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転生したら刀でした①

【あらすじ】

俺が転生したのは異世界ではなく、戦国時代の日本。

それも人間ではなく下級武士、平田六左衛門のもつ刀。出涸らし丸として転生した。自力では手も足も動かせず、六左衛門が触れねば、見ることも聞くこともできない。

 六左衛門の目や耳を通してみる世界は、みすぼらしく辛い日々だった。下級武士の貧乏六男、髷も結わず、農民に混じって田畑を耕すも暮らしは貧しいばかり。妻のおさきは、そんな六左衛門に文句の一つも言わず、内職で家庭を支えた。

 俺は、こんな男に妻がいることも驚いたが、下級武士の持つ刀である自身がかなりの業物、少なくとも数打ちで打たれた量産品ではないことに驚いていた。漆の美しい鞘。細工の絢爛な鍔。薩摩柄と呼ばれる独特な形状をした柄、刀身の実直さもさることながら下級武士がもつ刀としては異端すぎた。


 俺には、出来ることが一つだけあった。それは六左衛門に話かけること。俺の声は六左衛門にしか聞こえない。それも六左衛門が俺を持ったときだけだ。


 いくつかの動機から俺は六左衛門を鍛えてゆく。

 一端の剣豪となり、六左衛門にも、おさきにも楽な暮らしをさせてやれるよう指導していく。






 県境にあるその神社は、小さな(やしろ)が一つあるだけの実にみすぼらしい物だ。参拝客は年間を通して一人だけだろう。

 一年を締めくくる大晦日。

 俺はスマホすら圏外になる僻地をひたすら歩いている。

 歩き始めて二時間。お行儀良く整列していた石畳は四角から平べったい丸石となり、その間隔も次第にまばらになる。石の数は徐々に減り、一段、一段の間隔はおろか、段と段の境界すら曖昧になってゆく。ただのまばらな砂利が残る坂道となり、今はもうただの坂だ。獣道よりいくからマシな程度の舗装の全く無い土と岩の道だ。ときおり倒木があったり、誰のものかわからないゴミが散らかっている。こんな山奥の山道に意味ありげにブルーシートが、何かを隠すように広がっているが、下を覗き見る勇気は俺にはない。

 その気力もない。道わきに何かがらあるのは稀だ。基本変化なく永遠を思わせる程の長く険しい道のり。俺は無言で歩き続けようやく道が終わる。


 切り立った崖、崖の麓で休憩をとる。鬱陶しい木々がなければ絶景なのだろうが、この山はそんな楽しみも登山客に与えはしない。


 俺はリュックを下ろし、上着を脱いで、靴を履きかえる。手と指に入念にテーピングを施し、カラビナなどの道具を搭載したベルトを腰に巻いた。

 他の道具は置いていく。スマホも財布も必要ない。

 俺の目的地は崖の上だ。

 何年か前に張ったロープもあるが、信用してはいけない。こういうのは時間が経ったものは、ないものとして考えたほうが安全である。

 

「よし!」

 最後の準備としてお茶を一口飲むと、リュックに水筒を戻す。


 だらだらと体力を温存して上ってきたが、ここからは気合を入れる。落ちたら死にかねない。

 運よく、あるいは運悪く死ななかった場合、助けの来ないこの場所で苦しい最期を迎えることになるだろう。


 まだ日のあるうちに下山したい。

 ゴツゴツした岩肌に触れると、一気に行きたい気持ちを抑え、焦らず、慎重に登っていく。

 昔の人はどうやって登ったのだろうか、素手で登っていったのだろうか、それとも実は登っていなかったりするのだろうか。

 いつもこの岩肌を登っていく最中は昔のことを考える。それは去年もこの出っ張りを触ったな、ということだったり遥か昔から続くこの行事のことだったりする。

 

