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陸で溺れる

息苦しくて、目が覚めた。

咳が出る。苦しい。僕は胸を掻き毟ったり叩いたりしながら、ベッドの上で足をバタつかせ、半ばパニック状態でなんとか上半身を持ち上げて起き上がった。

起き上がるとかなり楽になる。咳も治まるし息もできる。

ああ、明らかに水分の摂り過ぎだ。昨日は蒸し暑かったせいか、そんなに汗もかいていないのに水を飲み過ぎたような気がする。おまけに、おろし天麩羅うどんなんかを食べてしまった。さらにビールも誘惑に負けて飲んでしまった…。

僕はベッドの上で胡座をかいて、はあーっと息をついた。まだ真っ暗だ。スマホで時間を確認すると、午前3時50分だ。座っていれば息はできるし、救急車を呼ぶほどではないな。朝になったら病院に電話するか。きっと水分の摂り過ぎ、体重増やし過ぎを叱られちゃうなあ。なんて考えていると、自分もすっかり病気慣れしてきたのだなあと思って苦笑してしまう。

まだ全然睡眠が足りていないし二度寝したいのはやまやまだけど、横になると呼吸ができなくなるのは分かりきっているので、仕方なく座ったまま壁に持たれてスマホをポチポチ弄りながら夜明けを待つことにした。


こうして眠たい頭でグダグダしていると、僕が透析を始めるようになった頃や、それ以前の記憶なんかが古い映画のように額の裏あたりにちらつきだす。あの頃の僕は本当にあらゆる意味で酷かった。

僕はいわゆる氷河期世代というやつで、大学を出たものの就職することが出来なかった。仕方なくフリーターになって、3つのバイトを掛け持ちしてなんとか生活していたが、「なんでもいいから遊んでいないで早く正社員になれ」と親にせっつかれて、地元の中小企業で営業の仕事に就いた。これがまあ、今で言うところのブラック企業で、僕は僕なりに頑張ってそれなりに働いたのだけれども、5年目にガタが来た。ある朝、布団から動けなくなったのだ。本当にもう怠い、しんどい、つらい、重いといった最大級の倦怠感が完全に悪意と質量を持って僕に覆い被さっていたとしか思えない苦しさだった。

鬱病にやられたのだ。

鬱病になってからの僕は、ここから数年間、実家の自室に引き篭もった。親とも顔を合わせられなかった。窓は光が入らないように目張りをして、ドアは開けられないように本棚で塞いだ。幸い貯金は結構あったので(働いている間は使う余裕もなかった)、夜中にこっそりコンビニにいって好きなものだけを買いこんで飲み食いしていた。

そんな生活をしていたある日、咳が出るようになった。冬場だったので、はじめは単なる風邪だろうと思って放っておいた。しかし、咳は日に日に酷くなっていく一方だった。そのうち、息も苦しくなってきた。横になると特に酷くなるので、寝ることもできなくて苦しかった。流石にこうなると、何か肺炎とか喘息のような病気ではないかと不安になったが、部屋を出て親に助けを求めることは嫌だった。親に助けを求めるなんて、とても出来なかった。

とは言うものの、ドラッグストアで買った咳止めを飲んでも一向に回復せず、呼吸は苦しくなるばかりで、最終的に俺は廊下で倒れているのを母に発見されて、救急車で病院送りになったのだった。

この時の記憶は自分にはないのだが、母は「顔も体もすごく浮腫んでいて、最初誰なのか分からなくて怖かった。」と言っていた。僕は引き篭もっている間、鏡なんて全然見なかったから浮腫みなんて気づかなかったし、手足も今思うと確かに浮腫んでいたんだけど、単に太ったのだと思っていた。

そんなわけで、僕の自覚症状は咳と呼吸困難くらいだったものだから、最初に「腎不全」と診断された時には、正に虚を突かれたというか、何の事やらさっぱり理解できなくてキョトンとしてしまった。

