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控えめ司書エルフ⑤

 一方その頃。

 体力バカのリルアに置いていかれたシフルたちは、ようよう図書館にまで戻って来る。と、その出口で、商業大臣のズックと会った。

「あれ? あなた、この前のいけすかない貴族」

「うるさい! 失礼な小娘め!」

 居丈高に駆け去る大臣。表に停車していた魔動車(魔法で起動する乗り物)に飛び乗ると、そのまま走り去って行く。

「何なの、あいつ」

「……商業大臣が、図書館?」

 別に大臣が図書館で本を読んでもおかしくはないが。

 少しだけ気にかかったシフルは、それでも最優先事項であるリルアの回収に向け、魔法書のある書架を目指す。

 すると、階段のところで、チコとリルアが話をしていた。

「おい、リルア! お前また余計なことを……」

 ふと。そこでシフルは、嫌なにおいを嗅いだ。

 一瞬、間違いかと思った。ここは街中、しかも多くの人が利用する図書館の中だ。

 残り香のような臭気は、すぐにたち消えてしまう。勘違いと言ってしまえばそれまで。だが、冒険者としての勘が、それを捨て置いてはいけないと警告を発する。

「あの。チコさん」

「はい、なんですか?」

「まさかとは思うが、この図書館にーーミミックがいるかもしれない」

「ミ、ミミック!?」

 ミミック。魔物の中でも非常に特殊な、擬態する能力を持つ種族の総称だ。

「図書館なので、おそらくは【バイブルミミック】。書物に擬態し、何の気なしに手に取った人間を喰らう魔物だ」

「バイブルミミック……。聞いたことはありますが、ここは王立の図書館ですよ?」

「王立だからといって、魔物が侵入しないわけじゃない。さっき、魔物のにおいを感じた」

「魔物のにおい?」

 シフルは頷き、

「魔のにおいとでも言うべきかな。わたしは、なんとなく感じることができるんだ。普通はダンジョンの中でしか感じない。なのに、それこそ王立の図書館で、そのにおいを感じた」

「気のせいということは……」

「気のせいならそれでいい。けど、気のせいでなかった時。冒険者でもなんでもない、何の準備もしていない人がバイブルミミックに襲われれば、ひとたまりもない」

「……」

 ぞくりと背筋が震える。

 話を聞いていたローナは、

「そんなやつ、あたしの剣で斬ってあげるわよ。どこにいるの?」

「それがわかれば苦労はしない。ミミックが本気で擬態をしたら、外見で見破るのは不可能だ」

「はぁ!? じゃあ、この書架から一冊の本を探し出せっていうわけ!?」

 当たり前だが、ここは図書館だ。何万冊という本が貯蔵されている。その中にいるミミックを探し出すなど、至難の業を通り越して不可能だ。

「……あの、チコさん」

 すると、リルアは真剣な目で、チコを見上げた。

「探索の魔法とかありませんか」

「た、探索? サーチですか?」

 魔法で魔物の有無を探索することは、冒険者でもままありうることだ。

 魔物がどこに潜んでいるか分かれば、ダンジョンでの危険性はぐっと低くなる。そのためサーチの魔法を使いたがる冒険者は多いがーー。

「サーチは、決して簡単な魔法ではありません。魔力で網を広げ、その中で魔物特有の波動をつかみ、反射してくるまで網を広げつづける必要があります。効果範囲、効果時間、魔物の波動だけをつかむという細かな調整を含めると、魔法専門の魔法使いですら使いこなせない」

 そう、魔法とは、なんでもありの技術ではない。

 サーチの魔法は、言うなれば池に石を投げ込み、その反射で存在の有無を判断するような魔法だ。

 だが、ダンジョン全体をーーこの場合は図書館をーーカバーするほどの、広い範囲に影響を及ぼしつつ、こちらから送り込んだ魔力の反射が返ってくるまで待たなければいけないという効果時間。それは、簡単なことではない。魔力を大きく消費する割に、得られるのは魔物が今どこにいるかという情報だけ。しかも、相手も動いてしまうので、今はそこにいたとしても、次の瞬間にはそこにいなかったりする。

 そのため、実践でサーチの魔法を使う冒険者は誰もいない。

 今回はミミックが相手なので、相手が動く心配こそないが、それでもこのフロア全体に魔力を行き渡らせ、しかもバイブルミミックのいる場所をピンポイントで当てるなど、普通ならば不可能だ。

 それでも。

「難しいことは分かります。でも、チコさんならできると思います」

「……」

「あの本に書かれていた術式。魔法をただ発動させるだけじゃなくて、いかに効率的に発動させるかってことを考えていました。チコさん、魔力が少ないんですよね? その魔力でも、他のエルフと同じことができるように、頑張ったんじゃないですか?」

