな恐れたんだ」

 もちろん、とマオは続ける。

「魔族と魔王は別物だ。魔族は、単に魔王側についただけの種族。でも、世間はそれを認識しなかった。そのせいで、魔族は苦労して……。けど、外で生きたアタシたちは、そんな魔族に助けてもらうことも多かった」

「助けて?」

「ああ。食料が足りなくなった時も、怪我をして薬がなかった時も、嵐でテントが吹き飛ばされそうな夜も、助けてくれたのはみんな魔族だった。アタシらにとっては、むしろ光の種族が悪党に見えたよ」

 マオは、過去を懐かしむように目を細める。

「冒険者をやめる時、アタシが最初に考えたのは、魔族に恩返ししたいってことさ。だからアタシは、魔族を雇う店を作るって考えた。その時、マリーがサポートしてくれてね」

「ギルドのお姉さん?」

「はは、お姉さんか。あいつもいい歳だよ? とにかく。冒険者ギルドは、もともと酒場を運営していたから、ノウハウがあった。そこにもぐりこんで、店に良い卸しを紹介してくれたり、顧客に宣伝してくれたりしてね。それでなんとか、店は軌道に乗ったんだ」

「なるほど……」

 マオは店を見渡す。

 古ぼけた店だ。決して綺麗ではない。だが、味わいがあり、優しさがある。

「アタシは、まだまだ受けた恩を返せていない。そう思うよ」

 しんみりとした言葉。それは、リルアたちの中に、深く響き渡った。

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