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暗闇に色を探す  作者: 此道一歩
第二章  渡秀一の懐刀と言われた男
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堕ちて行く者、留まる者

 会議室には、四名の取締役と、二名の部長が呼ばれた。もちろん七名の内、残りの一名は彩であった。

 四名の取締役は、皆一様に、ケリが着いたのなら辞職させて欲しいと願い出た。

 彼らは、先代の社長から大事にされた者達で、この度の件でも、心を痛めてはいたが、何の役にも立てなかったことを恥じていた。

 それでも一票が役に立つことがあるかもしれないと思い、生き恥をさらしてきたのであった。


 まず、専務が会議室に呼ばれた。

 窓側には、中央に亜紀子、その両サイドに信樹と玲子、さらにその外側に4人の取締役と3人の部長が座っていた。

 窓側十人に対して、入り口側は専務ただ一人、まるで被告席さながらの演出に、彼は部屋へ入るなり

「なんですか、これは! まるで犯人扱いですなあ……」と呆れたように言葉を吐き捨てた。

「お座り下さい」亜紀子が静かに着座を求めると、石川専務は、やや、ふてくされたように腰を下ろした。

「専務、この度の乗っ取りに関する案件では、背任行為に加え情報漏えい、刑事処罰もやむを得ないと考えています。何か、ご存知のことがあれば、お話しいただけますか?」

「私は何も知りませんよ。中田議員が、積極的にアプローチしてきましたが、私は表面上、取り繕っていただけで、私は、社長が解任されれば、自分自身も辞職するつもりでしたから……」

「そうですか。それはありがとうございます」亜紀子はあくまでも機械的に話した。

「彼らが、何を言ったか知りませんが、窓際に押しやられた役員たちですからなー」

 前方、両サイドに座っている4人の役員と3人の部長を指さしながら蔑むように専務は言葉を吐き捨てた。

「そうですか。私どもは、この案件に関わった9名の方の氏名と、それぞれの方が実行された背任行為、情報漏えい、全てを高田精機より報告いただいております。知り合いに相談いたしましたら、刑事事件として立件できるとのことですので、明日中に、この9名の方の辞職願がそろわない場合、警察へ届け出ることといたしております」

 信樹が冷たく言い放つ。

「なお、専務と常務につきましては、もし心当たりがあれば、本日、5時までに辞表をご提出ください」

「私は…」懸命に平静を装うように専務が話し始めたが、すぐに信樹に遮られた。

「くれぐれも、判断を誤ることのないよう、忠告申し上げておきます」

「私は…」専務は身体を硬直させ、少し震え始めていた。

「以上です。お引き取り下さい」

 動かない専務に向って

「お引き取り下さい!」と強く重ねたが

 専務はしつこく食い下がる。

「どっ、どうすれば見逃してもらえる。私がいるから内との関係を維持している企業だってあるんだ。私がいなくなれば、会社だって不利益を被るぞ!」

 専務は最後の力を振り絞った。

「まさか、そんな企業はないでしょう」信樹が少し驚いたように言う。

「何を言ってるんだ、青井工業の島専務にしても、垣内商事の山田常務にしても、私がいるから、内との契約が成り立っているんだ。私がいなくなれば、この二社は、絶対に内から手をひくぞ、それでもいいのかっ!」

 石川専務は、信樹の少し驚いた様子に意を強くしたのか、少し笑みを浮かべて強気で発言した。

 冷静であれば、他企業の役員の名前など口にするべきでないことはわかっていたはずであるが、崖っぷちに立たされていた彼は我を失っていた。


「彩さん、青井工業については会長に、それから垣内商事については社長に、今回の当社の事情を説明したうえで、それぞれの役員の方に贈収賄の疑いがあることお知らせください」

「はい」

「どちらも西藤信の名前を使えば、すぐに取り次いでくれるはずです」

 信樹は涼しい顔して彼女に依頼した。


「わかりました」彩は、石川の方をちらっと見て答えた。

「ちょっと待てっ、関係ないだろっ! 彼らは何の関係もない、いい加減にしろっ!」石川専務は慌てふためいた。

「関係があるかないかは、あちらで調べられると思います。こちらは情報を提供するだけです」

「お前はなんてやつだ、やることが汚いじゃないか!」

 石川はすごい形相で信樹をにらみつけたが

「あなたにそんなにお褒めいただくと、恥ずかしくなりますよ」

 信樹はあざ笑うように返した。

「……」石川は、(はらわた)が煮えくり返るような思いであったが、返す言葉もなく俯いたまま歯ぎしりをして顔を真っ赤にしていた。

「話しを戻しますが、あなたに残された道は二つです。辞職願を出されるか、刑事事件として取り調べを受けられるか。この二つだけです。今日は、忙しいので、もうお引き取り下さい。それから、辞職願は、印鑑証明を添付の上、実印でお願いします。ご苦労様でした」

