控えめ司書エルフ②
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~前文~
魔法は誰にでも使える技術です。
魔力を用い、現実の法則を少しだけねじ曲げる。それだけの技術ですが、そのために乗り越えなければいけない壁はいくつか存在します。
壁のほとんどは、魔力量が足りていないことに起因します。大きく法則をねじ曲げるほど、大きく魔力を必要とする。これは、感覚的にご理解いただけると思います。
わたしは、はっきり申し上げれば、魔力量に関しては最低の規模。家族と比べても最低の、落ちこぼれでした。
ゆえにこそ、多くの技術を考えました。どんな簡単な現象も、あえて技術を用いることで、より効率的に運用できるように作り替えました。
この書には、わたしが考えたいくつかの術式と、その術式を形作る基本の体系について記してあります。
どうか、いつの日か。わたしのような、落ちこぼれの魔法使いが、壁を突破するための糸口になればと思い、筆を取っております。
では、めくるめく魔法の世界へ。あなたをご案内しましょう。
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月光が差し込む教会の2階部屋。
リルアの居室で、魔法光のランタンを点しながら、リルアは本を読み耽っていた。
書き物机に向かい、本を開く。
一日かけて本を半分ほど読み終えたリルアは、司書のエルフに頼み、本を一晩だけ借りることにした。
それほど危険なことは書かれていないので、ということを理由に、司書も本の貸出を許可してくれた。教会に戻ったリルアは、夕食の後も、ずっと読み耽っている。
本に書かれている通り、魔法というのは、魔力さえあれば誰でも使うことができる、ひとつの技術だ。
トールマンであるリルアは決して魔力量の多い種族ではないが、それでも普段から、祖母に習った身体強化の魔法を自然と発動している。
だが、身体に染み付いた動きだけで発動している身体強化と違い、本気の魔法を使おうと思えば、術式に対する理解は必要不可欠だ。
その点において、この書物は非常にわかりやすく書かれていた。
「ふうん……」
魔法は、精霊の力を借りて発動する。
魔力を使って物理法則をねじ曲げるだけであれば、精霊の存在は必要ない。だが、足りない魔力で何かを起こそうと考えれば、魔力を別の力に変換する必要があるのだ。
人類は、魔力を使って石を動かすことはできても、魔力を変換して石を弾く衝撃波は作れない。
より大きな石を動かそうと考えたら、魔力を一度精霊に渡し、どういう風に変換して欲しいかの指示を出さなければいけない。
そのために必要なのが三つ。『魔力』『核』『詠唱』だ。
魔力はそのまま、精霊に渡して、現象を引き起こすための燃料。
核は、精霊がこの世界で現象を起こすための目印。
そして、何より大事なのは詠唱。どこで、どのような現象を、どの程度の規模で起こせばいいのか。これを具体的に指示することが求められる。
ところが、トールマンとドワーフで会話してもうまく会話にならないように、種族が違うと考え方が違いすぎて、意図の齟齬が生まれることが少なくない。
なるべく正確な現象を引き出したいなら、精霊の考え方に寄り添った詠唱をすべき。それが、この書物に書かれていることだった。
「精霊の考え方、か」
種族が違えば考え方が違う。そんなの、当たり前のことだ。だが、言われてみなければ、あんまり考えないことでもある。
自分にとっての当たり前は、他人にとっての当たり前ではない。それは、言われてみないと気づけないことだ。
そういう考え方の人が書いたこの本は、リルアにとって面白く、その内容はすんなりと自分の中に染み込んできた。
「ちょっと、って言っても、私とおばあちゃんじゃ違ったもんね」
同じトールマン同士でも、ニュアンスの違いは生まれる。ましてや、異種族なのだ。
精霊は、精霊界に住まうと言われる。人の目で見ることはできず、魔力を糧にして生きているとか。
そんな彼らの考え方など、人間とは違うだろう。だからこそと言うべきか、魔法の詠唱というのは、非常に細やかで難解らしい。
「よしっ。頑張ろ!」
本を閉じ、リルアは拳をぎゅっと握った。