 古い家である葉隠家では、代々大晦日にこの上の神社にお参りするのが習わしとなっている。なんでこんな辺鄙(へんぴ)な場所に神社があるのか、なんで正月ではなく大晦日なのか、そういったことは解らない。俺がわかるのは、俺の父も祖父も、そして多分曽祖父も、その前もずっとずっと、こうして家督を継いだ者がお参りをしてきたということだ。

 俺は神様を信じているわけでもないし、絶対にいないと思っている訳でもない。ただ、そういう者の存在を日常生活で考えることはまるでない。

 現代人なら多くの人がそんなもんだと思う。

 だから、この馬鹿げた風習も、俺の代で終わりにしてもいいかもしれない。

 しかし今はひとまず登る。雑念を振り払うようにして岩肌をしっかり掴む。

 このロッククライミングの最中ばかりは俺も神に祈る。

 無事に登らせてくれ、無事に降ろさせてくれ、そして下山させてくれ。


 登りきったら、みすぼらしい(やしろ)で再度今年一年の無事の感謝を祈るわけだが、その時よりも切実で真剣である。宝刀が奉られているらしいが、中を見たことはない。神を信じていない俺でもそういう罰当たりなことはしたくないのだ。


 今年もなんとか登りきった。

 岩肌の頂上に手をかけ、懸垂の要領で上半身を境内に乗せる。滑り落ちないように慎重に足を持ち上げて、ようやく登頂。目的地に到着だ。


 鳥居から小さな社まで、真っ直ぐに石畳が敷かれてある。


 他には何もない。誰もこないのだから賽銭箱もなく、社が小さくてつけられなかったのか神社のガラガラもない。

 あのガラガラは本坪鈴(ほんつぼすず)というそうなのだが、俺はどうもあれを鳴らさないと神社に来たという気がしないのだ。


 まーそんなことはどうでもいい。

 腕も足もパンパンだ。

 脳だって何もしてないのに、よく回らない。起きているのに夢を見ているようだ。


 ずっと昔にもここに来ているような気がする。ずっと昔? 去年や一昨年ではなくて?


 そんな近年のことではない。

 ずっとずっと昔。我等がひとつであり、戦いに明け暮れた頃のことよ。


「誰だッ!」


 知らず、叫んだ。境内には俺しかいない。

 なんだ今のは? 幻聴? それにしてもやけに懐かしい。

 理解できないものに対する恐怖。

 ひやりとしたものが、頬を流れる。

 脇の下がべっとり濡れて気持ちが悪い。


 気のせい。きっと気のせいだ。


 俺は社まで歩き、手を合わせる。

 

 平田、いや今は葉隠だったか。今こそ約束の時だ。此度(こたび)は我が汝に力をかそう。


 力なんていらない。俺は無事に帰ることが出来ればそれでいい。


 よいものか、剣士としてお主が立たねば国が滅ぶ。


 刀ひとつで何が出来る。今は戦国の世ではないのだぞ?

 俺は、俺は何を言っている? そして誰と話しているのだ?

 見たことも無い光景が脳内を駆け巡る。


 戦国の世ではないだと? 世迷言を、人々の心は荒れ、政を行う者達は自身の懐を暖めることばかり考えておる。だから他国につけ込まれる。


 しかし、だからと言って俺に何が出来る。

 政治家だか閣僚だかの何人かを斬ったところで世の中というのは変わりはしないのだ。戦国時代(むかし)だってそうだろう。今ほど複雑ではないにしろ、社会というのは多くの歯車で構成されている。国のトップですら一個の部品に過ぎないのだ。いや、そもそも俺は剣士などではない。俺は、葉隠XXは……。???


 なんだ?


 名前――?


 俺の名前は、はが……。


 いやそんな馬鹿な自分の名前が思い出せないなんて――。


 出涸らし丸? なんだソレは? そんなのが名前なのか?


 

 どうやら思い出せぬようだな。宿命を。

 よかろう、ならば思い出させてやる。

 

 お前の歩みを。お前が誰で、何者なのかを――。


 そこで、俺の意識は途切れた。

構想10秒。執筆5分。


続きはないかもしれないし、あるかもしれない。

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