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陽気な給仕魔族③

 翌日。

 営業前の『ごった煮亭』は、静けさに包まれていた。

 夜の喧騒など嘘のように、通りには人っ子ひとりいない。それも当然、酒場などの飲食店が中心である裏路地に、昼間から通りかかる人などいやしない。

 そんな、静かな店内に、リルアたち四人の姿があった。

「お邪魔しまーす」

 リルアが代表として声をかけると、店の奥からぱたぱたと店員たちが姿を現す。

「あいあい、よく来てくれましたー」

 出迎えてくれたのは、いつものサキュバス。後ろにいるのはコボルトにヴァンピールにラミアにドラゴニュートに……。

「……トールマンは一人もいないのね。別にいいんだけど」

 出てくるメンツの豊富さに、ローナもあきれる。代表らしいサキュバスの店員はくすくすと笑い、

「はっきり言っていいよー。うちはね、母さんーーマオ・クライツェルがね、アタシたち魔族を守るために作ってくれたお店なの」

「魔族を、守る?」

 店員は頷き、

「そのあたりから話をするね。あ、その前に自己紹介。アタシはサキュバスのユーリ・ランフル。アタシが店員頭だから、アタシが説明するわ。座って座って」

 リルアたちをテーブル席に座らせ、ユーリは対面に座る。他の面々は後ろに椅子を運んで座ったり、椅子に座れない者はしゃがんだりしている。

「さて。見てわかる通り、アタシたちはみんな魔族。それも、見た目で魔族ってはっきりわかる種族なの。で、昨日も感じたと思うけど、魔族ってのは肩身が狭いのね」

「偏見があるから?」

「まーそう。魔王時代、確かに魔族は魔王に従った。その子孫であるアタシたちに、拒否反応があるのは仕方ないと思うわ。でも、そのせいか、

魔族を雇ってくれるところは本当に少ないの。そうやってあぶれた連中を拾ってくれたのが、マオ母さん」

 ユーリは尻尾を揺らしながら、

「マオ母さんはね、アタシたちを娘だって言ってくれるの。路頭に迷っていたアタシたちをね。だから、アタシたちはマオ母さんには頭が上がらない」

「路頭に……迷っていた」

 その言葉に、シフルがやたらと感銘を受けているが、ユーリは構わず続ける。

「でね。もうすぐ、マオ母さんの誕生日なの。だから、みんなで母さんに贈り物をしたいの。ありがとうって伝えたいのね。ただ、母さん、店のことばっかりで、他に欲しそうなものなんて何もないから……」

「つまり、誕生日プレゼントを用意してくれってのがクエストね」

「ぷれ? まあ、たぶんそう」

 ユーリはいいかげんに頷き、地図を取り出した。

 王都付近の地図だ。都市の外に印が打ってある。

「ここには『賢者の洞窟』があるの。知ってる?」

「魔王討伐の折、最後まで勇者を支えた賢者が終の棲家にしたダンジョンか」

「シスター正解。洞窟は賢者の封印で、特別な資格がなければ入れないと言われている。そんでね、マオ母さんは元冒険者で、現役時代、そこでよくキノコ採取をしていたんだって」

「賢者の洞窟で!? あそこの入り方が分かっているのか!?」

「そうよ。アタシたちも教わったんだけど、アタシたちは冒険のスキルがないから……。それでね、思い出のキノコで、料理を作ってあげたいなって」

「思い出の料理を誕生日の贈り物に、か。素敵な話ね!」

 ぐっ、と拳を握ったリルアは、

「わかった! それじゃあ、賢者の洞窟で生えているキノコ採取! 引き受けます!」

「ありがとう、冒険者さん」

 そう言って、ユーリはにこりと笑った。


☆ ★ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ★ ☆


 賢者の洞窟へは、四人で行くことになった。

 冒険者としての経験を積みたいリルアと、それに付き添うシフル。ローナは半分暇つぶし、チコは半分サポート、半分は古の賢者が残したものを見たいからだそうだ。

 リルアは例の冒険バッグを、ローナもリルアと同じものを揃えた。シフルはいつもの荷物を背負い、チコもまた、冒険用のバッグを持っていた。

「意外ね。チコはそういうの、やらないと思っていたんだけど」

 草原を歩きながら、ローナが言う。チコはバッグを背負い直しながら、

「私も、エルフの里を出てから、しばらく転々としていましたから。エルフは長命ではありますけど、トールマンと同じように食事もしますし、風邪だって引きます。ですから、相応の準備は必要なんです」

