クサナギ副所長の人事ファイル④ オルテガ博士
財団の雇用システムは大きく分けて四つの形式に分かれています。
先ずはC級職員雇用について御説明しましょう。
このケースは所謂一般的な企業の雇用と同様であり、雇用希望者が書類選考や面接等の正規の手続きを通して財団の定める基準に適していると見なされれば雇用契約が成立します。
次にB級職員雇用です。此方は希望者による雇用契約ではなく、財団のスカウトによって雇用契約が成り立つケースを指します。
選定基準は特に無く、雇用の権限は各サイト管理者が有している為、サイト管理者の恣意によって判断されます。
A級職員雇用に関しては以前の書類で御説明している通りで、財団の最終兵器として特異な能力を持つ職員が所長の判断によって雇用若しくは再雇用されます。
最後に財団にとっても特殊なケース、D級職員雇用について御説明しようと思います。
この雇用契約は一言で申しますと「被雇用者の意志を考慮しない強制雇用」です。
財団の手で処分する権限を有する対象をサイト管理者の権限で強制的に職員として雇用する事が出来ます。
この性質上、D級職員は基本的にリジデウムに限られます。
D級職員は財団による処分を免れる代わりに、基本的人権を剥奪され如何なる業務にも従事しなくてはなりません。
念の為に申し上げておきますが、財団の理念は現生人類史の保護であり、リジデウムに対しては如何なる権利も認めていません。
彼等は既に滅び、残ってしまったもの達に過ぎないからです。
非常に稀なケースですが、サイト4管理者――オルテガ博士はD級職員からA級職員に昇進した人物です。
現在ではD級職員としてではなく、完全にA級職員として雇用されています。
「ミルクでいいか? すまねェが今はこれしか無かったんだ」
「問題ありませんよ、オルテガ博士。寧ろ変なものが出てこなくて安心しています」
「昴のヤロウの事だな。酒臭いぜクサナギ副所長」
「私は飲んでいませんからね。あの空間が悪いんです」
「分かってらぁ、メシの匂いもプンプンするからな」
暫くして、博士はバーボン用のグラスに丸く削った氷を浮かべたミルクを持ってきて下さいました。
「酒も砂糖水もやらねぇ主義なんでな」
だったら氷なんて入れないで下さい。
「で、要件はなんだ? 悪いがこっちも研究で忙しい。出来れば手短に済ませてくれ」
「はい。博士にはミスカトニック大学に提出する為のプロファイル作成に御協力いただきたいのです」
「インタビューか?」
「インタビューです」
溜息。
博士はインタビューがあまりお好きではありません。
「昔の事について話せばいいんだな? あまり気は進まねぇが。……まぁ早く済ませてくれ」
オルテガ博士は――――年――月――日生まれの白人男性です。
雇用前には窃盗や強盗、殺人を含む二十四件もの事件を起こしており、――――年に警察に自首した後――――年に死刑宣告を受けています。
死刑は――――年に――――の刑務所内にて執行されています。
彼の特異性はその時の死刑執行時に明らかになりました。
執行後、七十八時間二十四分五十三秒に及んで博士は生存し続け、その間如何なる外傷も苦痛も発生しませんでした。
検査の結果、彼の全身の体組織は未知の金属で構成されており、如何なる方法でも破壊する事が不可能であることが判明しました。
また、毒物や電撃等の手段によっても殺害はおろか苦痛を与える事すら不可能でした。
一連の事件の後、刑務所からの連絡で駆け付けた財団職員の手で事実確認が行われ、財団によって対象が捕獲されました。
対象の持つ特異性から処分が非常に困難であると予測された為当時のサイト4管理者によってD級職員としての雇用が打診され、オルテガ氏(当時は博士で無かったという点を強調する為便宜上この様に表記しています)本人がそれを熱望した事もあって正式に雇用が成立しました。
当時オルテガ氏は主に現地調査員としての任を与えられ、その特異性を活かして数々の危険な任務を遂行していました。
