クサナギ副所長の人事ファイル③ 鶏鶏大納言三世昴博士
私は一応本研究所の副所長ですので、所内に於いては所長に次いでナンバー2の立場という事になります。
ですから己のサイト内でしか権限を行使できないサイト管理者たちとは違って所長以外の全職員に対し命令を行う事が立場上可能な訳です。
「……ですから勤務中にビールを飲むのは止めなさい。来客者に出すのも言語道断です」
「ああン? 固い事抜かしてんじゃねえヨ、クサナギィ。俺は麦で出来たモンが大好物なんだ! 知ってんだロ?」
「だったら麦茶でも飲みなさい」
「バカかおめぇハ! 麦茶にゃアルコールが入ってねぇだろうガ!」
……彼等がそれに従うか否かはさて置いて。
鶏鶏大納言三世昴博士はウェルカムドリンクとして出したビールを豪快に飲み干し、げっぷをなされました。……クソが。
私に出されたものも当然ビールですが、飲むわけにはいきません。
私は断じて飲んでいませんので、そこの所は御理解いただける様お願い申し上げます。
鶏鶏大納言三世昴博士はモンゴロイド系の男性です。
年齢は不明ですが、本人曰く一九三ニ年から一九四五年に掛けて存在した満州国の出身であるとの事で、鶏鶏大納言三世という苗字も満州国特有のもの――満州国初代皇帝の愛新覚羅溥儀の様に――と述べられています。
大納言という言葉は日本語なのですが、敢えて突っ込まないでおくのも優しさでしょう。
外見的には三十代程度の年齢だと推測されます。
其方側に伝わらないのが癪なので報告しておきますが、彼は今大量の麺類をビールで流し込んでいます。
繰り返しますが、今は勤務中です。
せめて油そばにニンニクを入れるのを止めて下さい。
鶏鶏大納言三世昴博士は財団一の大食漢です。
彼の管理するサイト3は研究棟のみならずサイト内全域に飲食施設が乱立しており、サイト全体が常に食物の匂いで充満しています。
幸いにもサイト3の職員には良識的且つ高い克己心を備えた者が多いため、業務に支障をきたす様な事態には今の所発展していません。
博士は睡眠時間以外であれば如何なる時間でも食料を摂取し続けようと試みます。
これは生命活動維持の為だけではなく、自らの欲求を満たす為の行為でもある様です。
博士は生命維持の為の代謝を行っていますが、彼の体内で通常の生命体が行う様な消化、吸収のプロセスが行われる事はありません。
博士の胃袋の中心には炎の塊とも言える球体が存在しており、彼が摂食したものは全てその炎球によって瞬時に燃やし尽くされて消滅します。
この炎が持つ熱エネルギーを糧に博士の全生命機能は動作しており、この炎が消えた瞬間に博士の生命活動も停止するものと推測されています。
「だからよォ、今俺がやってんのは生存の為に必要な行為なんだヨ。自分がどれだけ食えば生きられるかなんて考えた事もねぇだろウ? そいつが轟轟と燃え盛る炎を燃やし続けるなんて繊細な作業と来たらおっかなくて飯を食う事を止めるなんて出来やしねえサ!」
「私は勤務中の飲酒を咎めているんです」
「知らねえのカ? アルコールってのはよく燃えるんだゼ」
……鶏鶏大納言三世昴博士は食う事しか頭に……いえ、食物に関して豊富な知識を持っている為、派遣職員に支給する為の野外糧食の開発や食物系リジデウムの調査を主に行っていらっしゃいます。
また、フィールドワークの多い博士としても知られており、かなりの武闘派である事から制圧系の任務に動員されるケースも多いです。
彼が特に情熱を注いでいるのが「不老不死を追及する邪教団の殲滅」です。
これは博士の持つもう一つの特異性が原因であると考えられます。
博士の持つ第二の特異性は「瞬間完全再生能力」です。
この能力により博士は例え脳を損傷によって失っても一秒以内に再生する事が可能です。
正気度指数検査とエントロピーグラフによって再生後の脳は再生前の記憶を完璧に保持し、また同一の人格をも保持している事が明らかになっています。