「それは……」

「魔力の効率的な運用方法。チコさんは、誰より知っているはずです。だから、それだけ繊細な操作が必要なサーチだって、使いこなせるはずです」

 リルアのまっすぐな瞳。

 その瞳に、チコの中で何かが揺れる。

「でも、失敗するかもしれませんし、それに仮にできても、私の魔力だけじゃ……」

「なら、私たちが魔力を貸します! ね、シフル! ローナ!」

 リルアが言うと、

「……本当にそんなことができるなら」

「よくわからないけど、方法があるなら、やればいいんじゃない?」

 シフルたちも頷いてみせる。

 いよいよ逃げ場がなくなったチコは、はぁ、と嘆息した。

「じゃあ、一度だけですよ」

 そう前置きし、手の平を前に出した。

「三人とも、私の手に手を重ねてください」

 リルアたちが手を重ねたところで、チコは目を閉じる。

「始めます」

 まずは魔力を練り上げる。自分の魔力だけではぜんぜん足りないので、手の平を通じ、まずはリルアたちの魔力を感じとる。

 リルアの魔力は、陽光のようだ。明るく、暖かい。

 シフルの魔力は、逆に冷たい。だが、クールな中にも、一本芯の通った何かがある。

 ローナの魔力は、荒削りだ。あちこちに向かって好き勝手に伸びる雑草のよう。

 それらをまとめ、練り、自分の魔力と合わせて、精霊に渡す。

 口から漏れるのは、歌声。

 昔から、歌は好きだった。だからこそ、歌と精霊への祈りを合わせた、聖リズ語を作れたのかもしれない。

 そう、今もトールマンたちが使っている魔法の基礎は、チコが作ったものだ。

 誰よりも、構築文には詳しい。そんなチコだからこそ、他人の魔力を借りて術式を発動させるなどという離れ業が可能なのだ。

 効果範囲は、書架全域。効果時間は、反射がすべて戻るまで。

 必要な効果は、このフロアにいる、この四人以外の存在を見つけだすこと。

 自分という存在を核にして、チコは魔法を発動させる。

「サーチ」

 放たれた波動。

 それらは水面を走る波のように図書館の中に響き渡り、当たり、反射する。

「……ッ!」

 反応があった。第二書架、三段目のあたり。

 本当に反応があったことに驚きつつ、チコは目を開けると、まっすぐ書架を目指す。

 そこには、くすんだ黒色の背表紙を持つ本があった。

「その、黒い本……」

 チコが指した本に、ついて来たローナが剣を向ける。

「せいっ!」

 チコが剣を振るうと、それから逃げるように、本が飛び出してくる。

 バサバサと背表紙を蝶の羽根よろしく動かし、空を飛ぶ姿は、当然ながら本ではありえない。

「甘い!」

 だが、ただのミミックが、チート剣を持つローナにかなうはずもない。

 かわされた斬撃。かと思いきや、剣のきっさきから炎が生まれると、まっすぐミミックに襲いかかる。

 その炎は、他の本を一切傷つけることなく、ミミックだけを焼いた。

 数瞬の後、そこには魔物のいた痕跡など、欠片も残らなかった。

「ふう」

 ローナは息を吐き、剣を収める。

「まさか本当に魔物がいるなんて……。きっとあのハゲが持ち込んだんだわ!」

「おそらくはな。おおかた、お前を逆恨みしたんだろう。余計なことをするからだ」

「っ……。う、うるさいわね!!」

 騒ぐローナとシフルをしり目に、チコは一人、そっと胸をなでおろす。

 なんとか、うまくできた。

 すると、チコの手をそっと握る少女が一人。リルアだった。

「チコさん、やっぱり凄い魔法使いじゃないですか!」

「……え?」

「だって、私もシフルもローナも、ミミックの居場所なんて探しようがありませんでした! チコさんがいたからです!」

「それは……」

 否定しようとして、けれど否定する要素は欠片もなく、チコは力無く首を振った。

「それでも、私は落ちこぼれのエルフですから」

「それでも、あなたは偉大な魔法使いです」

「……」

 偉大な魔法使い。

 その言葉は、チコを再び過去に落とす。

 トールマンにとっては普通の言葉かもしれないが、エルフにとっての『偉大な魔法使い』とは、里の中で最も優秀な者のことを指す。それはすなわち、エルフの里での里長と同義だ。

 チコのことをかばってくれた彼女は、大人になると同時、偉大な魔法使いになった。里の者を率いる立場になったのだ。その事実に、無関係なチコでも、なんとなく誇らしくなったものだ。

 そんなある日。偉大な魔法使いと、彼女の補佐をしていたエルフとの会話を、偶然ながら耳にした。


『なんでチコをかばうのかって? だって、あたしの里で、外れ者なんて出せないじゃない。たとえできそこないのエルフだって』


 悔しかった。恥ずかしかった。だが、それ以上に、絶望した。

 親でさえ味方してくれなかったチコにとって、彼女は唯一の心の支えだった。けれど、それも体面を気にしただけの嘘だった。

 そのことを知ってしまったチコは、もうエルフの里にはいられなかった。逃げるように出奔し、持ち前の知識だけを使って、なんとか人里で職にありついた。

 皮肉にも、魔法の知識が、彼女を生きながらえさせたのだ。

 以来、チコは誰に対しても心を閉ざした。元より訳ありエルフともなれば、誰も寄りつきはしない。

 そうして、たった一人で生きてきた。それでいいと思っていた。

 だが。今、リルアから偉大な魔法使いと呼ばれ、里のことを思い出したのだ。

「……偉大な魔法使いか」

 自分ができそこないであることは、もはや覆せない事実だ。確かに自分には、魔力という最も必要な才能がない。

 だが。成果を生めるかどうかは、また別の問題だ。

 力があったところで、その使い方を知らなければ、宝の持ち腐れ。その点において、魔力の大小だけで人生が決まるエルフの里の、なんと下らないことか。

 生まれて初めて褒めてもらったチコは、少しだけ納得した。


 ーーただ、凄いねって、誰かに言ってもらいたかっただけなんだと。


 臆面もなくそんなことが言えるリルアに、チコは笑みを返す。

「ありがとう、リルアさん」

「え? なんでお礼?」

「私が、お礼を言いたいからですよ」

 他人は怖い。その心で何を考えているかなど、どんな魔法を使ったところで読めるものではない。

 けれど。リルアには、裏も表もない。それだけは、なんとなく分かっていた。

 どこまでもまっすぐな少女。

「リルアさん。また、魔法について分からなかったら、聞いてください。私に答えられることなら答えますから」

「うん! ありがとう!」

 にっこりと笑う、陽光のような少女。

 その笑顔に、チコは救われていた。

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