 彼はうなだれたまま、魂の抜け殻のようになって部屋を出て行った。


 次に入ってきたのは常務の川田であった。

 彼は入ってくるなり、突然頭を下げた。

「すみませんでした。私は社長という座に目がくらんでしまいました。我を見失ってしまいました。お恥ずかしい限りです。先代にはあんなに大事にしていただいたのに、とんでもないことをしてしまいました。本日付で辞表を提出いたします。ほんとに申しわけありませんでした」

「どうしてこんなことになったのですか、理由を説明してくれませんか?」

 深々と頭を下げる川田常務にむかって亜紀子が静かに尋ねた。

「はい…… 最初は、先代に恩返しをしなければ、そう思ったんです。しかしこれまで専務の悪い噂をたくさん聞いていたので、彼が社長になったら大変なことになる、そう思って私がやらなければと思ったんです。でも専務と争っていくうちに、大義を見失ってしまい、社長の座への執着だけが残ってしまって、そこへ中田議員やら、いろいろな人が動き出して、もうわけがわからなくなってしまいました。お恥ずかしい話しです。笑って下さい」

「そのほかで常務は何か知っていることがありますか?」信樹が静かに尋ねた。

「いいえ、そのほかは誰が何をしていたのか、私には全く分りません。ただ青井工業の島専務から、現金と菓子が届けられたことがあります。菓子はいただきましたが、さすがに現金はお返ししました」

「現金はお返しになったんですか…… 」信樹が不審そうに尋ねると、

「そりゃー、現金はもらえないでしょう、収賄になるじゃないですか!」

 高田精機からの資料を見ても、常務が情報を漏らしているものは一つもなかった。

 加えて彩から、常務が不当な利益を得ているとは思えないのですが、という話も聞いていた。

 信樹は、確かにそのとおりなのだろう、そう思った。それを確かめるために彼は、

「あなたについては不当な利益を得ていないことが分かっています。今回のことは、むしろ専務に対する正義感から始まったことで、ちょっとしたボタンの掛け違いによってここまで来てしまったのだろうと考えています。ですから、引き続き残っていただいて社長を支えてやっていただけないでしょうか」と誘いをかけた。

 しかしこれは彼の本心ではなかった。

「とんでもないです。こんなことになってしまって、これ以上生き恥をさらすのはご容赦下さい。今日付で辞職させていただいて、今後は外から少しでもお手伝いできることがあれば償いのつもりで協力させて頂きます。お嬢さん、ほんとに申し訳ありませんでした」

「そうですか、また力をお借りすることがあるやもしれません。その時はよろしくお願いします」

「はい、もちろんです。なんでもおっしゃって下さい。それでは失礼します」

 常務は深々と一礼すると静かに去っていった。


「彼は、恐らく不当な利益は得ていないのでしょうね。それだけに残念ですよね。ある意味、彼も被害者だったのかもしれませんが、でも結果として、彼は野心に負けてしまったのだからしかたないですよね」

 9名全員への話が済んだのは、四時前であったが、それにも関わらず、五時までに全員の辞職願が提出された。

 辞職願を提出した九名のうち、常務の系列にあるもの三名を除いた残りの六人は退職金の何倍にも及ぶ利を得ていたので、潔く諦めることができた。

 ここからは余生をゆっくりと楽しんでいこう、皆一様に辞職願を提出したことで全て済んだと思って、ある意味、安心していた。


 でも、そこに信樹の第二の矢が放たれることを、誰も想像してはいなかった。

 柴藤が心配していた『終わったと思って安心したところに、地雷が埋められている』とはまさにこの第二の矢のことであった。


「でも、これでご赦免て言うのも、何かすっきりしませんよね。会社の利益をむさぼりつくしておいて、彼らが老後を安気に過ごしていくのかと思ったら悔しいですよね。少なくとも六人の者は、不当な利益を得ていますよね」

