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控えめ司書エルフ④

 足早に歩くシフル。その後を追いながら、リルアは首をかしげる。

「ねえ、シフル。なんで急に変な空気してるの?」

「お前。エルフについて、何も知らないのか」

「エルフについて?」

 再び首をかしげるリルアに、シフルは説明する。

「エルフは、術式を使わない。エルフにとっての魔法は、魔力をそのまま使って物理法則を捩曲げることを言う。詠唱や核を必要とするのは脆弱、それがエルフの共通認識だ」

「え? でも、あの本は……」

「そうだ。あれは、トールマンのような、魔力量が少ない者が使う術式だ。本来のエルフになら不要のもの」

 エルフが使うはずのない術式について、造詣が深い。

「術式を使うことは、エルフにすれば二流以下の証だ。つまるところ、あの司書は、エルフの中でも落ちこぼれなんだろう。それなら、人里で司書なんてやっている理由も説明できる」

 普通のエルフは、森からあまり出てこない。

 それだけエルフという種族は、他の種族を下に見ているのだ。

「じゃあ、何よ。あのエルフ、自分たちの里から追い出されたってこと?」

 ローナの問い掛けに、シフルは頷く。

「自分では言えないだろう、そんなこと。それに、そんなことを口にすることすら失礼だ」

「まあ、そうね」

 対人関係についてまったくノースキルのローナすら肯定する。すると、リルアは足を止めた。

「リルア?」

「……なら、謝らなきゃ」

「何?」

 リルアははっきりと、

「なら、謝らないと! すごく大事なことなんでしょ!?」

「それはそうかもしれんが、謝罪はかえって逆効果で……」

「行ってくる!」

 シフルの話も聞かず、リルアは飛び出していた。突然の奇行に、シフルは舌打ちする。

「くそっ、あいつ人の話を聞かないのか!?」

「それだけまっすぐなやつなんでしょ。でも、フォローしに行った方がいいんじゃない?」

「言われずとも!」

 後を追いかけ、駆け出すシフルとローナ。

 夕風が、冷たくなってきていた。


☆ ★ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ★ ☆


「……」

 本を戻しながら、チコは昔のことを思い返していた。

 シフルの推測通り、チコは、里では落ちこぼれだった。生まれながらに魔力量が極端に少なかったチコは、エルフとしては当然の魔法がひとつも使えなかった。

 それをなんとか補おうと、考え出したものが術式。

 当時、術式などという考えはどこの種族にもなく、魔法はエルフの独自技術だった。結果的に、チコが考え出したいくつもの術式は、現在ではトールマンの使う魔法の基礎となっている。

 最初は、術式などというものを使わなければ魔法が使えないチコを、みんなは馬鹿にした。それは、言うなれば浮きを使って泳ぐようなもので、子供未満の恥ずかしい行いだった。

 それでもチコがエルフの里で生きていられたのは、理解者がいたからだ。

 同い年の親友だった。チコが馬鹿にされていると、すぐに出てきて、チコをかばってくれた。里の子供たちの中では、彼女はリーダー的な存在だった。

 だからこそ、チコは成人するまで、エルフの里にいられたのだ。

 きっかけさえなければ、チコは今も、彼女に守られながら里にいたに違いない。

「……ん?」

 物思いに耽っていると、ふと、見知らぬ影が通るのが見えた。

 公共の図書館なので、人がいること自体はおかしなことではない。とはいえ、公共の魔法書を使う者は、決して多くない。たいていの人は学校に通い、生活に必要な魔法はそこで学ぶ。専門の魔法使いならばむしろ学校にある学術書がメインで、こんなところにある魔法書を使う必要はない。

 つまるところ、ここに客が来たのは、リルアたちが久しぶりなのだ。それほどまでに人がいないフロアに、禿頭の男がいた気がした。

「なんだろう」

 気にかかったチコは、男がいた方に向かう。と、今度は階段の方から、どっかんと大きな音が響いた。

 慌てて見に行くと、禿頭の男とリルアが、互いに顔をしかめている。

「いたた……。あれ、あなた、この間、ローナと揉めてた?」

「ッ!? ひ、人違いであろう!」

 偉そうな声音。そうだ、商業大臣のズックだ。

「あの、大臣。何か御用ですか?」

 チコが問い掛けると、大臣は分かりやすいほどびくりと震える。

「いや、なんでもない。単に来る場所を間違えただけだ。これ、小娘。そこをどけ」

「あ、うん」

 リルアが場所を開けると、大臣はそそくさと下りていく。その様に、チコは首をかしげた。まるで、何かやましいことをしていたようなーー。

 リルアも首をかしげていたが、すぐに立ち直ると、チコに向き直った。

「あの、チコさん、ごめんなさい」

「え?」

「さっきの。言われたくないことだったんですね。私、ぜんぜん気付かなくて」

「あ、ああ」

 チコはようやくリルアの言いたいことを理解し、

「あの、気にしないでください。私が落ちこぼれなの、事実ですし」

「そんなことありません!」

 リルアは反射的に言っておきながら、すぐにしゅんとなる。

「あ、ご、ごめんなさい。でも、私、何も知りませんけど……。あの本、凄く分かりやすかったんです。それに、術式もちゃんとしているってシフルも言っていました。他人に教えるには、それだけ詳しくないとできません。ましてや、本を書くなんて」

「それは、暇なだけで。エルフは長生きですから」

「それでも、それだけ魔法に優れているチコさんが、落ちこぼれなんてことはありません。チコさんは、魔法のエキスパートです!」

 リルアの言葉に、チコは苦笑する。

「エルフにとって、術式を使わなければ発動しない魔法なんてのは、使えても何にもなりません。それしかできない時点で、やはり私は落ちこぼれなんです」

「エルフとしてはそうかもしれませんけど、でも、それは魔法使いであることを否定するって話じゃないはずです」

「魔法が使えない私は、魔法使いではありませんよ」

 そう言って、チコは力無く笑った。

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