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控えめ司書エルフ③

 翌日。リルアとシフルは、図書館の前でローナと待ち合わせた。

 とはいっても、今日は書架のあるフロアに行くわけではない。図書館の中庭に置かれたベンチに、三人とも並んで腰かける。

「ローナはまだ学術理論も読んでいないだろうが、一応、簡単な訓練をやってみようと思う。リルアは本を読んだのだから、魔法の基礎は理解したな?」

「うん。核と魔力、それに詠唱だね」

「その通り。エルフでもない我々が魔法を使うには、必ずその三つが必要だ。ひとつは核。魔法的な目印になるもので、これは魔力が通いやすい宝玉などがメインとなる。ローナは例の剣で十分だ」

「これね」

 ローナは腰に下げていた剣を引き抜く。きらりと輝く剣は、それそのものが力を放っている。

「リルアはこれを使え」

 シフルが取り出したのは、指輪だった。紫色の小さな宝石がはめ込まれている。

「魔力が通いやすい宝石をはめ込んだ指輪だ。まずは、それを核にして魔法を作る」

「はーい」

 リルアは素直に指輪をはめた。キラキラ輝く指輪を眺め、にへっと笑う。

「次に魔力だが、これは個人個人で、許容量が大きく違うから、それを計量する。リルア、手を貸せ」

 シフルはリルアの手を握ると、リルアの体に魔力を流し込む。

「ふむ。次にローナ」

「はい」

 ローナの手も握り、同じように魔力を流し込み、その反射を感じ取る。

 手を離したシフルは、

「だいたいわかった。リルアは随分と魔力量が多いな。ローナは普通程度といったところか」

「たぶん、昔っから身体強化しているからじゃないかな」

「リルア。身体強化って何よ」

 ローナが口を挟む。

「んーと、魔法未満の魔法っていうか。本当の魔法は、魔力を精霊に渡して、物理法則をねじ曲げてもらうことよね。例えるなら、お金を払って食材を料理して貰うって感じかな? 身体強化はそうじゃなくて、体に魔力を行き渡らせることなの」

「そうすると、強くなるの?」

「魔力が通った筋肉は、普通以上に活性化するの。だから私は、女でも剣を振るえるくらい力があるし、重い荷物も背負える。でも、魔力を精霊に渡しているわけじゃないから、厳密には魔法と違うわ」

「なるほどね。でも、それと魔力量が多いことって関係あるの?」

「魔力も体力も一緒よ。使えば増える。私は普段から魔力を使いっぱなしだから、量が多いんじゃないかなって」

「リルアの話は一理ある。普通は、そこまで許容量が多くなるほど身体強化はしないがな」

 シフルは鼻を鳴らしながら、

「身体強化は便利だが、魔力を消費するということは、普通以上に疲れるということだ。普通に生活する分にはそこまで身体能力を上昇させる必要はないから、誰もしない。言うなれば、日常生活で鎧を着込んでいるようなものだ」

