追われる
「こんな時に、何しとったんや。」
「何でもええやろ。」
どうでも良いことなのについ親父には口答えしてしまう。
「おかんは帰ってるか。」
「遺品の整理しとるわ。手伝ってきたれ。」
「言われんでも分かっとるわ。コドモやないねんから。」
手伝う事なんて無いだろうと思いながら、元々姉が使っていた部屋に向かう。
「おかん。居てるか。」
ノックしながら声を掛ける。
部屋に入り、母親に写真を魅せるために渡す。
「コレ、姉ちゃんの彼氏かな。」
「ああ、この子な、警察から彼氏かも知らん言うて、写真見せられたわ。やっぱりその子が彼氏やったんかな。」
「知っとったんかいな。」
じっと写真を見つめている。
「知ってる人探して話聞いてみたんやけど、ちょっと記憶に障害があるみたいやけど、エエ人やったらしいで。」
「どっか行ってる思うたら、そんな事しとったん。」
「うん、何となくな。姉ちゃんの好きな人みたいやったしな。警察は疑っとるみたいやけど、そんな感じの人やないみたいやったで。」
「さとるー、電話やでー。」
間延びした母の声に呼ばれ、電話に出る。
「アンタ、姉ちゃんの職場まで行っとんたんか。迷惑かけてないやろな。」
「大丈夫や。もう俺もええ歳してんねんから。」
電話口を塞ぎながら母に話す。
「はい、もしもし、悟です。」
「ああ、悟くん、こないだ権兵衛のこと聞いてたやろ。前に日雇いで一緒に仕事してた奴が話してくれるらしいて。連絡先聞いたから教えとくわ。」
聞いた携帯番号をその辺にあったメモに控える。
すぐに聞いた番号に連絡する。
「もしもし、永井悟と申します。オオタ様のお電話でしょうか。」
「どうも、オオタです。初めまして。」
「あの、権兵衛さんの件でお話いただけると、希望の家の理事長に伺いまして。」
「ああ、そうですねん。まだアイツが日雇いしてた時に一緒に働いてまして。その時の話で良かったらさしてもらおうかと思いまして。」
「ほんまですか。ありがとうございます。」
「今日は現場も無いから、時間がありますねん。良かったら昼からでもお会いしまひょか。」
「すんません、ほな、お願いします。」
声だけしか分からないが、三十から四十代の気の良い男のようだ。
「待ち合わせはどないしましょ。」
「そうやなぁ。新今宮まで来たら電話してくれるかな。」
「分かりました。今から向かうんで、丁度昼ぐらいになりますわ。」
新今宮駅に付き、電話をすると新今宮に既に着いており、高架下で飲んでいるとの事だった。
店の前で電話をすると、男が出てきた。
いかにも土方な感じの男を予想していたが、そうでも無かった。
年齢は三十を少し過ぎたぐらいに見える。
「あ、どうも、初めまして、連絡頂いた永井です。」
「あ、オオタです。こんなトコではなんやから、ちょっと話やすいとこ行こか。」
飲んでいると思ったのだが、酒の匂いはしなかった。
俺を連れて、駅の北側に歩いていく。
民家の間にある、かなり前に潰れた飲食店か何かのシャッターを開ける。
「ご自宅ですか。」
店をしていた時の机や椅子が隅に積み上げられ、自転車が置いてあるのが見える。
しかし、生活感が全く感じられなかった。
入っては拙い。
何の根拠も無いが、恐怖を感じる。
シャッターは上げ切っていないので、半開きで、入ってから閉められるんじゃないか。
そんな事を思ってしまう。
疑いはじめると、このオオタと言う男も、本当に日雇いで生活しているのか。
その割には日に焼けていない。
この疑いを晴らすには、どうしたら良いのか。
「ここは、昔、お好み焼き屋やったんですか。」
「ああ、そやな。」
ケータイのメールをチェックする振りをして、もう少し様子を見てみる。
オオタに少し苛つく表情が見える。
踵を返し、走って逃げてみる。
「コラ、待たんかい!どこ行くんじゃ、ワレ!」
何も考えず走ってしまったため、人気の少ない西の方に出てしまう。
芦原橋まで逃げて電車に乗るか。
必死で走り、古い賃貸マンションの階段に登る。
五階建ての一番上から、そっと下を覗き込むと、オオタが明らかにチンピラに見える仲間とともに俺を探し回っている。
110番して、どう説明したら良いのだろう。
どれくらいじっとしていたたろうか。
まだ諦める気配は無いようで、周囲の店に聞き込みをしながら探しているのが見える。
ふと思い出してジャケットの内ポケットに手を入れる。
出てきた名刺には、『斎藤 和也』とあった。
裏に手書きされた番号に掛けてみる。
3コール目で男がでる。
「誰や。」
「刑事さん、助けてください。」
「いきなり何を言うとんねん。どないしたんや。」
「ヤクザに追っかけられてますねん。意味分からへんし、交番行っても110番してもどない説明したらエエんか分からんくて。」
「だから、要らんことすな言うといたやろ。」
「権兵衛さんの同僚やった言う人が話ししたる言うて連絡あったんです。」
「今、何処におんねん。」
「必死なって逃げてきたから…」
「近くに何か見えるやろ。」
「今、隠れてるマンションの階段ですねん。あ、遠くにスーパー玉津の看板が見えます。」
「遠く見てどないすんねん。」
「隣のビルにヴィラ大黒12て書いてます。」
この辺りに幾つも賃貸マンションを経営している会社のものである。
「どこか分かったわ。迎えに行ったるから、大人しく隠れて待っとけ。」
そう言うと、電話を切られた。
待つ時間は長く感じる。
ケータイの時計を見ながら、遅々として時間が進まないのに苛つく。
30分は既に過ぎた。
焦りが段々と募ってくる。
電話から42分経った頃、ヴィラ大黒の前から斎藤刑事が電話をしているのが見え、出ながら階段を降りた。