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針②

 もう誰も触れることの無い肌に特殊な樹脂を塗っていく。

 皮膚の大半を脱がされ、身体の隅々まであらわになった彼女は悪趣味なスポンサーの依頼どおり、顔の4分の3と片方の乳房、そして下半身の2割が肌を着たままだ。いっそすべて脱がして筋肉の繊維を全面に出してやればいいものを、これでは美術や学術の価値などより男達の欲求に答えた“フィギュア”に過ぎないではないか。


 私は彼女の丸いサーモンピンクに目をつぶってハケで合成樹脂を塗ると、彼女の背後にまわって、まだ腐っていない生々しい臓器を眺めた。


 人体標本。誰がこんなものを好き好んでみるのか、変体の私からみても変体だが、世界には本当にどうしようもないド変体がいるのだ。

 そしてその変体クソ野郎は、社会的成功を収めた資本主義の権化にして神でもある。


 プラスティネーション。剥製やホルマリン漬けに代わる、新しい標本の作製技術で土に入ることを許されなくなった彼女はこれから英国の美術館に行くという、それからどうなるかはわからないが、最終的には出資者である世界一のお金持ちの家にいくことは間違いないそうだ。

 

 人の死体を自らの生活圏に置く、いったいそれは人のいかなる心境があって可能なのだろうか、私には理解出来ない。故人の面識や関わりがあるでもなく、ただ可能であったから、そして彼女がまだ若く美しい容姿をしていて、死体の破損状況が変体野郎の倒錯的価値観の許容する範囲であったからなどという人の尊厳はこの世に存在しないと私が確信するには十二分な理由でもって成し遂げられた。

 

「クソめ」

 

 のりすぎた合成樹脂を、固まった後に切り飛ばすため、作業代にはハケやその他の道具にまじってナイフが置いてある。これを彼女の顔に突き立てたらどうなるだろうか、彼女にも普通の人同様静かな死後が与えられるだろうか、それともすでに商品としての価値がつき始めた彼女は、傷すらアクセサリーとしてプロデュースされるのだろうか。


 私の小さな毒づきは誰に見咎められるでもなく、作業は滞りなく終了した。


 彼女は私の妻になるはずだった人、私は彼女の唯一の身内ということで日本人で唯一このプロジェクトに参加が許された。

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