「腎臓がきちんと尿を作れなくなって、水分を捨てられなくなっているから、全身に水が溜まって浮腫んだり、肺に水が溜まって息ができなくなったりするんですよ。」なんて医師から説明されるのを、はあ、はあと間抜けな返事をしながらぼんやり聞いていた時のことはよく覚えている。いつの間にやらパンツを脱がされ、脚の付け根の辺りに槍みたいな管を刺されて、そこから吸い出された自分の血液が謎の機械でグルグル回っている風景は全く現実感がなくて、自分の横で肩を震わせて泣いている母の横顔や嗚咽を不思議な気持ちで受け止めていた。この時はじめて、本当に、母に申し訳ないと思った。


気がつくと、明るい。窓の外から土鳩の声が聞こえる。いつのまにか眠っていたようだ。相変わらず胸の辺りが重苦しい。こころなしか先刻よりも息が苦しい。スマホを見ると8時前だ。病院に電話をして昨夜から息が苦しいので今からタクシーで行くと伝え、透析にいく準備をした。本当はいつもの送迎バスでも大丈夫なのだけど、同乗者に迷惑をかけてしまうかもしれないと思うと、タクシーを呼んだ方が気が楽なのだ。

病院に着くと、車椅子を持って主任さんが駆け寄って来た。

「んもう、大丈夫なの?いま息できてる?はい座って座って!!」

主任さんは見るからにしっかりもののベテラン看護師だ。主任さんが押す車椅子で透析室に入ると、副院長先生やら技士長さんやら看護師さんやらが一斉に集まってきた。一躍人気者になった気分だ。

しかし、衆人環視の中で体重を計るのは女性ではない僕でも結構ツラいものがある。

「90.7キロから車椅子13キロ引いて、77.7キロですねー。」

ヤバい。この体重は叱られそうだ。取り敢えず暢気な笑顔を作りながら、言ってみた。

「あはは、ラッキーセブンですね。」

「んもう、なにがラッキーなの!ドライからいくつ?」

主任さんが電卓片手にカルテを持っている看護師さんの方を見る。

「6500ですー!!」

「ろくせんごひゃく?!増やしすぎ!!!暑いからって飲み過ぎたんでしょ!!陸で溺れ死ぬよ!!」

こうして叱られている間にも、副院長先生は僕の胸に聴診器をあてて音を聞いたり、看護師さん達が僕の胸に心電図モニターのシールを貼ってコードを取り付けたり、指先に洗濯バサミみたいな機械をつけて血中の酸素を測ったり、鼻に酸素チューブを付けてくれたりしていた。

「毛受さん、今日は6時間やっていきましょう。全部お水引いて、胸のレントゲン撮って帰ってくださいね。」

副院長先生がそう言って行ってしまうと、「そんなわけで今日は6時間頑張りましょう!」なんて言いながら技士長さんが僕の手を手早く消毒して、なんだか分からないくらいのスピードで針を刺すとあっという間に透析が始まった。

ベッドの頭部をギャッジアップして座った姿勢でやれやれと一息つくと、千坂さんが僕のベッドにやって来た。

「毛受くん、大丈夫?送迎バスにいなかったから、運転手さんに聞いたら、調子悪くてタクシーで行ったって聞いたから心配になっちゃって。」

完全に油断していたので、僕は焦った。

「あ、ああ、千坂さん!!全然大丈夫なんです!!ちょっと水分摂りすぎちゃっただけなんですよ!!ご心配をお掛けしてすすすみません!!」

焦り過ぎて変に大きい裏返った声になってしまった。これは痛いしあやしい。背中に変な汗をかいているのが分かる。

「あー、暑かったもんねー。私も今日、すっごい体重増えてるんだー。じゃあ、頑張ってねー。」

千坂さんの後ろ姿を見送ってまだドキドキしている胸を右手で撫でていると、僕の心電図モニターを見ていた主任さんがニヤニヤしながら言った。

「血圧下がってきたら美雪ちゃん呼ぼうか?」

美雪ちゃんとは千坂さんの名前だ。

「や、やめてくださいよー!」

僕は最大級に情けない声を出した。

僕は、もう暴飲暴食は厳に慎もうと心に決めたのだった。

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