また強靱な筋繊維から生み出される人智を超えた怪力も現場では重宝されていた様です。
オルテガ氏が雇用された年の職員の殉職率は前年と比べて三割低下したと報告されています。
オルテガ氏は非常に優秀な成果を残しており、凶悪犯であるとは思えない程の気さくな性格であった事から現地職員達からの人気も高く、模範的なD級職員として高い評価を受けていました。
ですが裏では常に罪の意識に苦しんでいたそうです。
「何を言っても言い訳にしかならねぇが、俺はずっと裁かれるのを待ってたんだ。ガキの頃は善悪の判断なんざつかねぇ。なまじ力なんて手に入れちまったもんだからそれにものをいわせて何でも思い通りにしてきた。強ければ何をしたって構わない、力こそ正義だなんて本気で思ってたのさ。気付けばそうやって生きていくしか無くなってた。罪悪感ばかりが嵩む毎日で、誰かが俺を叩きのめして叱ってくれる事ばかり望んでたんだ。……結局そんな奴は現れなかったけどな」
「それで死刑になることを望んだという訳ですか」
「誤算だったのは彼等にもそれが不可能だった事さ。法でも俺を裁けないなら俺はどうやって償えばいい? 俺は死んで詫びたかった。なら次は軍隊とでも戦り合えばいいのか? ……恐ろしい話だが、殺されるビジョンが見えなかった。人生であれ程絶望した事は無かったね」
「……財団も貴方を殺せませんでした」
「少しは期待したんだけどな。世界の終焉を防ぐなんて豪語してやがる連中だからよ」
「牧師の様な事を言うつもりはありませんが、貴方は充分に罪を償おうとしていると思います」
「よしてくれ、そんな言葉は聞き飽きた。例え何十という罪を犯しても世界を十も二十も救えば英雄扱いされるんだろう。だがな、俺にとって償いってのはあんたらに許される為のもんじゃねえ。自分で自分を許す為のものなのさ」
オルテガ氏は――――年に発生した事件――サイト4内にて当時研究中だったリジデウム「偽善処刑者」が暴走し、サイト管理者を含む二百名以上の財団職員が殉職した――の解決をきっかけにA級職員に昇進しました。
暴走したリジデウム「偽善処刑者」に関しては関連書類083-0056の閲覧をお願い致します。
オルテガ氏は暴走リジデウムの影響下に於いてリジデウム本体を用いた縊死による自殺を実行し、そのまま縄を引き千切る形で「偽善処刑者」を破壊しています。
その際、オルテガ氏は絞首部分から上の皮膚及び皮下組織の全てを失っています。
これはリジデウムの持つ特異性によるものではなく、オルテガ氏自身の力によって引き起こされたものである事が判明しています。
オルテガ氏の頭部は現在頭蓋骨に頭髪、眼球のみが残った状態となっており、絞首部分の断面からは金属で構成された皮下組織が露出しています。
出血は無く、そもそも血液が体内に存在していないのではないかという説も出ています。
先述した状態から食物を経口摂取する事は不可能であるにも関わらず問題無く生存している事から、代謝活動を行っていないか若しくは未知のエネルギー源によって行動しているものと予想されます。
「……とまぁこんなもんだな。他に何か訊きてぇ事はあるか?」
「いえ、大丈夫です。御協力有難う御座いました」
「ふぅ……。やっと仕事に戻れるか」
「…………そうだ」
「あ、何だ?」
「一つ、訊き忘れた事がありました」
「何だよ」
「貴方は、貴方自身を許せましたか?」
少し考え込んだ後、博士はこう仰いました。
「お前、自分の面の皮剥いだ奴の事許せるか?」
NAME:オルガ・オルテガ
CLASS:A級職員(博士)
SEX:男性
AGE:36
BIRTH DAY:D.11 M.06 Y.――――
ADDRESS:NDP財団本部研究所サイト4ルーム3000
文責 クサナギ副所長
D.―― M.―― Y.――――
国際機関NDP財団本部付属研究所✓
救いは要らない。痛みなんて感じた事もないのだから。