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シフルが酒場の扉を開けると、そこそこに賑わっていた。
リルアが本を読んで勉強している間、自分にできることは何もない。そこで、軽く食事をしつつ、リルアの分も食事を用意しておいてやろうと、わざわざ酒場を訪れたのだ。
カウンター席と、テーブル席がいくつか。全体的にこじんまりとした店内ではあるが、アットホームな雰囲気が売りの大衆酒場で、若く金のない者を中心に人気がある。
「あ、シスター」
空いている席を探していると、馴染みの店員が寄ってきた。スカートの下から細長い尻尾を伸ばしている彼女は、サキュバスと呼ばれる種族だ。
「定食と、それに一人前の弁当を頼む」
「あいあい。母さーん、定食いっちょー、それに持ち帰りでいっちょー」
「あいよ!!」
厨房の方からおかみさんの威勢が飛んでくる。
シフルは適当なカウンター席に腰を落ち着けようとして、ふと、見知った顔が店内にいることに気がついた。
向こうもこちらの存在に気づき、顔を上げる。
「あら、シフル」
「ローナ・クオンか……」
超絶わがまま娘のローナ。シフル自身、面倒ごとはなるたけ避けるように生きてきた関係で、彼女と直接絡む日が来るとは思っていなかった。
先日のリルアが首を突っ込んだ一件さえなければ、今も変わらず無関係のままであっただろう。
「空いてるわよ、ここ」
ローナはテーブル席に座っていた。とはいえ一人きり、目の前の席は当然ながら空いている。
このまま無視するのも感じが悪い。仕方なし、シフルはローナの対面に座った。
「今日はリルアと一緒じゃないの?」
「あいつなら家で勉強中だ」
「勉強?」
「魔法だ。とはいっても、簡単なものだが」
「ふうん。あいつ、勉強とかちょー苦手そうな顔してたけど」
「その点はわたしも意外だった」
確かに彼女は、どう見ても真面目に勉強するというタイプではなく、どちらかというと感覚で生きながら野原を駆け回るタイプ。ありていに言えば、犬っぽい。
そんな彼女が、素直に本を読み、勉強をするなどとは思ってもみなかったのだ。
「ま、覚えて悪いスキルじゃないんでしょ、魔法って?」
「もちろんだ。……お前は使えないのか?」
「必要ないもの。あたしはこの剣があれば、魔法っぽいことはなんでも出来るし」
ローナは腰の剣に触れる。
彼女の持つ神の剣は、確かにそれそのものがひとつの魔法みたいなものだ。
一般的な魔法に必要な、魔力がどうこう核がどうこうなどという次元にすら収まらない。そんな彼女に、魔法のスキルなど不要と言えば不要だ。
「けど、そうね。リルアが覚えようとしているのなら、あたしもやってみようかしら」
「……どういう風の吹き回しだ」
「何よそれ。あんたたちが言ったんでしょう? 自分の力でやらなきゃ冒険者じゃないって」
ふん、と鼻を鳴らし、ローナは続ける。
「あたしも、少しは真面目に冒険者をしてみようかなって思っただけよ。リルアだってイチから学ぼうとしているのなら、あたしだって十分にできるんでしょう?」
「まあ、明かりくらいの簡単な魔法なら習得できると思うが」
「それで十分よ」
そう言って、ローナはワインを口に含む。
ちょうどその時、店員が食事を運んできたので、会話が中断された。
「あいあーい。シスターはパンとスープ、サラダ、それに今日はハラホロ鳥のグリルね! それとローナにはチーズの盛り合わせ!」
とんとん、とテーブルの上に料理が並んでいく。
「じゃあごゆっくりー。お弁当は帰りに渡すね」
サキュバスの店員が立ち去ると、シフルは食事を始める。
「……? あんた、神様のお祈りとかしないの? シスターなのに」
「神様なんて何一つ助けてくれないやつに祈って、何になるんだ」
「あんた本当に、なんでシスターやってるのよ」
「色々あるんだ」
そう言いながら、シスターはパンをかじる。
「ま、いいけど。あ、パンひとつちょうだい。チーズあげるから。乗っけると美味しいのよ」
「贅沢だな。……ん、でも悪くない」
「でしょー」
人懐っこい笑みを浮かべるローナ。
シフルはそんな彼女を眺めながら、これが本当のローナなんだろうか、などと考えていた。