「普段から筋トレしてるってことね。どういう家庭よ」

「おばあちゃんが、身体強化は常にしとけって」

 ドラゴンすら剣で倒してしまう女性を基準に考えるのは、割と無理があるのかもしれない。

「まあ、そこらはともかく。魔力があるなら、問題はない。それなら、最初は自分の中に流れる魔力をコントロールするところからだ。リルア、右手に魔力を集めてみろ」

「こう?」

 ぽう、とリルアの右手がほんのり暖かくなったような錯覚。

 トールマンに限ったことではないが、魔力というのは全身を巡っている。それを意図的に、特定の部位に集中させるのは、意外と難しい。

 普段から魔力を消費しているリルアだからこそ、こんなにも簡単に使えるのだ。

「そうだ。次は詠唱で、効果範囲や時間、効果の内容なんかを決める。昨日の本に基本の構文が載っていただろう? そのままでいい、読んでみろ」

「はーい!」

 本を取り出し、その内容をそのまま読み上げるリルア。

 精霊の世界で通じる言語は、人間世界の言語とは異なる『聖リズ語』と呼ばれるものだ。

 風に流れる歌。音、と言うべきかもしれない。

 それこそが精霊に通じる言語。魔法の詠唱だ。

「ライト!!」

 魔法の効果を決める、名前の詠唱。それをもって、術式は完成する。

 リルアの手が、わずかに輝いたーーような気がした次の瞬間には、もう光は消えていた。

「えー! 短すぎない!?」

「込めた魔力量と、その変換がうまくいっていない証拠だ。つまりは、精霊と意思疎通ができていない」

「むう。ちゃんと構文通りにやってるはずなんだけど……」

「構文が合っていても、発音や練り上げている魔力量で効果は変わる。そのあたりを学習しないと、使える魔法にはならないぞ」

「はーい。ねえ、ローナも一緒にやろ!」

「あたしは構文てのもわかんないけど」

「同じような音を出せれば、ライトは使えるはずだから! ほら、一緒に!」

 リルアが歌うと、その歌を真似るように、ローナも歌い出す。

 二人分の歌が、風に乗っていく。


☆ ★ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ★ ☆


 魔法の練習をする三人。

 そんな三人を、少し離れた草木のかげから見つめる男が一人。

「いたな、あの小娘め……!」

 商業大臣であるズック・オーバルだった。

 親の代から王家に仕える生粋の官僚貴族で、仕事だけなら可もなく不可もない男ではある。

 だが、その性格は最低最悪で、評判は非常に悪い。若い侍女にはすぐ手を出そうとするし、権力を振りかざすような行動も珍しくない。

 きわめつけは、とてもねちっこい性分で、彼のプライドを傷つけようものなら、とにかく付け狙われてしまう。

 役人ならば解雇で済む話なのだが、彼の視線が向く先にいる三人は、いずれも商業大臣の権力から外れたところにいた。

 彼のプライドをずたずたにした少女ローナは、職業上、冒険者見習い。商人ギルドに圧力をかけられるズックであっても、冒険者ギルドには圧力をかけられない。

 仲間(とズックが思い込んでいる)のリルアもまた、同じく冒険者見習い。シスターのシフルは、宗教家だ。精霊教会は、王家と別に独立した組織。そこに所属するシフルには、王家側のズックでは何もできない。

 つまるところ、ズックはローナにも、その仲間であるリルアたちにも、何もできないのだ。

「図書室……。魔法の習得か。なるほどな」

 その様を見ていた大臣は、ふと思いつく。

「あいつらが利用している図書室で事件が起きれば……」

 魔法関連の図書が並ぶ書架は、決して利用者が多いエリアではない。

 そこで何か事件が起きれば、容疑者はおのずと直近の利用者ーー彼女たち三人に絞り込まれるだろう。

「よしよし」

 大臣はそそくさと木陰から出ていく。

 向かう先は、表向きには存在しないことになっている、闇商人のギルドだ。


☆ ★ ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ ★ ☆


 夕刻。

 エルフのチコがいつも通りカウンターの前に座っていると、昨日の客が今日も来た。

「へ、返却です……」

 本を差し出してきた少女は、何故だか妙に疲れている。その隣にいる剣士の少女も同様、シスターだけが元気そうだ。

「はい、確かに。あの、何かありました?」

 気になったチコが問い掛けると、リルアは元気のない顔で手を振り、

「な、なんでもないの。ちょっと、魔法の練習で……」

「魔法の? ああ、そういうことでしたか」

 魔法の練習というのは、実は体力勝負だ。

 世間のイメージでは魔法使いなど剣士ほど体力がないと思われがちだが、魔法を使うには、気力をかなり消耗する。それらを生み出すのは体力、すなわち体が資本であることに変わりはないのだ。

「あの、この本、すごく役立ちました。ありがとうございます」

「いえ。私は選んだだけですので」

「え? 書いたの、チコさんですよね?」

「……ッ!?」

 驚愕に目を見開いたのは二人。チコとシフルだ。

「エルフが、魔術理論を?」

「……あの、どこで分かりました?」

 チコは肯定しなかったが、それは頷いているも同然だった。

 リルアはあっけらかんと、

「だって、昨日貸し出しの時にメモしていた筆跡と、この本の筆跡、同じですもん。優しい字体」

「筆跡で……?」

 あっさりと言うが、あっさり言えるほど簡単なことではない。貸し出しの時に書いたメモなど高が知れる。本の方は確かに手書きだが、それにしたって、メモの筆跡と比べるなど簡単なことではない。

「だから、凄いなって。頭も良くて美人で、しかも魔法に詳しい!」

「……」

 純粋に尊敬の眼差しを向けるリルアに対し、シフルの目には含みがある。

 その視線の意味を理解できているチコは、けれど、それについて説明するつもりはない。

「あの。本、確かに受け取りました。必要なら、またお貸ししますので」

 それは、言外に立ち去ることを促していた。

「おい、リルア。ローナも」

 シフルに引っ張られ、リルアとローナもついて行く。

 三人が立ち去った後も、チコは胸の動悸がおさまらなかった。

「……そんなことで、見破れる人がいるなんて」

 自分で書いた本の背表紙を撫でながら、チコはぽつりとこぼした。

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