 取締役の一人が呟くように言うと

「いえいえ、安気には暮らさせませんよ」

「えっ」

「今回の乗っ取りに関する案件については、辞職願を提出してきたんですから、これ以上攻め立てることはしませんが、そのことと、これまで会社を食いものにしてきたことは別ものですよ。これについては、今後、個人あてに賠償請求をしていきますよ。仮に個人破産したとしても、会社の受けた損失は徹底的に追及していきますよ」

「信樹さん、そこまでしなくても……」玲子が心配そうに語ると、

「お義母さんは、本当に優しい人ですね。義理とはいえ、息子としてうれしいです。でも、関わった以上、ここまでやるのが私の仕事です。それに値するだけのことを彼らはやっているんですよ。恐らく、彼らのために煮え湯を飲まされ、会社を去った者、すみへ追いやられた者、数知れないと思いますよ。その人達の、やり場のない悔しさ、情けなさ、腹立たしさ、元へ戻せるものは、できるだけ元へ戻すとしても、それがかなわない人がいるかもしれない。それらを全て受けて、前へ進んでいくのはあなた方ですよ。そうした人達の思いに応えずに、前へ進むことはできないと思いますよ。だから、明日の高坂グループのために、ここは正当に、徹底的にいきますよ!」

 説得力のある信樹の言葉に、皆、一様に頷いた。

「それから、彩さん、申し訳ないですが、中田が来ても絶対に取り次がないように、受付へ指示していただけますか?」

「わかりました」

「場合によっては、ガードマンにつまみ出させてもかまいません」

「はい、そうですよね、あの男こそ、徹底的につぶしておかないと、何をするかわかりませんよね」

「おっしゃる通りです。ただ、次の民自党の公認は取れないと思いますよ」

「えっ、そうなんですか」

「幹事長はおそらく公認はしないと思いますよ。賢い人ですから」彼が微笑みながら言うと

「あなたは、すごい人だったんですね。よく亜紀子と一緒になって下さいましたねー、感謝あるのみです」玲子がうれしそうに話す。

「私もうれしい、会社が助かったこともあるが、お嬢さんが、こんな立派な方と一緒になっていたんだと思うとそれがうれしい。社長の座に祭り上げられて、専務や常務の身勝手に振り回されて、それでも、私は何もできずに情けなかった。結婚も諦めて、会社のために、ほんとに気の毒だった。それが信樹さんみたいな立派な方と一緒になって、こんなうれしいことはないです。信樹さん、ほんとにありがとう。ありがとう」

 中井取締役が涙ながらに話し始めると、他の者達も同じ思いだったのか、皆、涙を流し始めた。


 専務、常務を含め六人と取締役と、三人の部長の後任人事が、彩の采配で直ちに実行された。大至急に臨時の株主総会が招集され、新たな役員も選任された。

亜紀子を支えようとしていた四人の取締役は既に六十歳を超えており、彩を除く二人の部長も六十歳前であった。

 加えて、彼らは、社長を本当に支えることができるのは高取彩だけである、彼女をそう評価していた。

だから、誰もが彩が専務取締役として、今後を仕切っていくべきだと考えていた。

この人達は、若いから、女だから、そうした偏見を抜きにして、人を評価することができる者達であった。

 また皆が固く辞退したため、常務の席は空席となった。


「彩さん、専務の座は一年と思って下さい」

 皆が驚いた。

「一年後には、亜紀子は引退させます。と言うよりは引退したいと思っているはずです。そもそも、先代の意思を継いで、これまでやってきたことを大事にして、先代が描いた将来の姿を目指してくれる方がいたら、彼女は社長になる必要はなかったわけです。専務、常務が私利私欲に走る中で、()められなくなっただけなんです。だから、一年後にはあなたが引き継いで下さい。その間に、新体制を検討して下さい」

「とんでもないです。私なんかに務まるわけがないです」

 彼女は懸命に顔の前で手を振って否定した。

「あなたなら大丈夫、我々も全面的にバックアップしますから。それに、彼女を、もう開放してやって下さい。これ以上はかわいそうです」

 亜紀子は、これまで懸命に走ってきた中で、積もり積もっていた思いが一気にあふれ出し、目頭が熱くなるのをどうすることもできなかった。

「君しかいないよ。頑張りなさい」他の者からも励ましの言葉が続いた。


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