異世界送り。
「異世界に行きたいか?」
その言葉には魔力がある。
疲れた顔のサラリーマン、時刻は夜中の0時半、そろそろ終電の時刻だ。
「おいアンタ」
そう呼びかけるオレにサラリーマンはぎょっとする。そりゃそうだろう、こんな人気の無いホームで、フードをかぶった怪しい人物に声をかけられたら誰だってビビる。それでも「な、なんでしょう?」と丁寧に返すあたりきっとイイ奴なんだろう。
「突然の出来事で混乱するだろうが、落ち着いて聞いてくれ、オレは勇者を探している」
「ゆ、ゆうしゃぁ?」
きっと残業で疲れているのだろう、頭に単語の意味が浸透してないようだ、それでもオレは構わず続ける。
「ああ勇者だ。そして見つけた、アンタなら勇者になれる。なぁアンタ異世界に行きたくはないか?」
「いせかい、異世界ですかハハハ面白い話ですね」
「嘘や冗談じゃないんだ、本当に勇者を探している。異世界に行って世界を救ってくれないか? このとおりだ!」
オレは膝を折って必死に懇願する。この程度羞恥でもなんでもない、愉悦の為には安いもんだ。
「わ、わかったから止めてくれ。ちょっと詳しい話を教えてほしい」
「あ、ありがとうございます。ではちょっとこちらへ」
そう言ってオレは、サラリーマンとホームを歩く。
うつむき加減で、サラリーマンに背中を向けて。
「ここで大丈夫」
オレが立ち止まるとサラリーマンも止まる。いい位置だ。腕時計で時刻を確認。まもなくだな、こういう時、時間に正確な日本の鉄道は実に都合がいい。
「目を閉じてください、詳しいことは向こうで説明します」
「え? もう行くんですか?」
「大丈夫ですよ心配しなくても、それとも恋人に連絡でも入れますか?」
「い、いえそういう訳では……」
「ささ、女神様と姫様が待っておられます」
「……わかりました」
サラリーマンは無防備に目をつぶった。監視カメラからも駅員からも死角になるこの場所で。
「いいですか? 私が合図するまで目を開けてはいけませんよ」
優しい声色でオレがささやくと、目をつぶった哀れなサラリーマンは二三度小さくうなずいた。
来た、きたぞ、クライマックスだ!
オレはサラリーマンを電車へと突き飛ばし、彼を異世界へ送った。