クサナギ副所長の人事ファイル② KEN-G博士
「やあ、クサナギじゃない。どうしたのそんな疲れた顔して」
「……もうそんなに疲れて見えます? 否、そう言えば三徹していたのでした」
「相変わらずイカレてるわね、ここの所長は。またお灸を据えてやらなくちゃ」
そう言ってサイト2管理者――KEN-G博士は筋肉ネズミのマチルダが書かれた可愛いコースターの上に優しく液体プロテインの注がれたジョッキを置いてくれました。
彼女とは小学校からの付き合いで、財団に加入してからも仲良くしている間柄です。
この様な人権侵害……いえ、激務を耐え抜く事が出来るのも彼女の存在のお陰だと言っても過言ではないでしょう。
「あたし達のプロファイリング? 確かにそりゃ一般職員には任せられないだろうねえ」
「間違いなく死人が出るでしょうね。下手をすれば博士の機嫌を損ねて世界終焉シナリオに繋がりかねないですよ」
「ぞっとしないね」
私はココア味のプロテインを口にします。
いいじゃないですか、ここで位くつろいだって。
え、博士ですか? 博士は生卵を飲んでます。
生卵ってジョッキに入れて飲むものなんでしょうか。
「効率的じゃないってのはわかるんだけどさ、やっぱ好きなんだよな。コレ」
私は遠慮しておきますね。
KEN-G博士は二十六歳の日本人女性です。
――県の――市で生まれ、小学校に入学する直前に――都の――――に引っ越してきています。
両親は健在で、現在も――――に在住しています。
――――の――――大学在籍中に財団からの勧誘を受け、B級特待職員として雇用されました。
他の博士同様幅広い学問を収めていますが、特に大学在籍中の専攻でもあった言語学の分野において高い成績を残し、――――年の――月――日にA級職員への昇進を果たしています。
A級職員はサイト管理者とも呼ばれ、サイト内に軟禁されて任務外での外出を制限される代わりに担当サイト内に於けるあらゆる事に関しての最高決定権が与えられています。
KEN-G博士の研究室はその権限が最大限に使用されたトレーニングジムとなっており、毎年各サイトに支給される予算のうち三割が本施設の維持及び拡張に利用されています。
また本施設の一部は一般職員も利用可能であり、サイト2に勤務する職員たちは非常に筋肉質な肉体を保持する者の割合が高いです。
「さぁーて、そろそろ筋トレの時間だな」
「え、ちょっと待ってくださいよケンザキさん。今からするつもりですか?」
「まだ何か訊くことあるの? 目ぼしいことは全部話したと思うんだけど。雑談位筋トレしながらでも構わないでしょ?」
「……そうですね」
確かに、貴女に訊かなくてはならない事はもう全て聴いてしまいました。
あ。
「そう言えばクサナギちゃん、先日届いた残りしものに関する資料にはもう目を通した?」
「……はい。明後日には此方から調査班を送る事になると聞いています」
残りしもの。
遥なる昔――まだ世界に魔法という概念が存在し、地球上に神々や英雄が住んでいたとされる神秘の時代。
最終戦争によってその時代は終焉を迎え、世界から神秘は消え去りました。
そんな現代になお強い神秘性を持って存在する太古の遺物を残りしものと呼び、その脅威から人類史を守護するべく設立されたのが我々NDP財団という訳です。
そしてその為に最終兵器として集められた十一体の人型リジデウムの事をA級職員と呼称しているのです。
無論一般職員の中にもリジデウムは存在していますが、ここで大切なのはA級職員は皆一部の例外も無く最終兵器として意図的に雇用、収容されているということです。
KEN-G博士は六年程前に発生した日本人男性の人格です。
非常に発達した肉体を持っており、平均的な日本人男性の三十倍程の筋肉量を保有しています。
身長も三メートル二十二センチ八ミリと人類の通常成長しうる限界を大きく凌駕していますが、これに関しては他の博士にも同じ様な例が複数確認できますので特筆すべき事ではありません。
彼の出現と同時に女性であるKEN-G博士の肉体に変化が発生し、先述した様な形態へと変化します。
KEN-G博士の特異性が最初に発現したのは――――年――月――日です。
当時財団に所属していなかった彼女はこの日に複数名の男性によって――――の路地裏にて強姦の被害を受けています。
財団のエージェントが民間人からの通報を傍受して現場に急行した際には、四名の男性のものと思われる肉塊に囲まれて、特異性を発動させたKEN-G博士が全裸の状態で血にまみれて立ち尽くしている状態でした。
分析の結果、その血の大半は周囲の肉塊からの返り血であることが判明しました。
KEN-G博士の特異性は彼女が筋肉を増強するという意思を持ってトレーニング機器に触れるか、彼女が強い身の危険を感じる事によって発動します。
特に男性からの襲撃を受けた際に迅速に発動し、また強い殺害衝動、凶暴性を伴って人格の転換が行われる様です。
また、この特異性が発動を停止する条件は不明です。少なくとも、脅威の対象を取り除くことはそのファクターにはなりえない事が判明しています。
現状、不定期の時間経過もしくは何らかの要因によって特異性は発動を停止させています。
「幾つか面白いリジデウムのデータがあったのよね。水神クタアトの記述に関係あるっぽかったし、もしデータがとれたらこっちに回してほしいわぁン」
特異性によって出現する人格は変異前の記憶を全て有しており、その影響か男性であるにも関わらず女性的な口調で会話を行うことを好みます。
自身を「もう一つの人格」だとは認識しておらず、直前までの状況に応じて継続的な会話、行動を実行します。
ただし正気度指数検査によってこの人格が元の人格とは完全なる別物であるという事が明確に判明しています。
「分かりました。回収班にそのように伝えておきますね、KEN-G博士」
「よろしく頼むわね」
私はそこで会話を終え、部屋を出ました。
彼は良識的な人物ですが、私はどうにも苦手なのです。
大事な人がその中に飲み込まれている様な気がして。
大事なその人を否定してしまう様な気がして。
彼女は身体を鍛えるのが好きでした。
それは私と彼女が出会ってからずっと。
あの日から、彼女が身体を鍛える事は無くなりました。
では一体、彼女は何を鍛えているのでしょうか……?
NAME:KEN-G(あの事件の後、彼女はこの名前を語る様になった。本名はナナコ・ケンザキ)
CLASS:A級職員(博士)
SEX:女性(特異性発動後は男性)
AGE:26
BIRTH DAY:D.16 M.08 Y.――――
ADDRESS:NDP財団本部研究所サイト2ルーム3000
文責 クサナギ副所長
D.―― M.―― Y.――――
国際機関NDP財団本部付属研究所✓
『あたし』は、最強になるの。