陽気な給仕魔族①
教会の玄関口である前庭。
そこでシスター・シフルが掃除をしていると、教会の中から妙齢の女性が出てきた。
「シスター・シフル。少しいいかしら」
「なんですか、シスター・アンゼ」
シスター・アンゼリカ。精霊教の本山からこの教会を任されている、正真正銘のシスターだ。
この教会に赴任して十年以上。それはちょうど、シフルがこの教会に身を寄せることになった時と同じだ。
それ以来、ずっとアンゼリカと共に過ごしてきたシフルにとって、彼女は母のような姉のような、不思議な存在だ。
他の相手にはぞんざいな態度を崩さないシフルではあるが、アンゼリカにだけは頭が上がらない。
「リルアさんのことだけれど。彼女が来てからもう一ヶ月くらい……。調子はどうかしら」
「調子と聞かれても困りますが」
「では、冒険者としては?」
「……」
シフルは少しだけ考え、
「まあ、正直に言えば、悪くありません。魔物の討伐実績もあるし、道具の使い方なんかも覚えてきました。魔法も基礎は把握していますし、きちんと活用できるようになるのはそう遠くないでしょう」
「すばらしいわね。たった一ヶ月で」
「何より鍛練が必要ないのが大きいでしょう。剣聖の孫というのが本当かどうか分かりませんが、確かにそれが虚栄ではないくらいには強い」
「それはそれは。でも、冒険許可証の申請はまだ?」
「……それは」
冒険許可証。冒険者として生きるためには最低限必要な資格だ。
その申請方法は、有資格者立会のもとで魔物を撃破し、その証拠を王国に対してーーもっと端的に言えば役所に提示すること。
許可証を発行された者はすべからく冒険者ギルドに登録される。
リルアは実際に、最低限の強さを証明してみせた。だから、申請しようと思えば、今すぐにでも申請は可能だ。
「……まあ、わたしとあいつの約束はまだ時間があります。申請はその後でも遅くないでしょう」
「そうですね。それはそれで良いと思いますよ。あなたは、あなたの思うままに生きればいい」
「どういう意味でしょう」
「私は常々、そう言っていたと思いますが?」
「……そうですね」
「はい、ではその通りなのです。ああ、シスター・シフル。お友達ですよ」
アンゼリカが指す先。教会の門扉前に、三人の姿があった。
リルアとエルフのチコ、それに転生者のローナだ。
「リルア! 何してんだお前」
「てへへ……。魔力、使いすぎちゃった」
「歩けなくなったというので、連れてきたのですが……」
「重い! シフルも手伝え!」
どうも、魔力を使いすぎてダウンしたリルアを、チコとローナが肩を貸して連れてきてくれたらしい。
「まったく。こんな調子じゃ、冒険者はやってられないぞ。力を使い果たして歩けなくなるなんて論外だ」
「ごめんねぇ」
ローナの代わりにシフルが肩を貸し、ひとまず教会の長椅子に寝かせるべく、中に入れる。
そんな様子を見送りながら、アンゼリカはくすりと笑う。
「本当に。良い子ね」
☆ ★ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ★ ☆
夕方には調子を取り戻したリルアを連れて、四人で食事に行くことになった。
ローナやシフルが行きつけにしているという店は、大通りから少し外れた、狭い路地の中にあった。
「ここだ」
裏路地に存在する『ごった煮亭』は、年季の入った外観とは裏腹に、掃除は行き届いている。扉を開くと、細長い尻尾をひょこひょこさせた店員が出迎えてくれた。
「あいあい、いらっしゃいませー。お、シスターにローナちゃん」
「四人だ」
「じゃあテーブルどうぞー」
サキュバスの店員が案内する席についた四人。中でもリルアは初めてで、店の中を物珍しそうにきょろきょろと見渡す。
魔法光でぼんやりと照らされた店内。木製のテーブルがいくつか並び、その間を、二人の店員が忙しげに動き回っている。一人は頭の上に犬の耳が、もう一人は制服のスカートから細長い尻尾が飛び出していた。
「雰囲気いい感じだねー」
「ああ。何を頼む? 適当でいいか?」
「あ、うん。シフルに任せる」
「私は……野菜をお願いします」
「やっぱりエルフってお肉とか食べないの?」
「私は破門エルフなので、気にする必要はありませんが……。森に住むエルフはそうですね。食べ慣れていないので、私もあまり食べません」
そんなことを話していると、サキュバスの店員が注文を取りに来た。
「あいあい。何頼む?」
「じゃあ、シガー豚の定食を二つ。それに、ヒトト草のサラダセット。ローナは?」
「ワインとチーズ!」
「あいあーい。りょーかーい」
注文を取ったサキュバスは厨房に注文を伝えに行く。
「どうだ、チコ。リルアの様子は」
「魔法はだいぶ習得できてきましたよ。明かりくらいはもう問題ありません」
今日もそうだが、リルアとローナは、仲良くなったチコに魔法を教わっていたのだ。
チコはもとより、エルフと同じ規模の魔法を、術式で展開させていたという魔法の天才。しかも、自ら努力して得た能力なので、他人に教えるのも非常に上手い。
シフルも魔法が使えないわけではないが、やはりチコにはかなわない。そこで、しばらく魔法の鍛練は、チコの暇な時間にお願いすることにしたのだ。
今日も今日とて練習していたのだが、今日はいささかやり過ぎたらしい。
「ローナさんも、センスは悪くありません。魔力量が足りないので発現までには至っていませんが、時間の問題です」
「こんな練習したのなんて、転生以来初めてよ」
ローナもリルアほどではないが、疲れた様子だ。
魔法を使うと、主に精神力を削られる。その程度は使い方次第であり習熟度次第だが、大なり小なり疲れるのは当然だ。
「ま、だんだん形になってく自覚はあるから、嫌にはならないけど」
「うんうん! ほら、できるようになるって楽しいでしょ!」
「るっさいわね」
「喧嘩はよくありませんよ……?」
「……」
エルフのチコは、トールマンとは種族からして違う。
転生したというローナは、いまいち何を言っているのかシフルも意味がわかっていないが、色々と考え方が違う場所から来たのはわかる。
そして、自分もまた。
なのにリルアは、そんなメンバーを、特に苦もない様子でまとめあげている。
「変な女だな」
ぼそりとつぶやいたシフルの声は、ガシャン、という大きな音で遮られた。