「なるほどね。だから冒険用の装備があるんだ」

「はい。それに、エルフも冒険をする者は少なくありません。トールマンの土地と違って、森の方が魔物が多いので……。魔物討伐隊というのも、定期的に編成されていました」

「じゃあ、慣れているのね」

「私は討伐隊に入れるほど強くありませんでしたが、装備だけはまともですよ。エルフ製のテントは、聖別の度合いも強いので、並以上の魔物ですら寄せつけません」

 そんなことを話ながら歩いていると、洞窟の入口が見えてきた。

 賢者の洞窟。自然にできた洞窟を、かの賢者が改造したと言われている。この洞窟は、他の洞窟と違って、国王軍の見張りはいない。というのもーー。

「これが封印か」

 そう、洞窟の入口は、不可視の壁があるのだ。それは外と中を綺麗に分けており、誰も中には侵入できない。一方で、洞窟の中にいる魔物も出てこられない。

 リルアが洞窟の入口に手をかざすと、青白い波紋が広がり、その先に手が入らなかった。やはり、壁があるのだ。

 その侵入方法は賢者しか知らないと言われていたが……。

「これを読み上げればいいのね」

 リルアはサキュバスのユーリから貰ったメモを取り出す。

「これは、魔族語ですね」

 そのメモを見たチコが言う。

「魔族は、いわゆる光の一族に悟られないよう、彼らだけに通じる言語を使用していました。通称は魔族語、彼らは『ビエル語』と呼んでいたそうです」

「これはその、ビエル語なの?」

「はい。発音が難しいですが、私は読めます。いきますね」

 チコは深呼吸し、メモを読み上げる。

「《開け。我は闇と共に歩む者》」

 見た目には、何も変わらなかった。

 だが、ためしにリルアが手をかざすと、やはり青白い波紋が生じたが、阻まれることはなかった。ぬるりと洞窟の中へ侵入する。

「やった、入れた!」

「こんな方法があったのか……。ある意味、大発見だぞ。これは」

「そうですね。かの賢者が残した遺産……。国宝級の価値があります」

「お宝!?」

「そういう目的で来たわけじゃないぞ。それに、こんなところのものを持ち帰ったところで、後で面倒が起きるだけだ。予定通り、キノコだけを採取しに行こう」

 旅慣れたシフルを先頭に、四人は洞窟を進んで行った。


☆ ★ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ★ ☆


 賢者の洞窟は、人間が住んでいたというだけはあった。

 入口の付近こそただの洞窟だったが、すぐにならされた道に出た。壁には窪みがあり、魔法光で通路を照らせるようになっている。

 そのまま奥へ奥へと進んでいくと、なんと洞窟の途中に扉があった。

「ダンジョンの中に扉って、本当にゲームみたいね」

「げーむ? なんだか分からないが、確かに珍しいな」

「賢者様のお部屋でしょうか」

 ドアノブをひねると、きしみながらも、扉が開いた。

 その空間は、書斎のようだった。ごった煮亭くらいの、広い部屋。壁面には手作りの書棚が置かれ、そこに何冊もの本が整頓されている。部屋の中央に机があり、床には古びた敷物が敷かれていた。

「……あたしは知らないんだけど、賢者って、ずっと前に亡くなった人なのよね?」

「はい。晩年は人前に姿を現していないので、正確ではありませんが……おそらくは20年以上は昔のことです」

「その割に、本も敷物も綺麗ね?」

「おそらく、状態保持の魔法です。ものが劣化することを防ぐ魔法で、かなり高位の魔法ですが……」

「ラミネートみたいなもの? まあ、魔王を倒す勇者のお供ともなれば、そのくらいは余裕ってことかしら」

 主を亡くした部屋は、どこか寂しい。

 マジックランタンを中央の机に置き、めいめい、手近にあった本棚を調べてみる。

「『魔術概論』に『精霊の本質』ですか。いずれも魔法研究の書物ですね。賢者様は、ここで魔法の研究をされていたのですね」

「すごいわねぇ。これ、図書館並の本棚じゃない。これ全部読んでいたのかしら?」

「ふむ、これは魔族研究の本か……?」

 それぞれが本を手に取る中、リルアも、目の前にあった分厚い本を取ってみた。

 その一冊だけは、タイトルが書かれていなかった。開いてみると、日記だった。

 毎日書かれているわけではない。一週間に一度程度か。魔法研究の成果や、魔王が倒れた後の町の様子などが書かれている。

 リルアの祖母も、魔王時代の冒険者だった。祖母によく懐き、話を聞いていたリルアにとっては、どこか懐かしい気持ちになる文章だった。

 その終盤。おそらくは晩年の賢者が残した言葉が、そこに書かれていた。


『この部屋は、魔族の言葉で封じることにする。いつの日か、人類と魔族が、共に手を取り合って生きていける日が来ることを願って。願わくば、この日記を読んだあなたは、魔族と共存する社会を……』


 魔族と、共存。

「……これ」

 そうか、とリルアは気づく。

 なぜこの洞窟が封印されたのか。なぜ賢者はこの洞窟を終の棲家にしたのか。

 最初から決めていたのだ。この洞窟を魔族の言葉で封じること。

 この部屋を訪れることができる者は、魔族と交流できる者ーー。

「わかって、いたんだ」

 おそらくは、魔王を倒した時からずっと。

 魔王と共に生きた魔族たち。それらは、魔王が倒れた後、苦しい思いをすることが、賢者には分かっていた。

 分かっていてなお、魔王は倒さざるをえなかった。だからせめて、魔王が倒れた後、魔族が苦しまないようにーー魔族を理解してくれる者が現れるように、画策していたのではないか。

 ただの推測に過ぎなかったが、確信を持てる推測でもあった。

「……ねえ。こんなところで、感傷に浸っていても仕方ないんじゃない? 行きましょうよ」

 ローナが言わなければ、誰も動けなかったかもしれない。それほど、ある者にとってはお宝のような部屋だった。

 リルアは日記を元の場所に戻し、軽く頭を下げた。

「あなたの思い。受け取りました」

 魔族との共存。

 それは、祖母の話を聞いていた頃には、一度も思わなかったことだった。

 けれど。今は、それを目指したいと思う自分がいる。

 そんな変化を実感しながら、リルアは賢者の部屋を出て行った。

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