壱
10年以上仕えていた主を裏切って私は死んだ。
そうして、そんな不名誉な記憶を残したまま、私――いや、妾は生まれ変わった。
生まれ変わった世界は私が生きていた世界とは異なった。
文化が違った、文明が違った、そして何より世界を律するルールが異なった。
魔法の代わりにあったのは私からすると不出来な魔法である【言霊式】で、私の世界ではほんの少しだけ芽生えかけていた科学が発展した世界。
その世界で妾はとある武家屋敷の娘、山吹露草として生まれ、紆余曲折を得て実家から出奔し、薙刀を振り回して妖怪退治を生業としていた。
最終的に五十で嵐の夜に妖怪を狩っていた最中に足を滑らせ崖から転落するまで、そこそこ充実した人生を送った。
そこそこ幸せ、と言うか楽しめる人生であった。
そこで終わり、かと思えばそういうこともなく、また生まれ変わった。
それがまた、全く違う世界であるのであれば一向に構わん。
二度目の人生を薙刀とともに駆け抜けたあの世界であってもまあいいだろう、というかむしろ良い。
だが、妾が生まれ変わったのはどうやらおそらく、一度目の人生を笑いながら捨て去ったあの世界であるらしい。
その世界の、おそらく数百年後の未来。
魔法の他に科学も発達した、どこか別世界じみた同じ世界。
生まれたのは一般家庭、そこそこ仲のいい両親と、天才と称される2つ上の兄がいる極々普通の家庭であった。
両親は普通に優しく、いい人だ。
前世の影響をもろに受けた妾が前世で生きた国と似通った文化を持つ極東地方に異様な執着を向けても、ちょっと変わった子扱いするだけで笑って受け止める心の広い御仁達だ。
問題は兄だ。
妾は、三度目の生を受ける前からその男を知っていた。
その顔を見たことがあった、その才能を知っていた、その恐ろしさをよく知っていた。
何故なら兄は――妾の、いや私の一度目の人生において、私が笑って人生をぶん投げる羽目になったとある事件の当事者でないものの、その事件に密接に関係していたのだから。
私があの事件の当事者の一人に仕えていたように、あの男もまた当事者の一人に雇われていた天才剣士だった。
何度か対峙したこともある。
だから、妾はまず自分の兄を恐れ、そしてその必要がないことにすぐに気付いた。
兄は、全てを覚えている。
この妾のように、過去に生きた人生を。
まだ生まれたばかりの頃にこう問われたのを覚えている。
――おまえ、あのメイドだろう、と。
正解だ、私は確かにあの事件の当事者の――我が主の忠実なメイドさんだったのだから。
だが、それだけだった。
それきりあの事件の真っ只中を生きた人生の記憶に関して、妾達は一切の会話をしていない。
何故なら、兄は過去に全く頓着していなかった。
どうでもいいこととして扱っていた。
兄にとって大事なものは自分と自分の恋人だけで、他にはもう眼中がないらしい。
ああ、それから甘いものも大好きだ。妾が大事にとっておいたこしあんを一人で食い尽くした恨みは一生忘れぬ、あと妾が風邪引いてる時に買いたてだった醤油を丸々一本無駄にしたことも許さん。
一度目の人生の時はあの男がああも抜けた男だとは思わなかった、何をどう思えばすまし汁に醤油全部ぶちまけようなどという発想に至るのか……
まあ、そんなこんなで多少のトラブルはあったものの、そこそこ順風満帆な人生を歩いて、約15年。
極東地方に永住を視野に向けた留学を考えたが、せめて子供のうちはこちらにいてほしいという両親の要望に応えて、兄と同じ魔術学園を受験した、その後。
学園に入学した私は、その選択を心の底から悔いることになる。
では聞いてくれ、おそらく今生の人生において、最もおそるべき日であった昨日の入学式のことを。
一言で申すのであれば――1人を除いたクラスメイト全員があの事件の当事者だった。
事件の中心に存在していたあの姫も。
あの姫を取り合っていた5人の権力者も。
そしてそんな当事者達の関係者と。
私が裏切った、主がいた。
クラスメイト30名、それに担任と副担任の2人を加えた総勢32名。
そのうちの1人、妾が薙刀とともに駆け抜けたあの二度目の人生で数回共闘したことのあるあの戦闘狂1人を除いた全員が――あの事件の関係者だった。
原因はおそらくあの事件の中心人物である姫君だ。
おそらく全員、彼女が持つ因縁、もしくは因果によってこの場に引きずり出された。
他の世界に流れた妾まで、引きずり出された。
おそらくこの先に待ち受けるのは――あの事件の再演だ。
歴史に名を残す大事件、最後には姫君の死によって何の決着もつかなかったというあの事件の。
そこまで推測しても泡を吹いて気絶せず、平常心を保てた妾は多分ものすごい。