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陽気な給仕魔族②

「なんだこの店は!! 魔族しかおらんのか!!」

 騒いでいるのは、店の中央あたり。老人と、壮年の男性の二人連れだ。

 騒いでいるのは老人の方。

「まったく、どいつもこいつも馬鹿にしおって!!」

「ちょっ、騒ぎ過ぎですよ!」

 壮年の男性が老人をなだめようとしているようだが、老人の勢いに止まる様子はない。

「なに、あのおじいちゃん。なんであんなに怒ってるの?」

「おそらくは、魔族差別でしょう」

 答えたのはチコだ。長命種である彼女は、見た目に反して、実はリルアたちよりずっと長く生きている。それだけに、知識は多い。

「魔族という言葉自体、最近はあまり使わなくなりましたが……。その昔、

魔王がいた時代、魔王に付き従った種族がいます。それを総じて、魔族というんです。魔王が倒れた後、他の種族と和解し、今は普通に入り混じって暮らしていますがーー」

「たまに、ああやって当時の偏見そのままのやつがいる、と」

 シフルが後を引き継ぐ。

「わたしも久しぶりに見たよ、魔族アレルギーを持つやつなんて」

「魔族だなんて、そんなの分かるの?」

「見た目だよ。コボルトもサキュバスも、魔王に従った種族だ」

 確かに、コボルトの店員は頭上に分かりやすい獣耳があるし、サキュバスの店員は長い尻尾が揺れている。エルフやトールマンには当然ながら存在しない特徴だ。

「ったく、こんな店だと知っていたら入るんじゃなかったわ!」

 激昂する老人。店内の他の客も、眉をひそめている。

 そういうのが我慢できないのが、我等が剣士様。

「ちょっと行ってくる」

「やめろ。自分から絡んでどうする」

「だって!」

「いいから。それに、この店であんなことを言って、無事では済まん」

「……え?」

 リルアが戸惑っている間に、厨房の扉が開いた。

 そこからのっそりと姿を現したのは、巨大な壁。もとい女性。

 身長はリルアより頭ふたつ近く大きい。もはや巨人ではないかと錯覚するほどの巨体に、見合った太さの腕。のっしのっしと歩いた女性は、老人の前に立つ。

「うちの娘たちに何か文句かい」

「な、なんだお前。お前には何も言っとらんぞ」

「うちの娘につけたケチは、あたしにつけたのと一緒さ! 金なんざいらねえ、さっさと出て行きな!!」

 老人をつまみあげると、なんと、女性はそのまま老人を入口から外に放り出した。付き添いの男性が、慌てて一緒に出ていく。

 老人を投げた女性は、ぱんぱんと手を払うと、

「邪魔したね」

 軽く言って、そのまま厨房に戻って行った。

 ぽかんとしていたのはリルア。

「な、何あれ」

「この店の女主人だ。あれでもトールマンだぞ」

「嘘!?」

「本当だよ。あれでも、魔王滅亡後の時代において、珍しく戦果をあげた元冒険者だ」

「ま、まああれだけおっきければねー……」

 本当に巨人だと思ったのだが。

 そうこうしているうちに、先ほどのサキュバスが、料理を運んできてくれた。

「あいあい。定食とサラダ、それにワインとチーズねー」

 とんとん、とテーブルの上に料理が並んでいく。

 並べ終えた後、コボルトの店員は耳をしゅんと寝かせた。

「それと、さっきはごめんなさい。騒がしくしちゃって」

「ごめんだなんてそんな! だって店員さんは何も悪くないじゃない!」

「いやまあ、騒いだのはアタシじゃないけどねー。やっぱり魔族だと、ああやって偏見受けること少なくないし。そういうのが店員やってるってのも……」

「いいのいいの、気にしないで! それより、自分が悪くないことで謝らないでよ」

 リルアが言うと、店員はくすりと笑った。

「本当に、あなたたちみたいな人ばっかりだったらいいんだけどねー。やっぱりおじいちゃん世代とかには、違和感というか……。魔王時代に、魔族に家族を奪われた人とかもいてさ。アタシが悪いわけじゃないし、アタシが何をしたわけでもないんだけど、やっぱりねぇ……」

「当時のことは、大変でしたけど。それは、今を生きるあなたがたが責任を負わされることでもないかと。それに当時、互いに戦後補償はしないと決めています」

「理屈じゃん、それは?」

 そう、理屈は。それは。

 実際、この時代に、問題を起こす魔族は少ない。それは、事件を起こすトールマンと変わらない数。

 だが、トールマンが事件を起こしても話題にはならないが、魔族が問題を起こせば話題になる。

 それは人々の見方であり、考え方でありーーそういう風習なのだ。

「……」

「……」

 ローナもシフルも何も言わない。

 転生したばかりのローナは風習に何も言えないし、シフルは問題ごとに首を突っ込みたがらない。

 一方で、我等が剣士様は、そういうことが非常に気に入らない。

「……」

 気に入らないのだが、それは誰か個人をどうすればいい、などという小さな問題ではない。

 それは言うなれば、今の社会制度そのもの。社会という、形のない誰かに対して文句を言ったところで、どうにもならない。

「まあまあ。ご飯食べるのに、そんな難しい顔をしていても仕方ないよ?」

「むぅ……。あ、じゃあさ、何か困っていることはない?」

「困っていること?」

 何を言い出すんだ、とシフルが目で言っているが、気にしない。

「ああいうおじいちゃんみたいな人、たまにいるんでしょ? そのせいで困っていることとか」

「困っていることねぇ。あーゆーのがいる時は、だいたい母さんがなんとかしちゃうから……。あ、そうだ」

 ふと思いついた顔の店員は、

「あなたたち、冒険者よね? じゃあ、クエストひとつ頼んでもいい?」

 クエスト。いわゆる依頼だ。依頼人は冒険者にお願いを出し、解決する代わりに、報酬を出す。

 冒険者が少なくなったこの時代ではめっきり数も減ったが、過去、それこそ魔王時代には、多くのクエストが発注されていた。

 大半は、町の中では入手できないアイテムを取得してくること。たまに、魔物が巣食ってしまった人間の土地を取り返す、などという任務もあった。

「詳しいことは、そうね、明日の午前中でどう? 夕方の営業前なら時間あるから」

「いいよ! ここに来ればいい?」

「うんうん。準備しておくね。じゃあ、ごゆっくりー」

 尻尾を振りながら立ち去る店員。その姿が離れたところで、シフルはリルアに詰め寄る。

「お前。半人前のくせに、クエストとはどういうつもりだ」

「まあまあ。だって、魔族っての、差別されているんでしょ?」

「そりゃあな」

「おじいちゃんの考え方とか世間の風潮は、すぐにはどうにもできないけどさ。でも、ああやって不自由な生活していたら、普段から困ることって絶対にあるでしょ? そういうのを解決するのも、冒険者の仕事かなって」

「冒険者の仕事は冒険することだ。なんでも屋じゃないぞ」

「まあまあ」

「お、ま、え、が、い、う、な!!」

 怒り心頭のシフルは、はぁ、と嘆息した。

「まあ仕方ないか。お前、本当に自分から面倒をしょいこむ癖、なんとかしろ」

「しょーがないよねー」

「しょうーがないわけあるか!!」

「シフル。あんまり騒ぐとお店に迷惑よ」

「あれだけ世間に迷惑をかけまくったお前が言うな!!」

「い、今はしてないでしょ!?」

「自覚あったんですか……」

 わいわいと食事を進める四人。

 その日は、それ以上の事件が起きることもなく、なごやかに時間が過ぎていった。

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