また、細胞の老化度も完全に再現されている為にこの能力による若返りの減少は起きないという事が判明しており、彼の肉体が異常なまでに若々しく保たれている事に対する解答は得られていません。
この能力の行使にも体内の炎が持つエネルギーが利用されており、再生の際には損傷個所に炎を纏って新たな組織を形成します。
博士自身の話に寄れば、昔中国の地で遭遇した不死鳥の血を追い求めるカルト集団によって攻撃を受け、それ以来不老不死を追及する教団全てが許せないのだそうです。
鶏鶏大納言三世昴博士はニワトリと人間が一つになった様な奇怪な外見をしています。
顔と手足以外の全身が白い羽毛に覆われており、頭の頂点には鮮やかな赤毛が鶏冠を思わせる形状にセットされています。
両手足はニワトリの足の様になっており、手には四本の指、足には四本の指と脹脛と踝の境目辺りにもう一本の指が存在しています。それ以外の構造は概ね人間と同じですが、身長は二メートル八十センチ三ミリと非常に高いです。
その特異な外見と能力から不死鳥であると誤解され、「不死鳥の血を飲めば不老不死になる」という妄信に囚われたカルト教団からの攻撃を受けたものと推察されます。
カルト教団の殲滅は財団にとっても重要な任務の一つであり、それに対し非常に高いモチベーションとそれを遂行するに足る戦闘能力を持った博士の存在は心強いのですが、自分自身が収容対象であるという事を忘れている点に対しては注意を促す必要があります。
結論から言うと、鶏鶏大納言三世昴博士は週に一回から二回のペースで――――
――許可なしにサイト区域を脱走します。
幸いにも本人に財団から離反する意思が無い為に脱走対象の確保に毎度成功してはいますが、任務外に彼がサイト外で引き起こした被害に関してはいかに財団といえど解決に苦労を要する為に早急な対策が必要と見られています。
先述した件から鶏鶏大納言三世昴博士は本研究所に於ける三人の問題児の一人に数えられています。
博士は度々邪教団を襲撃してはありとあらゆる手段を用いてその構成員を皆殺しにしていますが、現在管理サイト内にて一人の女性邪教関係者を保護しています。
彼女は博士によって「チック」というリジデウムネームが与えられており、特待D級職員として正式に雇用されています。
彼女は自身の率いる邪教の儀式によって半不老不死の肉体を得ることに成功しており、発見当初は無数の信者に群がられ肉を喰われている状態でした。
彼女以外の教団関係者全てを殲滅した彼が何を思って彼女の身柄を保護したのかは分かりませんが、同じ半不死者に対して何らかの感情移入しているものと推察されます。
チック研究員は主に博士の研究助手としての任を与えられています。
「おいチック、お前もこっち来てメシ食え!」
「博士、勤務中なんですから一般職員の職務を邪魔しないで下さい。サボっている所を理事会の役人に見られたら幾らサイト管理者でも庇い立て出来ませんよ?」
「知るカ。俺が食えっつったら食わなくちゃならねえんだヨ」
「……理由になっていませんよ」
「でねえとヨ、忘れちまうだろうガ」
「?」
「血も邪教も人間の腹は満たせねェ。生きたきゃメシ食うしかねえって事をヨ」
雛。
鶏は何を思ってその名前を付けたのでしょうか。
取り敢えず、美味しそうにビールを飲むのは止めて下さい。
NAME:鶏鶏大納言三世昴(自称)
CLASS:A級職員(博士)
SEX:男性
AGE:不明
BIRTH DAY:不明(一応財団にやって来た日――D.02 M.11を誕生日としている)
ADDRESS:NDP財団本部研究所サイト3ルーム3000
文責 クサナギ副所長
D.―― M.―― Y.――――
国際機関NDP財団本部付属研究所✓
生きるという事はきっと、この世の何より難しい。