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名を忘れた男  作者: まさきち
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彼との日々

 いつも通りのぎりぎりの時間まで寝てしまい、余り言葉を交わさずに出てきた。

 仕事中はずっと気に掛かっていたものの、結局帰りは10時を過ぎてしまっていた。

 彼がいなくなっているかもと不安に駆られ、夜食を買うのも忘れや慌てて家に帰る。

 ドアを開ける直前で、何故そこまで彼のことが気になっているのか不思議に思ったが、窓から漏れる灯りを見て安心してしまった。

 ドアを開けると、違和感があった。

 食事の匂いがするのだ。

 自炊なんてほとんどしていなかったため、何だか自分の家じゃない気がしたのだ。

「おかえり。簡単な物しかできなくて、ごめんね。」

 びっくりして、言葉が出なかったが、落ち着いてすぐに、感謝を伝える。

 埃を被っていた炊飯器も綺麗に掃除され、久し振りにランプが灯っている。

 米はいつ買ったかもう分からなくなっていたものだったが、古そうだったので、炊き込みご飯にしてくれたらしい。

 炊き込みご飯に卵焼き、筑前煮と味噌汁それに、菜の花のからし和えが並んでいる。

「春らしいのも良いよね。」

 図書館に行ったのは、この為だったらしい。


 それから、朝、晩は彼が作ってくれるようになった。

 ヒモというのも食事の用意をしてくれるものらしいが、彼の場合は病気というか、記憶の事があるので、本当は大変な事だったと思う。



 あっという間に1ヶ月が経ち、段々と彼が居るのが日常のようになってきた。

「いつまでも和美さんに養ってもらう訳にもいかないし、働きたいと思ってるんだ。」

 当然、記憶の事が心配で、反対してしまう。

 とりあえず、しばらくはここでの生活に慣れるまでと言って説得した。



 2ヶ月を過ぎた辺りで、ある日「彼にそんな事も覚えていないの」と心無い言葉を言ってしまった。

「ごめんね。大切な事は必ずメモはしてるんだけど、覚えられないことや、見付けられないことが出てきて。何とかするから。」

 そう言って、メモを繰り始めた。

 謝りながら、彼に抱きつくと、また彼も謝り始めて、二人で謝りあっていた。


 その夜、コンビニで、付箋を買った。

 プラスチックでできた付箋だ。

 剥がれにくいので、仕事でも使っているものだった。

 彼によると凄く便利になったそうだ。

 メモ帳はもう4冊目に入った。



 出会った時には、記憶のリセットが起こった時に、私の事をじっと見たり、メモを見る事が多かったのだが、最近はそういったことが無くなった。

 私も彼の症状などを調べてみた。

 繰り返して会う人はある程度認識をできるようになるらしい。

 3ヶ月も過ぎた頃には、名前が出てこない事はあるが、私を見る視線は、私を認識しているような様子が見られた。

 やっと、本当の恋人になれた気がして、嬉しかった。



 同じ頃、再び彼が働きたいと言いはじめるようになった。

 私は反対した。

 記憶の事もあるが、今思えば、独占欲みたいなものも混じっていたと思う。

 贅沢をしなければ、充分生活できるだけの収入があったのもある。

 専業主夫という生き方もあるし、そんなドラマを再放送で丁度していたのもあり、一緒に見ながら彼を説得してみたりした。

 私の会社にはまだ居ないし、実物を見たこともないけど。

 自分が働けば、今のように無理をして働く事も無くなるだろうと、私を気遣ってくれているのは分かっていた。

 結局、私は反対し続けて押し切った。

 彼のメモに専業主夫になる事で話し合いが決まったと書いて貰った。

 それからは、もう働くとは言い出さなくなった。



 半年を過ぎるぐらいの頃には、彼が居ることが普通になっていた。

 毎日一緒に過ごし、休日にはデートをする。

 失って初めて気付いた。

 なんの変哲もない毎日だったが、確かに幸せだったと思う。

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