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名を忘れた男  作者: まさきち
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姉の遺したもの

 大阪には、今はもう無くなった地名が沢山あるが、昔の町の名ごとに、その雰囲気や、匂いのようなものがあるような気がする。

 今、歩いているところは、匂いどころか、本当に臭いがするが。

 大阪に住んでいる者にとっては知った臭い、尿と長く洗っていない体臭と、昼間から呑む酒の混じった臭い。

 釜ヶ崎の臭いだ。

 これでも、一昔前に比べれば、随分とマシになった方で、昔は新今宮の駅に降りれば相当臭った。

 国道沿いや南海電鉄沿いには、ゴザに片方だけになった靴、使い古しの衣類や古びた家電を並べた怪しげな露店が並び、昼間からワンカップを片手にした人々が座り込んでいた。

 観光客誘致とかの甲斐もあってか、小奇麗になってきた場所は増えている。

 とはいうものの、治安も他に比べればずっと悪い。

 貧困、いや、行き場を無くした人々が、何かを忘れるために、お互いの傷を舐め合う訳でもなく寄り添って暮らしている。

 そんな印象を僕は持っている。

 姉は大学を卒業してから、ずっとこの街に住んでいた。

 仕事の内容は、詳しくは知らないが、アルコール依存症になった浮浪者を更生させるようなことを言っていた。

 そんな人達には、カウンセリングなどが必要だとも言っていた。

 もうすぐ、姉の家だ。


 姉の住んでいたワンルームの前にトラックが停めてある。

 今日は、姉の遺品整理をする。

 何の表情も表さず、ゆっくりとした動作で、父がマンションの玄関から現れた。

 オートロックに監視カメラがあり、セキュリティが良いからと、選んだマンションであったが、結局のところ、役には立たなかった。

「おかんは、もう入っとるん?」

 首すら振らず目を合わせただけだった。

 それ以上、目を合わせず、父を躱し、正面に見えるエレベーターには乗らず、すぐ横にある階段を登る。


 姉は死んだ。

 先週、同じ西成区内の木津川で変死体として発見された。

 警察では、自殺と事故の両面から捜査を進めているらしい。

 今でもまだ姉のニュースは報道され続けており、今日も新聞記者から取材の申し込みがあった。

 葬儀は一応済んだが、心の整理なんてそんな期間で出来るわけがない。


 大学には休みを伝えていたし、暫くは行く気にもなれなかった事もあり、両親と一緒に遺品の整理を手伝う事にした。

 遺品を確認しながら整理したいということなので、一般的な引っ越し屋ではなく、知り合いの運送屋に依頼したので、運転手兼運び手の男は一人しかいなかったため、自分達も荷を運ぶ必要があった。


「なんや、女の子の部屋やなぁ。」

 そう言えば、姉が一人暮らしを始める時に引っ越しを手伝った以来、部屋には来ていない。

 今まで付き合った女の子たちの部屋と比べると、化粧品と洋服やバッグ類が極端に少なく、本棚には何やら専門書が詰まってはいるが、薄めのピンクで統一されており、確かに女の子らしい部屋にはなっている。


 一枚のインスタントカメラで撮った写真が整理していたデスクから出てきた。

 姉が同年代の男と一緒に写っているものだった。

 こんな顔をした姉を見たことがないと思う。

 まぁ、月並みな容姿の姉であったが、そこに収められた幸せそうな表情は、普段とは違う女っぽさがあった。

 そう言えば、交際中の男がおり、行方が分からなくなっていると警察から聞いていた。

 今時、ケータイの写真で済むだろうに、と思いながら、何となくジャケットに忍ばせた。

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