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転生したら刀でした②

 目覚めるとそこは暗闇の中だった。


 記憶はおぼろげだ、境内まで登ったことは間違いない。そこで俺は何かと話したような気がする。


 そんな馬鹿な、あそこで誰と話すって?

 毎年俺一人だけが参拝している神社だ。先客でもいたのか?


 いやいない。そうだ、いない。

 では何だ? 電話か? いや、スマホなら下に置いてきた、つまり電話ではない。


 というか。

 というかだよ、暗闇にしても何も見えなさ過ぎる。俺は目を開いている。

 開いて……いるよな?


 手で顔を触ろうとする。


 手、――なくね?


 パニックを起こしそうになる。足もない。腹もない。背骨も、首もない。身体の何処だって動かせそうにない。いや、身体が無い。なんだ? なんだ俺は? 幽霊か? それならばこの無明も納得。


 無明の上、無音の世界だ。感触のない、無感の世界だ。

 感触や感覚は無いくせに。物事を感じ取ることだけは出来る。


 俺は今、猛烈に寂しい。寂しいという感情が濁流のように俺を押し流すことで恐怖や混乱といった感情がどこかへ行ってしまう。


 やめろ。やめてくれ、その恐怖と混乱を俺に返してくれ。

 俺を冷静にさせないでくれ。

 俺を、俺を狂わせてくれ。

 無明で無音で感覚がないだなんて、俺はきっと狂ったのだろう?


 ならば正しく狂わせてくれ、痴呆のように極楽へと俺を導いてくれ。


 世界の何処とも切り離されたような孤独。

 この無の地獄を永遠にいくのかと考えると、生前のありとあらゆることが輝いて見える。

 辛いことや悲しいことだってあった。沢山あった。けれどもそれが人間らしい生き方だと思った。俺という奴はそれなりに人生を歩んできたのだなと思った。

 そう思うと、俺という物が途端に愛しく思える。


 地獄の中で見つけた自己愛。ますます孤独。


 いいじゃないか、孤独であっても己を愛せないものは、誰かを愛することが出来やしない。



 ――『ざけんな。このような身で誰を愛するというのだ』


「おん? おさき、何か申したか?」


「いいえ何も? 御前さんこれから出立で?」


 ――瞬間。光りが俺を包む。カビと土の臭い。あまり綺麗とはいえない板張りの床に転がされた日本刀。

 男の細い腕が(さや)をつかみ、腹に巻いた帯へと()く。


 男の、俺の目に映るのは同じように痩せた女だ。化粧はなく、顔は疲れている。

 が、元はかなりの器量良しなのだろう。目鼻立ちのはっきりした美人さんだ。


 なんだ? え? この女は誰だ? ここは何処だ? というか俺身体があったのか? 


 俺は男の身体を動かそうとしてみる。まずは顔だ。手で顔を触ろうとする。


『だめだ……動かない』


「んー?」


 男が鯉口(こいくち)、鞘の口の部分に左手をそえて、あたりを見回す。


「どうしたんだい御前(おまえ)さん」


「しっ。おさき静かに。誰かがいる」


 男の気炎(きえん)、炎のように燃え上がる殺気が俺に伝わる。おさきというのだろう、この女を害する者があれば誰であろうと叩き斬る。

 凄まじい殺気だ。

 

 なんと――心地良い。


「御前さんお疲れなのさ、今日はやはりおよしになったほうが」


「いや、此度(こたび)の道場は足軽でも門弟に入れてくださるともっぱらの噂、俺の学がないばかりにお前に苦労ばかりかける。戦働きする機会の少ない今、どこかの道場に入り、名を上げるが剣士としての本懐。おさきよ。欲を持て、旦那の出世を願うがよい」


「私は今の暮らしのままで構いせぬ。六左衛門様は優しいお人、その優しさに私は心を救われました。これ以上何かを望むというのは私のような町娘には出すぎた想い、きっと(ばち)が当たります」


 男が鯉口から手を離す。

 するとそれまで明瞭(めいりょう)であった視界が歪になり、音もいくらか(こも)ったようになる。


 俺はいくらか解ってきた。


「罰なぞ当たるものか、お前のような器量良し、性格良しに貧しい暮らしをさせている俺こそ罰当たりだ。俺は男を上げる。名を売る。どこまで出来るかわからぬが立身出世を目指す。多少優しかろうが、そこいらの男子とさしてかわらぬ野望が俺にだってある。すまんなおさき、女心の解らぬダメ亭主で。また留守を頼む」


 そう言って男は雪駄(せった)(サンダルのようなもの)を履き、戸を開ける。


 家の外は田や畑の広がる田舎の光景だ。田植え前なのだろう、水を張った田んぼは光を照り返し、美しくきらめく。


 きらめきの中の細い道を、男はまっすぐ歩く。

 車の無いこの時代、道の幅はこの程度で十分だったのだろう。今とよんでいいのか、俺の元いた時代でも田舎に行けばこういう道があるはずだ。


 田んぼの区画が終わり、山道にある湧き水で男が喉を潤した時、俺は声をかけることにした。


『御仁』

 肺も声帯もないが、できるだけ落ち着いた声を出すようにつとめた。俺はこの男と仲良くならねばならない。


何奴(なにやつ)


 ひと気の無い場所ではあるが、男は鯉口に手をそえるばかりで抜く気配はない。俺は男が気に入り始めていた。


『御仁、驚かせてしまって大変申し訳ない。俺は刀。御仁が佩いておる大小のうちの大きな方である』


 男が俺を見る。

 そうだ俺だ、この刀こそが俺だ。


 (さや)()(つか)(つば)も全てが俺だ。

 手も足もないが、身体はある。

 この鋼と木と革で出来ているのが俺だ。


 俺は日本刀になっていた。


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