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名を忘れた男  作者: まさきち
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一緒に

 彼をコンビニで買った下着と白いインナーのTシャツに着替えさせる。

 着ていたベージュのパンツはボロボロでところどころ擦り切れているうえ、茶色いシミが模様のようになっているような酷いものだった。

「すみません。前に聞いたかも知れないんですけど、お名前をお伺いしても良いですか。」

 まだ半日も経っていないが、彼のそんな様子にも慣れてきた。

「和美。北川和美。東西南北の北に三本川。和美は和風の和に美しい。」

 彼は慣れた手つきでメモ帳に私の名前を書いていく。

 もしかしたら、ここに来る前はこんな風にメモを取って暮らしていたのだろうか。

「和美さん。失礼な事を訊くかも知れないんですが、私達はどんな関係なんでしょうか。」

「うーん、難しいわね。昨日会ったばかりだし。」

 考えあぐね、沈黙してしまう。

「とりあえず、髭でも剃ったら?」

「そうですね。そうします。」

 剃刀とシェービングクリームを渡すと、キョロキョロしながら、洗面台に向かう。

 何でこんな事してるんだろ。

 警察に連絡するべきだろう。

 髭を剃って戻ってきた彼は、思ったより端正な顔立ちをしていた。

「さっぱりしたかな。」

 若干はにかみながら聞く彼に断られるのが少し怖かったがベッドに誘ってみた。



 射し込む日に色が付いている。

 ガッつくか淡白かのどちらかと思っていたが、ベッドの中では意外と積極的で、時間をかけて私に尽くしてくれた。

 何だかゆったりと包まれるようで、安心できて心地よかった。

 家に連れ込んだ、見ず知らずの男なのに。

 二度の行為を終えた後、背中から彼に抱かれ、頭を撫でられているうちに、寝てしまっていた。



 いつもなら、近くの店に食べに行くのだが、彼の服装もあるので、スーパーで食べる物を買ってこようと思った。

 家で待っているように言い、スーパーに出かける。

 惣菜に半額シールが貼られ始める時間になっており、何品か見繕って買って帰る。

 ただの惣菜でも、「美味しい。」、「ありがとう。」と言ってくれる。

 こんなに素直な、社交辞令ではない感謝の言葉を聞くのは久し振りだ。



 日曜は朝から服を買いに外出する。

 彼が着ていた服は、汚れも酷く、着ていたティーシャツは首回りが伸びきっているものだったのですぐに捨てた。

 仕方なくコンビニで買った白いTシャツと薄汚れて洗っても汚れが落ちなかったパンツで外に出る。

 一軒目の店で、パンツとシャツを買う。

 シャツは白地のシンプルな物だが、襟元の裏地に青い花柄の刺繍が見えるカジュアルなもので、彼によく似合う。

 買った物をそのまま着させる。

 記憶のせいか、服には全く興味が無いようなので、私の好みのものを選んでいる。

 それと、メモ帳を常に持ち歩くので、胸ポケットのある服でないといけないのもあるけど。

 伸びた髪を美容室でカットしている間にまた別の店で服を見る。

 両手に紙袋を下げて、美容院に迎えに行く。

 仕上がった彼は、世辞なく男前になっていた。



 昼はカフェ風の店でパスタを頼む。

 意外と本格的で生パスタで、もちもちとした食感が楽しい。

 最初はフォークの使い方が何かぎこちないようだったが、すぐに慣れてきたようだ。

「こんなに買って貰って、有り難いんだけど、悪いよ。この服も安いものじゃ無かったし。」

「一緒に並んで歩くんだから、私の為に着ておくの。分かったかな。」

 こうやって、普通のデートをするのも、学生以来か。

 この十年、何してたんだろ。

「そうだ、映画でも見よっか。」

 彼の手を引いて映画館に向かってみる。

 さして見たいとは思っていなかったが、話題になっていた邦画があったのを思い出し、上映しているか確認してみると、まだ大丈夫だった。

 手を繋いだまま、映画を見る。

 別に映画でなくとも良かったのだが、カラオケは記憶が無いのに歌えないだろうし、他に何も思い付かなかったのだ。

 同じ時間を過ごせたというところは良かった気もするが、終わったあとに感想を言い合えないのは少し物足りないし、そのことで多少気まずいような顔をしていたので、次はもう行かない。

 映画を見たあと、家の近くまで戻り、ドラッグストアで生活用品を揃えたりしてる間に暗くなっていた。

 荷物を家に置き、再び家を出て、魚の美味しい居酒屋に向かう。

 彼もお酒はそれなりに飲めるようで、二人ともほろ酔いで家に帰った。



 明日からは仕事が始まるので、帰りが遅くなる事を伝える。

 一人で外出して、帰って来れるのか心配だったりするのもあり、ずっと家に居て欲しい気もしたが、そういう訳にもいかないだろう。

 行きたい場所を聞いてみると、図書館やスーパーなどを聞かれたので、場所を教える。

 たった半日で彼はメモを10ページぐらい使っていた。

 このペースだと月に2冊ぐらいは使いそうだ。

 メモの補充もあるし、昼食も必要だろうから、いくらかお金を渡しておくことにする。

 一文無しのくせに遠慮をするとは、一体何を考えているのだろうか。

 必要だからと押し付けて私は職場に向かった。

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